第145話 英雄となりて神を斬れ、ラング

 英雄とは世界にただ一人しか生まれ得ない職業。

 強敵・巨悪を滅する為に存在する、世界への脅威に対するアンチシステム。

 ただ今まではリアリムが生存し続けていた事で出現しなかったからこそ、現在では誰もその存在を知りはしない。


 しかしリアリムが死ぬ事でその特殊条件が解除された。

 ならば必然と、新たな英雄が生まれるのは必然である。




 ――その対象こそが俺だった。


 人々の期待を集めてきた。

 救いを分け与える事に尽力してきた。

 だからこその結果だったのかもしれない。

 

 しかしそれでも誇るのはやめておこう。

 この力は俺を支えてきてくれた人がいて初めて得られたものだから。

 すなわちこの力は俺だけのものではないんだ。


 だから今はただ、目の前の邪悪を滅ぼすために尽力しよう。


 その想いのままに剣を振り切り、燐光を舞わせる。

 剣の具合を確かめるためにと。


「保ってあと一、二撃か……」


 たとえ神殺しの剣でも不朽不壊という訳ではない。

 悠久の年月と度重なる使用により、すでに耐用限界を超えているみたいだ。


 だからこそ次の一撃は確実に放たねばならない。

 この神殺しの剣だけが今のギトスを葬れる唯一の鍵だからこそ。


「ラング」

「どうした、ウーティリス?」


 そう思い悩んでいた俺をウーティリスが呼ぶ。

 それで振り向いてみたら。


 なぜか妙なセクシーポーズを取り、ウィンクまでしていて。


「もし成功したらわらわがんもぉ最大級のご褒美をくれてやろぅん♡」

「あっそう」

「もぉちっとは喜べぇ!!!!!」


 どうしてこういう時に空気が読めないんだろうな、まったく。


 でもどうしてか笑みが零れてしまった。

 なんでだろうな、みんな辛い時なのに。


 だけどそれが、俺にこれ以上無い励みになったらしい。


 肩の力が抜けた。

 自然と奴に戦意を向けられる。

 怒りだとか憎しみだとか、そういう感情はもういらないんだと改めてわかったから。


 ただ斬る。

 奴の魂を、残虐性を、概念そのものを。

 たったそれだけでいいのだと。


「ああああチキショウ!!! クソラングがあああ!!!」


 ただ少し時間をかけ過ぎたようだ。

 壁に叩きこんだギトスが動き始めてしまった。


「ったく、ウーティリスのせいでチャンスを逃したじゃねぇか」

「いつもいつも僕の邪魔をしてえ! お前が、お前がお前がいつもおおお!!!」

「仕方なかろう、あのままだと成功率半分くらいかなーって思ってぇ♡」

「ごろじでやる! 今すぐデメェはブチごろじでやるうううう!!!!!」

「ははっ、そういう洞察力だけは前と変わらんね。あいかわらず頼もしいな」

「ああああああ!!!!! 無視するんじゃねええええええ!!!!!」


 それで遂には俺へと目掛けて走り込んでくる。

 こいつもあいかわらず、キレると単調になるな。


 だから俺は次の瞬間には、奴の腹に跳び蹴りを加えてやった。

 巨体が宙に舞うほどの強烈な一撃だ。


「オッッッゲエエエーーーーーー!!!?」


 そのおかげで奴が天井に、壁に、跳ねるようにして最後は転がる事に。

 俺の方はさっさと離れていた訳だが。


「クソ、クソクソクソオオオーーー!!!!!」


 でも奴はまだ懲りないらしい。

 すぐにむくりと起き上がり、俺へと殺意の目を輝かせている。

 これじゃあ埒が明かないかもしれないな――


「うあああああ!!!!!」

「なっ、キ、キサマアッ!!?」


 だがそう思った時だった。

 突如ディマーユさんが起き上がり、奴の体を抱き込んだのである。

 それもなお膨れている腹さえ押し込み、壁へと抑え付けて。


「ラング今だあああ!!! 我ごとこやつを斬れえええ!!!!!」

「なっ!?」


 きっとディマーユさんは苦しみながらも俺の戦いを見ていたのだろう。

 それで気付いたのだ、俺がリアリム達を倒し、その末に英雄となったのだと。


 そしてその上で懇願したのだ。己の命さえ顧みずに。


「我はどうせもう保たぬ! 腹の中で蠢く奴らが喰い破って出てくれば、我の命さえ吸い尽くして進化するだろう!!!」

「なん、だと……!?」

「それにこんな外道の眷属を産むなど以ての外だ! そんな事をするくらいなら、我は潔く死を選ぶ!」

「てめええええええ!!!??」


 決死の覚悟だ。

 それほどの想いがあの叫びに込められている!




