第70話 千年劣化の世界

「すまぬ、少し熱くなりすぎて取り乱してしまった」


 師匠――唯一創世神ディマーユは反神組織に生み出された偽りの神だった。

 しかも神教徒を黙らせるためだけの、いわばただのお飾り。


 だから相当に悔しかったんだろうな。

 自分の存在意義が生まれた途端から嘘みたいなものだったから。


 でもそんな真実を語った事でようやく師匠が落ち着きを取り戻した。

 握り締めていた拳を解き、床をさらりと撫でて見せてくれていて。


「そなたの怒り、よくわかろうな」

「神にとって象徴は~~~己の存在意義れ、すぅ~~~」

「さよう。それが嘘と権力など……人間の悪意の象徴になるなど我慢できはすまい」

「ああ、当時にもそれに気付けていればよかったのだが。生まれたばかりでは我も子どもみたいなものだ。浮かれてしまえば盲目的にならざるを得なかった」


 そんな師匠をウーティリスとニルナナカが「ヨシヨシ」と励ます。

 すると師匠も途端に「はわーん!」と泣きっつらを晒した。


 これが神経験の差って奴なのか?

 なんだろうな、大きさの対比にかかわらないこのしっくり感。


「……とまぁそんな訳でゲールトは全方位的な支配を完了させ、とうとう奴らの創ったギルドと勇者による人類支配が始まった」


 けどどうやら話はまだ終わりではないようだ。

 気を取り直すと、再び師匠がしんみりと語り始める。


「そして奴らの計画が完了した事で我の役目も終わり、そこで我はここよりずっと遠く、海を越えた先にある大森林大陸へと放逐されたのだ」

「よかったのう、口封じに殺される可能性もあったろうに」

「奴らの嫌う神とはいえ計画に加担したからな、ある程度の温情はあったらしい」

「けど怒りは~~~積もりまくりれすぅ~~~」

「まぁ実はそうでもない。それというのも、放逐された大森林大陸は人の文明が至らない場所でな。そこには獣や魔獣、文明のない原住民しかいなかったのだ。おかげで我はそこで三千年もの間、悠々自適に生活できたものだよ」


 なんだ、師匠の顔がどんどんとニヤけていくぞ?

 頭まで揺らしちゃって、途端に機嫌良さそうになったんだが?


「いや~大森林の生活は実に快適であったぁ~! 獣も魔獣も原住民もぉ、我と寄り添って生きてくれてぇ~、みんなで仲良くずぅーっと暮らしててぇ~! ホンット神みたいに扱ってくれたから嬉しくてたまらなくてねぇ~~~!」




 ――そして始まったのは積もりに積もった千年単位の楽しい思い出話。

 あまりにも濃厚すぎたせいで、興奮が冷めやるまで二時間くらいかかりました。




「……それでぇ~大鹿のミリちゃんが我に求婚してくるものだからぁ~~~!」


 俺達はまぁ楽しかったから聞きっぱなしでも問題無かった。

 あ、でもチェルトは途中で白目を剥き始めていたな。昼間ダンジョンに行ったから疲れたんだろう。

 なおエリクスも壁に寄りかかって寝ている。事情、もう知ってるんだろうなー。


「――だがそこで我はふと気付いたのだ。今、人間の世界はどうなっているのかと」

「今の話にそう気付ける要素がまったくないんだけど?」

「そう気付いた我はいてもたってもいられなくなり、ついに人間の世界へと戻る決意をした。一年くらいかけて大森林の仲間達に別れを告げ回った後に」

「かなり未練残ってるよな、それ」

「こうして我は人間の姿シャウ=リーンへと化け、人間の世界へと舞い戻った。そして実際に目の当たりにし、驚愕したのだ」

 

 え、驚愕ってどういう事だ……?


「世界はあまりにも劣化し過ぎていた。かつては星滅級ダンジョンさえ攻略できていたのが、今では上級ダンジョンさえ一部の勇者に頼らないと勝てない有様となっていたのだから」


 それはたしかに。

 例の神を殺す剣も、最上位である星滅級で稀に出るとか言っていたしな。

 きっと昔はそれさえ数をこなせるだけの実力者がそろい踏みだったんだろうさ。


「そしてそれもすべてあのギルドと勇者のせいだという事がわかったよ」

「えっ……」

「スキルを失わせた所為なのもたしかにある。しかしそれ以上に、ギルドと勇者が権力を得過ぎて傲慢となり過ぎてしまった。おかげでダンジョンの攻略も雑で宝ありき。ダンジョンの価値が薄い時代と成り果ててしまったのだ」

