第136話 改造死者、出現

 異世界人も俺達となんら変わらないただの人間なのだと感じていた。

 たった二日だが、ミラと接した事でそう思えたのだ。


 だから今ではこうも思う。

 いつか落ち着いたら本気で元の世界に帰る手段を探してあげたいと。

 だってそれが呼び込んだこの世界の人間の義務でもあるだろう?


 だが今、俺はその意義を見失いそうになっている。


 それは目の前に立つカナメという男があまりにも人間らしくないから。

 ミラと比べ、とてもじゃないが人の生気を感じないのである。


 一歩を踏み出してくる姿はまるで機械のよう。

 がくり、がくりと不自然に腕脚を動かし、亀よりも遅い速度で進んでくる。

 それにまたたき一つしない無表情の顔に、途切れ途切れの言葉。


 ……これはもはやゾンビだ。

 噂に聞く、蘇った死体リビングデッド。


「おのれ、面妖なッ!」

「かくなる上は四肢を断つのみッ!」

「ま、待って――」


 そんなカナメすら心配するミラを他所に、ベゼールとディオットが突撃する。

 双剣使いと斧使い、二人の剛柔のコンビネーションがカナメを切り裂いた。


 ……切り裂いた、はずだった。


「な、なにいッ!?」

「や、刃が、通らんッ!?」


 二人ともたしかに武器を振り切っていたのだ。

 それに合わせてカナメの体も歪んでいたのに。


 今はすでに何事もなかったように立っている。

 切り裂かれた場所の皮が裂け、赤い筋を見せながらに。


 しかもカナメはあろう事か、次の瞬間には二人の首を掴んでいて。


「お、おおおお――」

「ぐあああああ!!?」


 床へと、一墜。

 二人揃って白床へと打ち付けられる。


 いや、それどころじゃなかった。

 途端に床に亀裂が走り、割れ、隆起し、破片が空高くに舞い上がったのだ。

 二人をなお地面へと潰さんばかりに押し付けながら。


 恐るべきパワーだ……!

 鈍い動きからは想像もできないほどに圧倒的な!


 そのせいでもうベゼールとディオットは微動だにもしていない。

 あんな力で押し付けられてしまえば、いくらA級勇者だって耐えるのは不可能だ。


 なにせ道中、床や壁だけは彼らでは傷付ける事さえ叶わなかった。

 それほどまでに硬い床を、あのカナメは拳を押し付けただけで破砕したのだから。


「あ、あれはまさか……改造屍者エグザデッダーかあッ!?」


 そのような恐るべき存在を前にディマーユさんもが狼狽える。

 いや、この狼狽え方は何かを知っているようだが?


「なんですかい、そのエグザデッダーってのは!?」

「平たく言えば、エリクスやラクシュの先輩だ……!」

「ちょっ、待ってくださいよディマーユ様!? その説明は語弊がありますってぇ!」


 な、なんだ違うのか!?

 何となく言いたい意味はわかったんだが!?


「つまりはエリクスやラクシュを改造した技術は、あのエグザデッダーを造った技術を応用・発展させたものなのだよ……!」

「おいおい、マジかよっ!?」

「だがあれは外道だ! 死体を改造し、疑似魂魄を注入し、残留思念をコントロールして自動的に動かす。もはや人間とは言えない者へと至る改造なのだ!」


 それを知っているという事は、それはディマーユさんがゲールトにいた時代からあった技術なのだろう。

 それでもなおこうして狼狽えてしまうほどに惨忍で冷酷で非道な所業……!


「それじゃあつまり……」

「あのカナメという男はもう、死んでいるッ!!!」

「「「ッ!?」」」

「そ、そんな……カナメ……」


 そんな改造を受けてゾンビと化したカナメがゆっくり、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 もはやまともな歩き方でさえできない、ただ殺すためだけの機械として。


「おのれゲールトめ……! あの技術は非人道的であるがゆえに、当時の我でさえ提言して辞めさせる程だったのだ! しかしその時の技術を独自に昇華させ、エリクスやラクシュのような改造人間が生まれたのも事実!」

「でも二人はちゃんと生きてるぜ!」

「そうだとも! 命ゆえに我とて尊厳は守る! だが奴らはもはや人間を人間として見てはいない! 改造されたあの様子は四千年も昔と同じままで、一切の改善も見られぬのだからッ!!!」


 クソが……ッ!

 そんなカビの生えたような技術を今さら使うのかよ……!

 これも俺達を動揺させるための罠だって事かぁ!?


 ――逆効果だぜッ!!!