「だから頼む! 我を、我をみじめに殺させないでくれぇ! 神として、人を守るために命を捧げさせておくれ、ラァァァーーーングッッッ!!!!!」




 その叫びが、訴えが、俺の脳裏へ電撃のごとく駆け巡る。

 彼女の想いを無駄にしてはいけない、そんな思考と共に。


 だから俺は迷わず剣を振り上げたのだ。

 神殺しの剣に残る最後の力を刃へと集中させつつ。


 ――でもその時、声が聴こえた。


 そっと囁くような小さな声。

 暖かく、優しく、惚けてしまいそうな。

 それでいて全身へ快感が巡り、同時に一つの感覚を思い出させてくれた。


 懐かしい感覚、求めてくる感覚。


「……ああそうか、アンタはそこにまだいたんだな」


 俺はこの声を、知っていた。

 対話の仕方も、扱い方も。


 それで気付くのだ、囁きの正体が何者だったのかも。


「だったら力を貸してくれ。恩人を、古の呪縛から解き放つ為に……!」


 声が肯定する。

 力がさらに溢れてくる。


 ならそれだけで俺はもう、何でもできそうだ。


「ならば神殺しの剣よ、たった一度だけでいい! お前が本来成すべきだった役目を果たせ! 今目の前にいる邪神だけを断ち切る力を、俺に貸せえッッッ!!!!!」

「クソがクソがクソが!!! このクソメスがあああ!!!!! 離しやがれえええええ!!!!!」


「――ヒイッ!?」


 だから今、俺は巨大な刃を掲げていた。

 神殺しの剣の力と、俺自身の力が合わさった幻影の剣として。


「うおおおおおおおーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!」


 もう御託はいらない。

 情けも、かつてあった友情も。


 何もかも、罪深き灰燼と化そう。


 そう心に決め、刃を振り下ろす。

 ただ一心に、全力で、奴のすべてを両断する為にと。


 そうして振り下ろされた刃が奴の頭を穿ち、断ち、抵抗なく降りていく。

 さらにはディマーユさんまで巻き込み、一瞬にして断ち切ったのだった。


 するとその瞬間、ギトスの全身から光が溢れ出してくる。


「ギャギッ!? こんなバガなっ!? ぼぼぼくがぼくが滅び――あっあっあああ!!?」


 まさか真っ二つになってもまだ意識があるとはな。

 だけどもう手遅れ、ここまでだ。


 さようならギトス、お前の魂にはもう残滓一つさえ価値はないよ。


「アッッギャアアアアアアアアアアアア!!!!!!――…………」


 そしてついには肉体の細胞一つ一つが光となって弾け、消えていく。

 存在そのものが神殺しの力で消滅させられた事によって。


 そう、本来の神殺しの剣とはそういうものなのだ。

 存在そのものを抹消する、恐るべき武器。


 しかしその剣も滅びを迎え、パキパキと割れて崩れ落ちていく。

 古より残された罪、その最後の瞬間である。


「うう……ハッ!? あ、あれ、なぜ我は生きている……?」


 けれどディマーユさんは無事だ。

 腹も元通り、とはいかないものの皮がだるんと落ちた状態に。

 でもあの人ならこの程度はすぐに元通りになるだろうさ。


「それはな、俺が奴の存在だけをからさ。自在屈掘の力でね」

「「んなっ!?」」


 これにはディマーユさんのみならず、ウーティリスも驚いたらしい。

 それもそうか、まさかスキルがまだ使えるなんて思ってもみないだろうから。

 

「あの時、一瞬だけ声が聴こえたんだ」

「声?」

「ああ、多分あれは慈母神ユーティリスの声だと思う」

「えっ……」


 そこで俺は敢えて教える事にしたのだ。

 たとえ錯覚でも何でもいい、思った感じた事をただ素直に。


「きっと剣にまだ彼女の心が染みついて残っていたんだ。どういう理屈かはわからないけど、それで俺にスキルを一回だけ使わせてくれたのさ」

「らからって剣で自在屈掘など……」

「ははっ、いいじゃねぇか細かい事は! できちまったんだからよぉ! そんでもってディマーユさんを救えたんだからぁ!」

「プッ、くくく……まったくお前はいつもとんだ無茶をしでかしてくれるよ。これでは師である我の方が名折れではないか。奇蹟を与えるのは神の特権だというのにぃ~……」


 ま、大した奇蹟ではないと思う。

 理屈では合わない事だというのもわかっているが。


 だけどそう信じたかったんだ。

 慈母神ユーティリスは自分の娘やその仲間達を守ってあげたかったんだって。

 それだけの愛があるから慈母神なんだろうって、思えてならなくて。


「そ、そうだ、みなを助けなければ!」

「よ、よし、じゃあ俺の持つエリクサーでだな!」

「ま、待てラング、その震えた手で何もするでない、するでないぞおお!」


 もう彼女の声は聴こえない。

 だから証明する事は永遠にできないだろう。


 だったらこんな逸話くらいは残したっていいじゃないか。

 それが慈母神の伝説の最後なのだと誇れるのだから。


 その方がきっと、ウーティリスも喜んでくれるから。


 


…………

………

……




 ――こうして俺達の戦いは終わった。


 幸いにもチェルト達はすぐに回復する事で一命をとりとめた。

 しかし後続は残念ながら全滅、喜ぶに喜べない幕引きとなる。


 とはいえ、勝利した事に変わりはない。

 これから世界は自分達の手で進めていく事になる。


 だからこそ落ち込んでなどいられない。

 ここに至る戦いで死んでいった真の勇者達のためにも。


 俺達はこれからも胸を張って前に進み続けなければならないんだ。

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