静かな夜(2)

 ベッドサイドテーブルに巾着と、夕食の席でいただいたポーションの瓶を置く。

 ワードローブからやはりナツハ様から買い与えられた寝衣を取り出し、着替える。それから私はポーション瓶だけをもう一度手に取った。

 ベッド脇に腰掛け、ポーション瓶を掲げて眺める。

 ナツハ様はこれを通常のHP回復ポーションだと仰ったが、それは違う。効能こそそうなのかもしれないが、わかるものにはその違いは一目瞭然だろう。

 瓶のふたに手を掛けると、私の喉がゴクリと鳴った。

 慎重に、ゆっくりと瓶の蓋を開ける。

 途端、蓋をしていたときとは比べ物にならないほど濃厚な、ナツハ様の魔力が漏れ出てきた。自分は魔法こそ使えないが、魔力を感じる力はおそらく普通のエルフと変わらない。


「これが、ナツハ様の魔力の匂い……」


 正確に言えば、魔力は無臭だ。しかし、くらくらするほど私を恍惚とさせるこれを、他にどう表現すればいい?

 他人の魔力に触れたからといって、身体に影響を受けるという話は聞いていない。それなのに鼓動は速くなり、呼吸も浅くなる。

 その理由もわかっている。魔力は指紋のようなもので、その在り方は固有のものとなる。髪や爪のような、身体の一部と言ってもいい。だから彼女のそれを思わぬ形で手に入れてしまったことに、私は興奮しているのだ。

 ナツハ様が生成した聖水を使用したなら、そのすべてのアイテムに彼女の魔力は宿る。しかし、彼女自身が調合したならばその比でない。ナツハ様は、もうご自身では調合しないと言われた。つまり彼女手ずから作ったものは世界でただ一つ、今私の手の中にあるこれだけ。


「大切にしなければ」


 ナツハ様は怪我をしたら使うようにと下さった。であれば、肌身離さず持ち歩いていても、おかしな行動とは思われないだろう。

 開けたときと同様に、慎重に瓶の蓋を閉める。

 それでも手に持っているだけで、その場所から身体が熱くなって行く感覚がした。

 ポーション瓶を胸に抱いて、ベッドの上にごろりと横になる。


「……静かな夜だな」


 街のけんそうは聞こえてくるが、逆を言えばそれだけしかない。

 陰口も、とうも聞こえない。

 監視の目もなければ、ねっとりとからみつくような視線もない。

 ベッドで眠るのも、エルフの里を追い出されて以来初めてのことだ。

 それから、真っ当な労働を求められたのも久しぶりなら、何かに熱心に取り組むことも久しぶりの感覚だった。


「私だから、あなたの役に立つ……」


 ナツハ様を知った今、彼女のその言葉はどんな褒め言葉よりも私の心を奮い立たせる。


「私はあなたのための在りたい」


 再びポーション瓶を掲げ、彼女に見立てて誓いを立てる。

 僅かな背徳を感じながら、私はそれに唇を寄せた。


「おやすみなさいませ。ナツハ様……」

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