第89話 異世界からの来訪者(ギトス視点)

 ゲールトの水晶どもに言われるがまま、僕は越界の間という部屋へと向かう。

 暗い道程だが、しっかり道標を示してくれているよ。

 奴らめ、随分と優しいじゃないか。


『ここだ』

『入れ』

「わかった――ッ!?」


 だがやってくるや否や、僕の視界にとんでもないものが映り込んだ。


「こ、これは転送魔法陣ッ!? モンスタージェネレーターじゃないかあっ!?」


 間違いない、これは転送魔法陣だ。

 ダンジョンで魔物を無限に産み出す、あの!


 それが大部屋の床一杯の大きさで敷かれているなんて……!


 これのせいで勇者達がどれだけ苦労させられたか!

 そんなものを見間違えるはずがない!


 どうしてそんな厄介なものがここに!?


『案ずるな』

『これは貴様の思うような代物ではない』

『むしろ我らに益を与えてくれよう』

「なに……!?」


 どういう事だ?

 こいつらは何を言って……!? 


『これより越界召喚の儀を執り行う』

『そこより現れし者がお前の部下となろう』

『しばし待て』


 ここから僕の部下となる者を呼び出す?

 魔物のようにか!?


 だとすれば一体どんな奴が出てくる!?


 くっ、否応なしに魔法陣が輝き始めた。

 僕に選択権はないって事かよ……!


『来るぞ』

『異界の使徒が来る』

『我らに再びの繁栄をもたらすために』

『いでよ、人類の希望よ』

『我らに才覚を、叡智を!』

「うおお……!?」


 輝きが僕を包む!

 逃げ場もすでにない!


 一体どうなってしまうんだ!? うあああーーーっ!!?




 ……

 …………?

 なんだ、光がもう収まっている?




 僕の体に異変は無い。

 足元を見る限り、転移した様子もない。


「だったら一体何が来て――!?」


 だがふと部屋の中央へと振り向いた時、僕はすぐに気付く。

 先ほどまでいなかった何者かがぽつんと、立っていた事に。


「あれ……? ここはどこだ?」


 一人は男だ。

 それも僕とあまり変わらなさそうな若い奴。


「ハッ! もしかしてこれって異世界転移ってやつ!? そうか、ついにオレにもその時がきたんだ……よぉしっ!」


 ただなんだ、あの高いテンションは?

 しかも状況をもうわかっている!?


 なんて適応能力だ。

 これが異界から来た者……!


「あ、もしかしてあなたがオレを呼び出した人でしょうか?」

「ま、まぁそのようなものだ」

「おおーっ! じゃあもしかして強大な敵を倒すために助けを求めてオレを呼んだって事だったりします?」

「……ああ。僕達は人類の秩序を脅かす邪悪な敵と戦おうとしている。その力となってもらうためにお前達を呼んだんだ」

「来た来た来たあーっ! その展開を待っていたんだよぉぉぉ!」

「そ、そうか……」


 しかもなんだコイツ、妙に馴れ馴れしい奴だな。

 遠慮もなく近づいてきては勝手に手を取って握手しやがるとは。


 僕が温厚でなければ今ごろ首をはねてやった所だ!


「たしかに、僕達の見立てならお前も勇者になるだろうな」

「勇者!? ついにオレの時代がきた……っ! これでパッとしない人生からおさらばだぁ! くぅ~~~!」


 ……まぁいい、別に悪い奴ではなさそうだ。

 見る限り人間であることに間違いは無さそうだしな。


 短く立った黒髪に、妙に堅そうだが整った黒衣装という身なり。

 ただ服の質はかなり良いな、こんな服は滅多にお目に掛かれないだろう。

 もしかしたら相当に身分の高い人物なのかもしれん。


「オレ、司馬崎しばざき 華枢かなめって言います! カナメって呼んでくださいい! 歳は一八で高校三年生、趣味はゲームと漫画、将来の夢は勇者か英雄!」

「そ、そうか。僕はギトス=デルヴォだ。お前達の世話係をうけたまわっている」

「はい、ギトスさんよろしくお願いしますっ!」


 しかしどうにもよくわからんやつだ。

 聞いてもいない事をつらづらとよくまぁ喋る。

 とはいえ共感できる所もあるし、態度次第では優遇しないでもない。


 ではもう一人はどうだろうか?

