TはtsfのT -KCAのTS物掌編集-

嵐山之鬼子(KCA)

◆TS日焼け止め

 「今更だけど、こんなに劇的な効果があるとはなぁ」


 俺は変わり果てた(?)親友たちの姿を見て思わず感嘆の声をあげた。


 「そ、そんなにじろじろ見ないでよ」


 目の前にいるのは、艶のある黒髪を肩にかかるくらいの長さに伸ばし、白地にカラフルな模様を散らしたビキニを着て、僅かに頬を赤らめたスタイルのいい、大和撫子風美少女。


 「やっほ~、着替えてきたよ~」


 砂浜の向こうの更衣室兼用ロッカーから、トテトテ走ってくるピンクのリボンで髪をポニテに結わえた子も、ちょっぴり太ましいけど顔だちはとても可愛らしく、何より……オッパイが大きい!


 「元々ちょいジャニ系の清彦はともかく、百貫デブ体型だった利明まで、こんなにかわいくなるなんて、ホント予想外だよ」

 「ちょ、だめだよ光(ひかる)くん、その名前を出しちゃあ。海に来たらボクのことはキョウコって呼ぶって約束でしょ」

 「そいでもって、俺…もとい私はアカリだよ~」


 “きよひこ”から“ひ”を引いて“きよこ”だからキョウコか。

 利明の場合、ひっくりかえして“明利”だからアカリね。


 「まぁ、わかりやすくていいかな。それと──アタシは光じゃなくて“ヒカリ”だから、間違えないでよね!」


 このふたり以上に元の面影が欠片もない、銀髪碧眼のツインテール美少女になってる俺──もといアタシは、キョウコとアカリと連れ立って、目の前に広がる真夏の海へと駆け出していくのだった。


 「いやぁ、あの日焼け止めローション、ちょっと高かったけど、買う価値あったわ」


 「全身に塗ったあと3分で、誰でも水着の似合う美少女になれる魔法のローション」というふれこみのブツをネットで見かけて、興味半分で買ってみたんだけど──まさか、“俺”たちみたいな男にもホントにその効果があるなんてねぇ。

 浮輪を装備して海にぷかぷか浮かびながら、浜辺でキャッキャとビーチバレーの真似事をしてる友人ふたりを眺めつつ、アタシは頬が緩むのを抑えきれなかった。


 そんな風に、この時のアタシたちは、水着美少女トリオとしてビーチの視線を集めて浮かれていたんだけど……。

 夕方になって帰宅したあと、その特別製のローションを落とすためには特別製の剥離剤(リムーバー)が必要で、その値段がローションの20倍もするということを知って、大いに慌てることになるのだった……orz



<後日談:1ヵ月後>


 あの日──海水浴から帰った日、即座に元には戻れないとわかりったアタシたちは、仕方なく家の人に事情を話して泣きついた。

 単身赴任中の両親に代わって保護者やってる“俺”──円谷光の姉(ウチの学校の英語教師)は元より、“音無清彦”の家族も“葉月利明”の両親も、エラくあっさり、アタシたち3人が本人だとは信じてくれたんだけど……。


 いずれも元に戻るための剥離剤を買うことには消極的で、「欲しかったら自分でバイトでもして買え」と言われちゃったんだ。


 ウチの姉──希美お姉ちゃんに至っては「男の時はせいぜい中の下くらいのルックスだったのに、女の子になったらとびっきりの美少女なんだし、そのままでいれば?」なんて言ってくる始末。

 仕方なく、1ヵ月間自分たちなりの金策をしようってコトになったワケ。


 そして8月28日、つまり夏休みが終わるまで、あと3日という時期になって、アタシたち3人は久々にウチの家に集合していた。


 キョウコ──“清彦”とは小学校以来の10年越し、アカリ──“利明”とも中学に入った直後からだから5年近いつきあいで、ウマが合って家も近いから、ふたりともウチにも頻繁に遊びに来ている。

 だから、この夏みたく丸々1ヵ月顔を合わせなかったっていうのは、ホントに珍しい……って言うか、知り合って以来初めてかも。


 「……」「……」「……」


 こんな風に、互いの顔をうかがいながら、話すキッカケを捜しあぐねてるなんてのも、初めてのことだった。


 「──なんか、久しぶりだね。ふたりとも元気してた?」


 ふたりをウチに呼んだ者の責任ってワケじゃないけど、思い切って口火を切ってみる。


 「えっと、はい、それなりには……」

 「アルバイト三昧だったけど、割と充実はしてたよ~」


 いつもお調子者でハイテンションなはずのキョウコの歯切れが悪く、逆に控えめでノンビリ天然気味なアカリの方が、妙に溌剌としてるのが、ちょっと珍しいかも。

 けど、ちょうどアカリが言いだしてくれたから好都合かな。


 「そう……もちろん、アタシもバイトしてたよ。今日は、このひと月間の成果についてお互いに報告しようと思うんだ」


 チラッと視線を走らせると、ふたりとも異論はなさそうだったので言葉を続ける。


 「じゃあ、まず言い出しっぺのアタシから。あの後、親戚のツテで、あの日遊びに行った海の家の臨時従業員として働いてたんだ。このひと月で貯まったお金は──差し引き12万円ちょいってところ」