「才能によって役割を分けていたのが発展を妨げていたって事か?」

「しかり。しかも三千年だ。三千年という月日がその劣化をどん底にまで進行させてしまった。おかげで今や神が介入する前よりもずっと文明が劣化してしまっている!」


 まさか人間の文明がそこまで堕ちてしまっているなんて。

 俺達は気付かぬ内にドツボにハマっていたのかもしれない。


 ギルドと勇者が権利をむさぼり続ける事は、世界にとって毒だったのか。


「そう気付いた我はただちに行動を開始した。さすがに三千年も経てばギルドも我が神などとはもうわかるはずもあるまい。だからこそそれを逆手に取り、奴らの権力を奪う計画を進め始めたのだ」

「おおっ!?」

「我の狙いはただ一つ! かつて封印されし神々を復活させ、スキルの恩恵を蘇らせて今の格差を取り除く事だ!」

「おー! やるではないか!」

「さすがれすぅ~~~」

「うむうむ。たしかに神がいた時代にも格差はあっただろう。しかし今よりは断然マシだった。職業や才能に左右されず、各々のやりたい事をスキルで体現できたからな! 我はこの世界をそんな時代に戻したいのだ」


 そうか、昔の人は才能にかかわらずスキルで乗り越えられたんだな。

 だからきっとハーベスターみたいな人達でもダンジョン攻略はできたんだ。

 だけど、それがもうできないから劣化してしまった。


 その事を鑑みれば、師匠の理想は俺達人間にとっての理想でもある!


「だからこそ我はまず神を復活させる手段を探し始めた。ただ、我が直接復活させる事はおそらく不可能だろう。あの封印は強力過ぎて感知できぬし、下手に近づけば我そのものが封印されかねぬから」


 ……でもそう簡単にはいかないか。

 残り千年、それをもってしても計画を進められないくらいに。


「そこで我は代理人を探す事にした」

「代理人……?」

「むむっ、それはまさか〝神依人かみよりびと〟かっ!?」

「うむ、その通り! 彼等ならばきっと神を見つけられると信じたのだ!」

「なんだ、その神依人って?」

「より神に感性の近い、あるいは神の血を受け継ぐ者なのら。彼等ならば神の力を感じ取る事もできるし、運命を繋ぐ事もできる。それでいて人間だからこそ神封印の影響も受けぬという訳よ」

「おお、そんな奴がいるのか!」

「何を言うておる。そなたもその一人ぞ、ラング」

「ええっ!? 俺がかあ!?」

「そうだとも。お前もまた我が探し求めた神依人なのだよ」


 じょ、冗談だろ!?

 俺、自分がそんな特別だなんてまったく認識がないんだが!?


「我はお前のような神依人の同志を探し続けた。おかげで多くの同志に巡り合えたよ。そこで惰眠をむさぼるエリクスもまたその一人でな、そやつはもう三〇〇年余りも我に付き添い続けてくれている」

「さ、さんびゃくう!?」

「ふごっ!? ……あ、卿は改造人間だからね、寿命は関係無いんだ」

「か、改造人間とは……また難儀なものになったのう」

「その割りには~~~とても人間らしいれすぅ~~~」

「ディマーユ様肝入りの改造だったからね、ちゃんと人らしい所は残っているよ」


 よ、よくわからんが寿命が延びているって事だな!

 すごいなエリクスの奴!


「だが現実として、神依人を見つけたとしても神を救うに至った例はなかった。だから我も半ば諦めていたものだ」

「えっ……」

「でもラングよ、お前がその可能性を繋いでくれた。勇者ではなく採掘士となった事こそがもしかしたら正解だったのかも知れぬ」

「俺が採掘士になった事が正解……?」

「うむ。今まではダンジョンに神が封印されているとして、勇者の神依人ばかりに執着していたのだ。しかし今さらながら気付かされたよ。埋められた神を掘り起こせるのはたしかに採掘士しかいないのだとな」


 そうか、師匠も曲りなりに神だからな。

 人間の特性にそこまで執着していないし、スキルがあった時代を知っているからそれありきで考えてしまっていた。


 今の時代は誰しもが自由に掘れる訳じゃないって、気付けなかったんだ。


「ラング、お前のおかげで我は救われたよ。あの時の幼いお前を見初め、育てた事は間違いではなかったと。お前が勇者にならなくて本当に良かったと思う」

「師匠……」

「だからこそラングよ、お前に今こそ託したい。我の計画と、その先の未来を」


 するとふと、師匠が嬉しそうに微笑み、自由な手を俺へと伸ばす。

 そして俺の背丈ほどもある大掌で、体をそっと撫で上げてくれた。

 それはまるで子を愛でる母のように。


「どうか引き受けてはくれぬか? 別に今すぐにとは言わぬ。お前が答えを返したくなった時でもかまわないから――」

「……ええ、わかりました! 引き受けますぜ!」

「ほ、本当か!?」

「俺がやりますよ。元よりそのつもりでダンジョンブレイカーになったんでね!」


 だったらそれらしく託されてやろうじゃないか。

 どうせ目的は変わらないのだから。


 それなら俺は、師匠と共に戦う事を選ぶ!

 そして彼女の計画をも活用し、今の腐りきった世の中を変えてやらぁ……!

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