第86話 偽ダンジョンブレイカーは何者?

 なんと偽ダンジョンブレイカーはワイスレットから来たという。

 それならたしかにダンジョンブレイカーを知っていても不思議ではないよな。


 だけどそうなるとますます正体がわからないんだが?


 奴は俺やウーティリス、チェルトの事を知っているようだった。

 あくまで対外的な情報だから商会関係者ではないとは思うが。


 だとすれば本当に何者なんだ。

 あのA級勇者をも一撃で退けた実力は間違い無く本物だったし。


「ここは昔の馴染みの店でね、客も少ないから遠慮せず語れるよ」

「へ、へぇ……」


 そんな相手に連れられ、小さな喫茶店にやってきた。

 靴を脱いで座る座敷様式の店らしい。


 なので奴に続いて俺達も座敷に上がって座る。

 するとさっそく、店主のおばあちゃんが何も言わずにお茶を差し出してくれた。


 氷が入っている! 冷たい! すげえ!


「ありがとう店主さん! 相変わらずお元気そうだね!」

「あっくんが帰って来て私も嬉しいよぉ。でもなんだいその格好は?」

「あっはっは、これは私の趣味だよ。気にしないでおくれ」


 しかも店主さんとも仲がいいらしい。

 すでに身バレしてるみたいだし、もう仮装の意味ないだろ……。

 あ、でもそれ俺にも言えるな。ちと変装を改めてみるか。


 しかし茶がスゥーっとしたのど越しでうまい。

 柑橘系のフレーバーが入っているのだろうか、みんなもお気に入りのようだ。

 おかげで気持ちも安らいだ気がする。


「さて、と……どこから話したらいいものか」

「あ、あのぉ、まず俺ら、あなたの事自体がわからないんですが」

「おっと、そうだったね」


 そうしたら偽物が仮面へと手を伸ばす。

 それで遠慮する事もなく外し、俺達に素顔を晒した。


 そこでやっと俺達は気付くのだ。

 この男がどんな存在かに、ハッキリと。


「あ、あ、あああ……!?」

「アーヴェスト=フライク! あの不死生アーヴェストがどうしてここにいるのよ!?」


 そう、あのアーヴェストだ。

 ワイスレットのA級勇者であり、俺達と一度対峙した事もある、あの。


「どうしてって、ここが私の故郷だからだよ」

「「「えッ!?」」」

「あ、知らなかったのか。私は遠方からあの地に派遣された身で、ワイスレットには別に何のこだわりも愛着もないよ」


 じょ、冗談だろ!?

 せっかくものすんごい遠くから来たってのに、こんな縁があるものなのか!?

 ワイスレットとの関連を断ち切るつもりが、まだ切れてねぇじゃねぇか!?


 それどころかA級勇者だ。

 下手をすればまた邪魔されかねないのでは!?


 だが、なぜそんな奴が俺の真似をする!?


「でももうやめたんだ」

「え?」

「ワイスレットのギルドには移籍届けを出してそれっきりだ。もう戻るつもりはないよ」


 どういう事だ?

 こだわりがないとはいえ、A級勇者ならどこででも働けるだろうに。


「どうしてそんな」

「もうね、飽きたんだよ。勇者って存在そのものに」

「なっ!?」

「この間ひどいものを見せられて痛感させられたんだ。これが勇者というものなら私は一体なんなのだ、とね」


 ひ、ひどいもの?

 まさか俺が装備をひん剥いた事じゃないよな……?


「……私はね、本当は錬金術士になりたかったのさ」

「錬金術?」

「そう。それも医学系のね。親がそうだったから、私もそうなるんだって信じて憚らなかったよ」

「あっくんは昔っから錬金術が大好きだったもんねぇ~」

「うん、そうだね。あ、店主さん、とっておきのドリンクを彼等に。私のおごりで」


 意外だ。

 あのA級勇者としても優秀と言われたアーヴェストが、実は勇者になりたかった訳ではなかっただなんて。


「子どもの頃には両親の真似をして、よく一緒に薬作りに励んだものさ。だから知識もあったし、才能選定じゃ錬金術士は間違いないだろうって言われていた」

「でも結果は……」

「うん、勇者だった。だから両親は喜んでくれたよ。だけど複雑だったな、もう錬金術には携われないのかなぁって思って」


 するとアーヴェストが両腕で支えた体を溜息を吐きながらだらりとさせる。


「ただ、意外にそうでもなかった」

「お?」

「勇者という立場を利用して趣味で錬金術を学ぶ事はできたんだ。しかもダンジョンで手に入れた薬を使い放題。だから私はこの境遇を利用し、自分なりの研究を始めた。おかげで不死生の根源、超再生薬の開発にも成功したのさ」


 なるほど、錬金術の知識は才能に関係無くあったって事か。

 専門職じゃないのにそんなのを作れるなんてすごいな……。


「だが、その事がギルドに知られた途端に私の人生は大きく変わったよ」

「え……」

「ギルドは『その薬を門外不出とせよ』と通告し、同時に研究発展も禁じてきた。使っていいのはあくまで自身にだけなのだと」

「なんでそんな通告を……」

「知らないよ。だけどこれで私は自身の存在意義に疑問を感じてしまった。この薬が更なる進化を遂げれば人は寿命を克服できるかもしれないっていうのに」


 そうか、アーヴェストは彼なりに悩んでいたんだな。

 自分のやりたい事もできず、成果も無駄にされてしまって。

 不死の薬なんて誰でも欲しがってやまないものだろうに。


「そんな悩みを抱きつつもう三〇年……そこで先日、ギルドの非道な行いにようやく目を向けられたよ。だから私はギルドを見限ったのさ」

「さ、さんじゅうねん……アーヴェスト様のお歳は一体いかほどで?」

「私は今年で六二歳になる。ここの店主と同い年だよ。彼女は幼馴染なんだ」

「「「えええ!?」」」


 じょ、冗談だろ!?

 だってアーヴェストって見た目が二〇代だぞ!?

 おまけに凛々しいし、気品もあるし、男としてならうらやましい若々しさだ。


 それが六二歳!?


「ふふっ、実は超再生薬自体の研究は密かにもうだいぶ進んでいてね、肉体年齢だけはこうして克服できている。おかげで先ほどみたいに戦うのも問題ないのさ」

「す、すげえ……」

「でもだからってどうしてあんな事を? ダンジョンブレイカーって悪人でしょう?」

「はは、実はそうでもないよ」

「えっ?」


 でもこう返してきた拍子に、体がギュッと引き締まった。

 それでいて体を起こし、ふと微笑みを浮かべる。


 まるで懐かしむように目を細めながら。


「チェルト君が寛容的であるからあえて言うけれど……私はね、彼に憧れてしまったんだ」

「あ、憧れえ!?」


 それどころか衝撃の発言を耳にする事に。


 あのA級勇者アーヴェストが、ダンジョンブレイカーに憧れた。

 そんな一言は俺達を驚愕させるには十分過ぎるインパクトを誇っていたのだ。

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