 「あぁ、なるほど。だから、そんなに日焼けしてるんですね」


 キョウコが納得顔で頷き、「うーん」とアカリが考え込んでいる。


 「──ろーちゃん?」

 「誰がドイツ生まれの潜水艦娘か! 胸だってBカップはあるもん!!」


 確かに“銀髪碧眼の日焼け娘”という属性が似てることは否定しないけど、あそこまでロリ体型じゃないし。


 (くそぅ、コイツら、ちょっと自分が胸大きいからって……)


 細身のキョウコがDカップなのはともかく、同じくDカップのはずのアカリは、そもそもポッチャリ体型だからカップサイズ以上にムチムチグラマーっぽく見えるのだ。

 それに加えて、アカリのヤツ、ウェストとかはなんだかひと回りスマートになったみたいに見えるし……。


 「そういう、アンタはどうなの、アカリ? 確か学校近くのファミレスでバイトしてたんでしょ」


 その割に、2、3度行ってみた時、見かけなかったけど。


 「あはは~、そりゃあ、フロアスタッフ──ウェイトレスじゃなくて、調理補助とかお皿洗いの裏方さんだったからね~」


 ああ、そう言えばこの子、食べるのが好きなのが高じて自分でも結構料理とかするんだっけ。そういう意味では適職かもね。


 「でも、アンタのことだから、ちょくちょく摘み食いとかしたんじゃないの……って、その割に痩せたみたいね」

 「自分ちならともかく、お店でそんなことしないよ~! それに、調理場で半日立ち仕事してるのって、クーラー入ってても暑いし、結構たいへんなんだよ~」


 ふむふむ。確かに、アタシも海の家の屋台で焼きそば焼いたりとかしてたから、その苦労はわかるかも。


 「それで、貯まったお金の方は……うーん、10万円ちょっとってトコロかな。サイズが変わって服代とかが必要だったんだ。ごめんね~」


 あぁ、うん。まぁ、そういう事情なら仕方ないか。

 そして、自然とアタシたちふたりの視線が残るキョウコに集中する。


 「えっと、わたし……じゃなくて、ぼ、ボクは、田舎の伯母さんが経営している旅館で仲居さんをしてました」


 それって、小学生の頃にいっぺん連れて行ってもらったことがある、伊吹屋旅館のことだよね? 


 「ええ、そうですよ。わ…ボクも何度か行ったあったんで、全然知らないところで働くよりは、気が楽かと思いまして……。もっとも、その予想は大外れで、いろいろ厳しく躾られましたけど」


 ふーん……まぁ、確かにああいう名門旅館で働くのって、見た目以上にハードらしいしね。


 「うんうん、『花咲くい○は』とかでもやってたね~」


 ──こういう、ヲタク的視点がちょくちょく顔を出すあたり、アカリの本質がそんなに変わってないってわかって、ちょっとホッとする。

 ところで、しゃべり方が変わってるのも、その“しつけ”せい?


 「たぶん、そうだと思います」

 「もしかして~、その着物も旅館の伯母さんの趣味なの~?」


 そう、今日のキョウコは、薄いピンク色の和服──それも、浴衣でも振袖でもない“普段着”って感じのフツーの着物を着てるんだ。


 「ええ、仲居さんの制服で毎日着物着て過ごしてたら、なんだか和服に慣れてきまして。そしたら、伯母さまから「若い頃に着てたお古だけど、よかったら」と何着か譲っていただいたんです」


 「お気に入りなんですけど、どうでしょう?」と、はにかみながら両袖を広げてくるんと回ってみせる様子は、淑やかさと愛らしさが同居した理想の大和撫子って感じ。


 「うんうん、すっごくかわいいよ~。私も浴衣とか着てみようかなぁ」

 「もしよかったら、着付けのお手伝いしますよ」

 「ほんと? その時は、ぜひお願いするね~」


 キャッキャッと手を取り合ってはしゃぐふたりの様子は、どこからどう見ても“年頃の女の子”だ。


 (これは……もう手遅れかもしれないなぁ)


