評判の薬(5)

「ロシェス、きっと言いにくいことを聞くんだけど」


 私はロシェスが追加のポーション入り木箱をカウンターに置いたところで、話を切り出した。

 彼が両手を木箱に添えたまま、こちらに振り向く。


「ロシェスって、今もその……女性と夜の、夜の営みというか、それができないのよね?」

「え?」


 ガシャンと木箱の中のポーションが揺れる。私のあけすけな質問内容に、ロシェスが驚いた拍子に振動を与えたのだろう。

 まあそうなるよね。私もいきなりそんなこと尋ねられたら、「何だこのセクハラ上司」ってなる。わかる。言いにくいことを聞くと前置きしたからといって、かつに聞いていいことじゃない。わかる。

 でも今回ばかりは許して欲しい。


「……何故、そのような質問を?」


 木箱から手を離したロシェスは、うつむき加減で私にそう聞き返してきた。

 彼の手が震えているのはしゆうもあるだろうけど、何よりこんなことを尋ねた私に怒っているのかもしれない。今回だけ、本当に今回だけですので!


「実は、初級HP回復ポーション+1に付いてるストレス軽減効果について、想定外の効能があったみたいで」

「想定外の効能?」


 私の台詞をおうがえししながら、ロシェスが顔を上げてこちらを見る。

 手の震えも無くなっているので、どうやら仕事の話だと判断して機嫌を直してくれたらしい。

 でも仕事の話……ではないんだな。思いっきり私生活の話なんだな。

 私は、すぅっと大きく息を吸った。


「何でも初級HP回復ポーション+1を使うと、男性が男性的な活力が湧くらしくて。ご夫婦でお買い求めの人が増えていて。それで思い出したんだけど、私の元の世界にもストレスで性欲が減退している人っていたのよ。だから、もしかしてロシェスの体質も改善するんじゃないかと思って。よければ試してみない?」


 言いにくいことは一気にまくし立てるに限る。

 これでロシェスが関心を示さなかったら、スパッと話を切り上げる方向で。

 さあどうだ。

 私はロシェスの反応を窺うべく、駄目押しにと木箱の中のポーション瓶を一つ掲げて見せた。

 けれど彼はそのポーションにはいちべつもくれず、困惑の表情で私を見つめ続けていた。


「……ナツハ様は、私が不能だから同居させているのではなかったのですか?」


 返事というよりも口からこぼれたといった感じで、ロシェスが言う。ナツハ様呼びに戻ってしまっているけれど、閉店しているからまあいいか。

 それよりも、飲む飲まないの返答ではなく、まったく予想していなかった質問で返ってきたのですが。

 どういうことだと、今度は私の方が彼を見つめてしまう。

 たっぷり十秒ほどそうしていて。


「あ」


 そこで私は、ようやくロシェスの困惑顔の理由に思い至った。


「いやいや。体質が治ったからといって、ロシェスを追い出したりしないって。ロシェスの体質がそうだから選んだわけでもないし」


 そうか、ロシェスにはそんなふうに見えていたのか。

 少なくともここリジラの街では、私くらいの年代で結婚していない女性は珍しい。

 つまりロシェスの私の第一印象はおそらく、元の世界に配偶者がいるか、いないなら色恋沙汰において訳ありの女。

 どちらにしても、彼が不能であることが逆に都合が良いと考える人物。成年男性なので防犯に役立ちそうで、かつ同居していても襲われる心配がないのが購入の決め手。

 ロシェスはそんな感じで、私の心中を推し量ったのではないかと思われる。

 配偶者どころか、恋人すらいませんでしたけど。色恋沙汰で訳ありどころか、なさ過ぎるのが問題な方でしたけど。

 でもとにかくロシェスはそう考えて。で、そう思っていたのにそのメリットを潰すような提案をされて困惑した、と。

 声を大にして言いたい。

 そこにメリット・デメリットは無いから! その辺はただの個性だから!

 最初に言ったと思うけど、ロシェスはそのままで素晴らしいから!

 嗚呼、連日店に来るお客様に褒められているはずなのに、ロシェスの自己評価が低すぎるっ。

 私はロシェスをするために、彼の両肩をつかもうとした。


「ナツハ様」


 しかし何故か、両肩をガシッとやられたのは私の方だった。

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