 さっきから出現位置でたたずんだまま静かにしていたみたいだが。


 あの長い髪は、女かな?

 カナメと同じく黒髪で似たような服装。

 僕基準で見ればなかなか上物の女だが、中身はどうだか。


 そこで今度は僕の方から近づいてみる事にした。

 

「……来ないで!」

「むっ!?」

「話は聞いてました。けど興味ないんで!」


 けれどすぐ手をかざして制止させられた。

 おまけになんだか腹を立てているようだ。妙に声が甲高い。


「ですから帰してください。受験勉強に忙しいので」

「ジュケン……? だが帰す事はできるかどうか」

「えっ……!?」

「なにせ僕自身もこういう場に立ち会ったのは初めてでね」


 なるほど、故郷に未練がある訳だ。

 それで呼び出される事が迷惑だったと。


「だが僕達に貢献すれば帰り方を探してやらんでもない」

「来ないでって言ってるでしょ! アタシは男が嫌いなの!」

「むっ……!?」


 なんだこの女、下手に出ていればまた勝手な事を。

 男が嫌い? なんだその意味のわからん理屈は。


「勇者だとか調子に乗らせてさ、どうせアタシの事をもてあそぶつもりで見てたんでしょ!?  男の言う事なんか信用できるもんか……! 」

「なぜ初対面で知りもしない僕をそこまで嫌う?」

「当たり前よ、アタシはフェミニストなの!」


 へみにすとん……?

 フゥー……やれやれ、言っている意味がわからん。

 何を性別などで区別しているのやら。


「男なんて女を道具としか見ちゃいない。ネットでも女を咎める書き込みを一杯見てきたんだから! これだから男は信用ならないのよ! 男女差別反対!」


 僕がお前の何を差別したというのだ。勘違いもはなはだしい。


 実に面倒臭い奴だ。

 なら発破をかけてやるとするか。


「お前の言いたい事がよくわからんな。しかし従いたくないなら僕はそれでも構わん。そのままこの場所で勝手に死ね」

「なっ!?」

「この部屋の外は侵入防止のための暗転迷路となっている。道を知らない者が出られなくなるようにな」

「うそ……」


 案の定、事実を語ったら顔を真っ青にしやがった。

 自分の置かれた状況がやっと理解できたらしい。


「それに一つ言っておこう。お前の世界では男が君臨しているようだが、僕達の世界は違う」

「えっ!?」

「この世界は才能がすべてだ。男も女も関係無い。優れた才能を抽出し、育て、発揮する者に等しく栄誉を与えるのだから。たとえば僕のように優れた存在となれば誰からも崇められ、虐げる事さえも自由となる」

「男女が関係無い……?」

「そして異世界から来たお前達にはその優れた存在になる資格がある。さすればお前が嫌悪する男も自由に隷属させる事ができるだろう」

「――ッ!? 誰でも!?」

「ああ。お前が気に入った奴なら誰でもな。それがこの世界の掟だ」


 どうやら僕の話をしっかり理解したようだ。

 おまけに言えば効果てきめんでもあったらしい。


 ほらみろ、女が下卑た笑いを浮かべているじゃあないか。

 ふふ、その笑い方は嫌いじゃない。


「という訳だ。強者か、死か。どちらでも好きな方を選べよ」

「……わかった。今は従います」

「いいだろう。僕に従いさえすればお前の将来は保証してやる」

「ま、スマホが使えないのは残念だけど諦めるしかないか」

「すまほ……?」

「アタシ、入鹿いるか 美來みらっていいます。よろしく」

「あ、ああよろしく頼むぞ、ミラ」


 これでいい。

 これで異世界からの来訪者はどちらも従う事になった。

 あとはこいつらの才能を開花させ、その力を伸ばさせる。


 そしてあのダンジョンブレイク工業に思い知らせてやるのだ。

 お前達がこの世の理に逆らう事がいかに愚かであるかをな。


 その準備はもうすでに、整いつつある……!

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