ブラが透けてる女友達
文嶌のと
ブラが透けてる女友達
高一の春。
入学式を終えて見知らぬ教室の中、自席を探して座ってすぐ目に付いた。まだ肌寒いこの季節にブレザーを椅子に掛けたブラウス姿の茶髪女子。暑がりなのかというツッコミを忘れるほどにその透けたピンクのブラが主張していた。
「ブラ透けしてるぅ~」
思わず指でなぞっていた。
「はあ!? 触んなしッ!! てかマジじゃん」
気づいてすぐブレザーを羽織り直してしまい、俺の心は意気消沈。
「ピンクだと透けねえと思ったんか?」
「まあね。黒とかだったらヤバいとか思ったろうけど」
「黒とか着けんの?」
「例えばの話ッ!!」
「ま、俺は黒よりピンク似合ってると思うぜ」
「はあ!?…………ありがと」
「いえいえ」
ちょっと間があってからクルリと振り返った彼女の顔を見て、鼓動が速くなるのを感じた。いわゆる一目惚れってヤツ。
「アンタ名前なんての?」
「
「はは、ド定番」
「仕方ねえだろ、生まれた時から決まってんだから」
人差し指で目じりを拭う仕草が愛らしい。
「下の名前は?」
「
「へえ、いいじゃん。コウって響きアタシ好きだよ」
好きの単語に動揺する。悟られぬように続けた。
「そっちは?」
「
「そっちこそド定番じゃねえか!!」
「知ってる。だから笑ったの」
「下は?」
「……言いたくない」
少し恥ずかしい仕草をする佐藤。
「あ、わかった! シモいヤツなんじゃねえの? 股子とか?」
「下ネタきらーい」
「悪かった! 謝ったんだし教えろよ」
「えーー、どーしよっかなー?」
「おねげーします佐藤様。靴をお舐めするんで」
「はは、キモ過ぎ。…………
名前を聞いた瞬間、身体に電気が走った気がした。ビビッと来るってこんな感じか?
空いた間に不安そうな笑みを浮かべる佐藤。
「あんま好きじゃないんだ~、鈴ってガキっぽいっしょ」
「いいや、俺好きだなスズって響き」
「そう……」
目を丸くさせたまま俯いて頬を掻く佐藤。
それが俺と佐藤の初めての出会い。
それからの高校生活は本当に薔薇色だった。他にも友人には恵まれたが、やっぱり一緒にいるのは佐藤が断トツだった。気が合うし、気を遣わないし、男女なのに肩組んで笑ったり、缶ジュースやアイスを取り合ったり。
意識はするけど恋人じゃなくて親友、そう思える相手だった。
「ねえコウは卒業したらどうすんの?」
「俺は東京の大学かな」
「えっ!? マジ!? すごいじゃん。アタシ馬鹿だから近くの女子大かな」
「俺がみっちり教えてやったのにそれかよ」
「ゴメンちゃいセンセ」
学歴重視の親の意見に歯向かうこともできず、しぶしぶ選んだ道だ。本当は佐藤とずっと一緒に馬鹿やってたいし、何なら佐藤を連れて一緒に東京で二人暮らししたいくらいだ。
でも一緒に住むとなったら今のままの関係じゃあ難しいし、もし告って断られでもしたら立ち直れない。それに俺たちにとっては今のままの距離がベストかもだし、付き合い始めたら関係性が変わっちまうかもしれない。
「ま、いーんじゃないの? ずっと一緒にいられるわけじゃないしさ。東京まで割と近いし、遊びに行ったげるよ」
「電車で二時間だぞ」
「すぐすぐそんなの。あ、でも玄関開けて自家発電中とかやめてよね、マジで」
「玄関開ける前に隠すわ」
「ごもっとも」
少し喋っては寂しい沈黙。冬の季節ゆえに更に沈む。
耐えきれずに覚悟を決めた。
「あのさ、佐藤ッ!! 俺、お前のこと――」
「ストーップ!! ストップ!! 待って待って」
「なんだよ?」
「やめて。お願い……なんとなくわかるからさ、言いたいこと」
「なんでだよッ?」
「このままの方がいいよ、絶対。ね?」
「そーかよッ!!」
佐藤の辛そうな横顔を見ながら俺は屋上を去った。逃げたと言った方が正しいだろう。
それから卒業までの日々はギクシャクした関係が続いた。
最後に見た佐藤の姿は、東京へ向かう電車の窓から見えた――田んぼのど真ん中でサーカスでも始まるんかと思うくらいに大手振りで見送ってくれた姿だった。
あれから十二年。
気づけば三十歳。
佐藤とは数回ほど電話で話したくらいで東京に遊びに来ることは一度もなく、大学卒業後すぐ東京本社の企業に就職して今に至る。
告白されたことは何度もあったが、なぜか佐藤の顔がチラついて毎回断ってしまい、結果として三十歳童貞の魔法使いが誕生したのである。