 こんな事をする奴らは、絶対に生かして置いちゃいけねぇーーーッ!!!!!


「こうなったらアタシがカナメを止めて――」

「いいや待て、ここはワシらに任せよ」

「オプライエン!?」


 だがそういきり立つ俺達をあのオプライエンさんが制する。

 一歩前に立ち、腕を広げて遮ったのだ。


「オプライエンさぁん、ワシらってそれさぁ、卿も入ってるでしょ?」

「きっとオラもなんですねーっ!」

「無論だ。それに貴公にとっても奴は因縁深い相手ではないかな?」

「……そうですね。ではそれはわたくしめにも言える事でしょう」


 そしてさらに三人が一歩を踏み出し、オプライエンさんに並ぶ。

 エリクス、クリン、そしてラクシュもが。


「ディマーユ様、ラング殿! あなた方は先に行かれい! 我らがこやつの足止めをしてみせようぞ!」

「だがそれでは!?」

「みなまで言うてくれるな主よ。これこそ我が天命としたり!」

「まったく、卿まで天命とやらに巻き込んでよくそこまで咆えられるねぇ!」


 ……オプライエンさん達は俺達の盾になろうとしているのだ。

 ミラの実力も知り、己の非力さも理解したからこそ。


 ゲールトとの戦いでそのミラを外す訳にはいかないのだと考えて。


「ミラ殿」

「え?」

「ああなった以上、もはや奴は人間とは呼べませぬ」

「そ、それは……」

「しかし貴女が気に病む事はありませぬよ。あの者は、こうなる運命だったのです」


 その時、空気が揺れ動く。

 しかもその拍子にオプライエンさんの姿がフッと消えていて。


 そんな彼はすでにカナメの背後へと立っていた。


「その惰弱な運命に貴女が付き合う必要はございませぬッ!!! 然らば、胸を張って先に進まれよ! それこそがこの者にできうる最上の報いとなりましょうぞおッ!!!!!」

「ッ!!?」


 オプライエンが叫び、剣を瞬時に幾重も奮う。

 するとたちまちカナメの肌が裂け、皮が散り、赤く筋張った本体が露わに。


 それはまるで筋肉のようで、でも何かが違う。

 

 まるでミミズの集合体のようだった。

 それだけ筋が個々でグロテスクに脈動していたのだ。

 その筋一本一本も普通の人間と比べてずっと太い。


 あれはそもそもが人間の構造じゃない!

 エグザデッダー、これが根本から改造されて成れ果てた化け物の正体か!


「ま、そういう事だから」

「エリクス、お前は……!?」

「ディマーユ様、ラング君、そして他の皆さん、生きていたらまた会いましょう。その時はぜひとも卿を褒め称えてくれたまえよ」


 でもエリクスもクリンもラクシュも、そんな化け物相手にひるまず突っ込んでいく。

 動きが鈍いからこそ攻撃して離れ、隙を突いていて。


「……ラング、みんな、先へ行くぞ。彼等の意志を無駄にしないためにも」

「インベントリ送りにはさすがにできませんかね」

「無理だろうな。元の肉体はカナメのものだからこそ」

「ああそうかい……ったく、不甲斐ねぇよなあっ!」


 でももう俺にできる事はない。

 スキルキャンセラーがある以上、俺なんざ何の役にも立ちはしねぇんだ!


 ゆえに俺は走るしかなかったのだ。

 カナメの向こうにあった次の部屋へと向けて。

 もちろん続いてディマーユさん達の足音も聴こえてくるから、きっとこれでいいんだろうよ。


 だけど俺は、どうにもこのまま突っ切りたいとは思えなかった。

 せめて俺がやれる事を何か、なんでもいい、あいつらに残したくて。


「……お前らあッッッ!!!!!」

「「「――ッ!!?」」」


 だから俺は夢中で叫んでいた。


「生きて帰ったらッ! 俺が家族と一緒に手料理を振舞ってやるからあッ……」

「ラング君……」

「一緒に帰るぞおッ!!!!! 約束しやがれえええッッッ!!!!!」


 そうして叫び終えてすぐ、振り返るのだ。

 彼等との返事を、約束を結ぶために。


 四人が腕を高く伸ばして示すサムズアップを見届ける事によって。




 その姿を視界に収めたのを契機に、俺達はすぐに次の部屋への通路へ。

 直後には戦う音が聴こえたが、それもすぐに聴こえなくなってしまった。 


 でもあいつらなら大丈夫だろう。

 なんたって約束を反故にしない、頼れる、できた仲間達なのだから。

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