 心の中でこっそり溜息をつきつつも、一応聞くべきことは聞いてみる。


 「それで、バイト代はどれくらい貯まったのかな?」

 「あっ、はい、伯母さまからは「よく働いてくれたボーナス分込みよ♪」と言って15万円ほど戴いたのですが、そのあと少し使ってしまいまして、残額は13万円強というところですね」


 12万+10万+13万+α≒36万円かぁ。一応、“あの”ローションの剥離剤を2個ならギリギリ買える金額かなぁ。


 「わたしのことなら気にしないでください。なんだか慣れれば女の子として暮らすのも悪くない気がしてきましたし」

 「あ、それ、私も~。こっちの方が体が軽いし、周囲の目も優しいし、今更あんな冴えない肥満体男に無理して戻らなくてもいいかな~、って」

 「え!? あ、アンタたち、それでいいの? 今戻らないと、下手したら一生女のままなんだよ”?」


 そう、ネットで詳しく調べたところ、あのローションを使用から40日以内に剥離剤を使用しないと、美少女化の効果が使用者に“定着”してしまうらしい。

 というか、そもそもアレって日焼け止め効果は気休め程度で、美少女化させることが主目的の正真正銘「魔法の塗り薬(マジックローション)」なんだとか。


 (道理で塗ったままのはずのアタシが日焼けすると思った……)


 本来はあの10倍の値段がするんだけど、たまたまキャンペーンセールで安売りしてたのを、“俺”が勘違いして買ってしまった──というのが、どうやら真相みたい。

 その“勘違い”に友人ふたりを巻き込んだ責任を取る意味で、アタシもココは譲る気だったんだけど……。


 「「「…………」」」


 最初に顔合わせたのとは少し趣きの違う沈黙が、3人の間に落ちる。


 「じゃ、じゃあ、ここは三方一両損ならぬ三人全員損ってことで、剥離剤は買わない方向で」

 「そ、そうだよね~。ひとりだけ仲間外れは寂しいもんね~」

 「え、ええ、そういうことなら仕方ありません。決して、女の子としての暮らしに適応して、殿方に戻るのが惜しくなったワケではないのです」


 アハハハ~と3人揃って乾いた笑いを漏らしている点で、その真意は推して知るべし。


 「それじゃあ、せっかくだし、この貯めたお金は、自分たちのために好きに使っちゃおっか。駅前のファッションビルにでも行く?」

 「いいね~、私、かわいい服とかアクセとか、もっと欲しいかも~」

 「そうですね。わたしも下着とかは、学校が始まる前にもうちょっと揃えたいですし……」


 ちなみに、今日のアカリの服装は、真っ赤なホルターネックのキャミソールとブルーデニムのミニスカートというカッコ。肌露出度高め(とくに胸の辺り)で、グラマー好きな男の子から見たら「たまらん!」のじゃないかな。


 アタシ? アタシは、まぁ、自宅だからラフな感じで、黒のヘソ出しタンクトップと白のホットパンツ。このまま外に出るのは……やっぱり、男子にとって目の毒かも。

 仕方ない。なにか薄手のパーカーでも羽織ろうっと。

 ふたりにちょっと待ってもらって、アタシはごそごそタンスを漁る。


 (ねーねー、何だかんだ言って、ヒカリちゃんが一番、女の子ライフに適応してるって思うんだけど~)

 (本人は気づいていないのか……いえ、気づいててあえて無視してるのでしょうね)

 そこ! ひそひそ話しない!



<後日談:1年後>


 「海よ! 私たちは帰って来た!」


 いや、アカリ、別にここ、ソロモン海でもなんでもない、ただの片田舎の海水浴場だからね。


 「まぁまぁ、よろしいじゃありませんか。こうして休日にわたし達3人で集まるのは、久しぶりなのですから」

 「おもにアンタのせいでね、キョウコ!」


 まったく、18歳にして有名旅館の跡取りの許婚兼若女将候補になるなんて、どこのマンガかアニメよ。


 「すみません、不思議なほど伯母さまに気に入られてしまったようでして……。男の子だった頃は、ごく普通レベルの伯母・甥の関係だったのですが」


 ま、キョウコは絵に描いたような大和撫子だし、従兄の人とも仲がいいんでしょう? そりゃ、その伯母さんも、従兄むすこの嫁にしようと考えるわよ。


 「いいよね~、高校三年生にして将来が勝ち組安定してるなんて~」


 アンタが言うと嫌味に聞こえるわよ、アカリ。


 「?」

 「いや、そこで不思議そうな顔しないでよ」


 そもそも、半年前のデビュー以来、人気急上昇中のクッキングアイドルが、のんきにこんな場所で海水浴してていいの?