「クソ、雨かよ」
直帰する予定だったがアパートまでは少しある。傘を忘れてずぶ濡れ状態のまま手近なところで雨宿りした。
「駄菓子屋か、懐っ。……あ、これ佐藤と取り合ったヤツじゃん」
店先で眺めていると似た境遇の女性が雨宿りをしに来た。大人びた茶髪のロングヘア。色が佐藤のソレと少し似ていた。陽が落ちて暗い中でも映える化粧と高そうなブラウス。心なしか少しブラが透けている気がする。
「ピンク……」
俺の漏れた声を気にも留めず、女性が店内を見た。
「うわあ駄菓子だ、懐かしい。あ、これコウが好きだったヤツ」
「エッ!?」
少し低くなっているもののその懐かしい声色に、そして自分の名前に反応してしまう。
「あ、そちらも雨に。災難ですよね、まったく」
「佐藤……?」
「へッ!?……ってコウ!?」
十二年経っても確かに佐藤の面影がある。というより綺麗になりすぎだ。
「なんで東京に?」
「あぁ、勤めてるアパレル会社が新店舗出すってことでチーフ任されちゃって」
「マジか!? すげーじゃん」
「ありがと」
そのお礼の言い方、出会った時と一緒だ。
そんなタイミングで雨は止み、
「どっか飲み行く?」
「おう」
佐藤の提案に乗って居酒屋で大いに飲んで喋って……。
気づけば日付は変わっていた。
「ヤバっ、終電過ぎた」
「だな」
あっけらかんとする俺に激震が走る。
「どっか泊まる?」
「はあ!? えっ!? おま、なに言って」
「はは、ガキ臭い反応。もう三十だよ」
「お前、遊び慣れてんな?」
「ん~、ど~だろう?」
佐藤に引っ張られながら半ば強引にホテル街に向かった。こんだけ経ってりゃ処女のままってわけじゃないさ。当たり前だ。俺は童貞のままだったけどな。
「ここ綺麗~」
「あー、わかったわかった。ここでいいんだな?」
「おけでしゅ」
俺よりハイペースに飲んでいた佐藤はベロベロである。
部屋に入ってベッドに座り、佐藤に水を飲ませてから隣に腰を下ろした。
「なあ? ここってそういうホテルなんだが良いのか? 俺たちはこういう関係じゃないんじゃないのか?」
「コウはどう思う?」
「俺は……親友だと思ってるよ」
「アタシもそう。そう思ってた。けど、コウが東京行ってからずっと後悔してたのッ!!」
急に声を荒げる佐藤。酔いのせいか?
「後悔って?」
「告白?しようとしてくれたじゃん。なんで受けなかったんだろうって」
「いや、そりゃあ付き合ったら関係が変わっちまうっていうアレだろ? 俺もそのあとそう納得したんだが」
「やっぱそうだよね。やっぱ変わっちゃうよね。友達は良いとこ探すけど恋人は悪いとこ探すって言うし」
肩を震わせる佐藤の背中を見て、まるでタイムマシンに乗ったような気分になった。白ブラウスにピンクのブラ透け。
駄菓子屋で見た時よりもハッキリクッキリ分かる。
「ブラ透けしてるぅ~」
あの時と同じように指でなぞってみる。
「まだそれやんの? ガキじゃん」
「付き合ったって何も変わんねえって。俺たちガキ臭え悪友だろ? 恋人になっても馬鹿やってりゃいいんだよ」
「はあ!? 意味わかんない」
そっと佐藤を抱きしめる。
そして十二年越しの想いを口にする。
「スズ、好きだ。付き合ってくれ」
「はじめて名前呼んだじゃん。…………はい」
目を瞑った鈴の唇にそっとキスした。紆余曲折あった俺のファーストキスだ。
「つーかコレ、俺だけファーストキス?」
「うわっ、雰囲気台無しぃ~。お揃いですけどなにか?」
「マジかっ!? お前も処女か。俺たち魔法使いコンビだな」
「なにそれ!? 下ネタきらーい」
「こんなとこ誘っといてよく言うぜ」
「あっ!? ちょっと……もっと優しくぅ」
そんなこんなで俺たちは結ばれた。
※※※
小さな愛らしい幼女に耳打ちでアドバイスしてみる。
ちょこちょことゆっくり歩いてエプロン姿の料理人に主張した。
「ママぁー、ブラ透けしてるぅ~」
「へっ!? あっ、コラッ!! コウッ!! アンタなんてこと娘に教えてんのよッ」
「あー、それ一昨日の誕生日にあげたヤツだー、よく似合ってるぅ~」
「コラからかうな!……まあでも、このブラNO.1お気になんだよねぇ~。ありがと、旦那様♪」
ブラ透けに始まってブラ透けに終わる、いいじゃないかこんな青春。
~Fin~
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