 「クッキングアイドルって……ヒカリちゃんは大げさだよ~。私は、ちょっと街でスカウトされて、お料理番組の女子高生アシスタントしてるだけなんだから~」


 そうね、確かに半年前はそういう感じだったわね。


 「でも、その番組で大ブレイクした今じゃ、ほかの番組にも出演してるし、エッセーとか写真集とかも出してるうえ、今度CDデビューも決まったんでしょ?」

 「う、うん、一曲だけ試しにって、プロデューサーさんに言われたの~。でも私、そんなに歌うまくないし、きっとこれっきりだよ~」


 アカリは自信なさげだけど、この子のちょっと間延びした甘ったるい声って、妙にクセになるから、ぷにぷに癒し系アイドルとして人気が出るんじゃないかって、アタシは予想している。


 「卒業したら、キョウコは、そのまま伯母さんのトコに就職だっけ……それとも許婚さんに永久就職けっこんって言った方がいいの?」

 「えっと、その……は、ハイ、そんな感じです」


 おーおー、幸せそうな顔で真っ赤になっちゃって。


 「アカリは、料理系の専門学校目指すの?」

 「うん、私のお料理って我流の部分も多いから、基礎からちゃんと勉強しておこうかと思って~」


 となると、普通に受験して大学進学するのってアタシだけかぁ。


 「ヒカリちゃんなら、大丈夫だよ~、頭いいし~」

 「そうですね。“光(ひかる)”だった頃は中の中くらいだったのに、今では学年でベスト5に入る優等生ですし」

 「おまけにスポーツも万能の文武両道で、さらに教師と生徒の両方から人望が厚い副生徒会長……って、そっちのほうがよっぽど、ギャルゲーとかアニメのヒロインっぽいと思うな~」


 あーあー、聞こえなーい。

 ──しょうがないじゃない。なんだか知らないウチに推薦されてて、気が付いたら投票で決まってたんだから!


 ((それが人気があるって証拠だと思うけど……))


 「と、ともかく! 今日は久しぶりにこの3人で集まったんだから、思い切り遊ぶわよ!!」


 ──と、アタシが宣言したちょうどその時。


 「ハハハ、相変わらず、円谷さんは元気がいいね」


 男子用ロッカーの方から、水着に着替えた男性陣が姿を見せた。


 「も、森嶋会長……」


 そう、この、背が高くて頭良さそうで(実際学年トップだ!)、爽やかな笑顔を見せてるちょっとイケメンな眼鏡男子が、ウチの高校の生徒会長の森嶋新一だったりする。


 「おいおい、学校じゃないんだから、“会長”はやめてくれよ、円谷“副会長”さん」

 「うっ……わかりました。森嶋くん」


 うー、あんまり気安い呼び方してると、アタシの本心がバレそうでコワいんだけどなぁ。

 チラッとキョウコたちの方を見ると……。


 「先に着替えさせてもらって悪いね、恭子ちゃん」

 「いえいえ、女の子の着替えの方が時間がかかるものですから。では、荷物番、お願いしますね、祐司さん」


 「すみません、プロデューサーさぁん。せっかくの休日オフなのに保護者代わりについて来てもらって~」

 「ははっ、気にしなくていいよ。僕自身、プライベートで海に来るなんて、数年ぶりだし」


 ──うーむ、あっちはあっちで、ほんのりピンク色な空気を醸し出してるから、気づいちゃいないか。


 「おーい、アンタたちー、男性陣が来てくれたから、アタシたちも着替えに行くわよー」


 ふたりに声をかけて、女性用ロッカーに向かう。


 (そう言えば、この一年で、女の子としての暮らしにもすっかり慣れちゃったなぁ)


 今じゃ、女子トイレとか女風呂とかランジェリーショップとかにも、とりたてて意識しなくても入れるし……と考えつつ、水着に着替えていると、ツンツンと背中をつつかれた。


 「ん? 何よ、アカリ」

 「ヒカリちゃんは~、会長さんに告白とかしないの~?」


 ブッ!!


 「な、ななな……」

 「あら、まさか気づかれていないと思っていたんですか?」

 「男女ペアで海に行くのに誘った時点でバレバレだよ~」


 も、黙秘権を行使するわ!


 ともあれ、男3人で来て女3人になって帰った一年前と違って、今年の夏は男女6人で楽しく海で一日過ごすことができたのでした、まる。


 ──その日、アタシが森嶋くんに気持ちを伝えたかはノーコメントってことで。


<おしまい>

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