第十九話:進まない事態
【六つの罪種】たる【魔王】の血を引く【魔人】は、親である【魔王】が持つ【権能】の一部を行使できるらしい。
それは、触れたモノから【魔力】を吸収し、自分のモノへと即座に変換することが出来る能力で、その派生として真逆――つまりは触れたモノへと自身の【魔力】を送り込んでその者の【魔力】へと即座に変換させる効果も併せ持つ。
【魔人】が【魔法】で生み出すあの糸は【魔人】自身の触覚と接続できるため、糸が触れたモノもまた【権能】の効果対象なのだという。
そして今、その能力を用いて自身の【魔力】を青髪の女へと送り続けている状態であり、青髪の女は送られてきた【魔力】を用いて上級の【汎用魔法】を連続行使し、地道に
満身創痍の青髪の女一人では完遂することが難しいというコトで、金髪の男が支えながら護衛として同行しているらしい。
詳しい方法は分からないがあの二人は現在、水の【魔物】による刻印が外れている状態であるため、二人の所在地が【魔物】にバレないように俺と【魔人】は派手に動いて陽動を行わなければならない。
これらが【魔人】によって簡潔に説明された、今の俺たちの状況だ。
「……ん? ちょっとまて、アイツらに正体を明かしたのか?」
「
「いんや、上出来だ」
どちらかといえば、この期に及んでコイツの正体を明かさないまま、コトを済ませようとしていた俺の方がよほど不出来といえるだろう。
水の【魔物】が起こした大津波によって半ば泥沼と化している田畑を駆け抜けながら、俺は両頬をバチンと叩いて気合を入れなおす。
突然鳴った子気味のいい音に、隣を走っていた【魔人】が何事かと視線を寄越すので、何でもないと首を振って返した。
未だ立っている水柱は残り六本。
そのすべてがなくなるまで、俺は俺のやるべきコトを完璧にこなしてやろう。
「よし、いっちょハデに――――」
やってやるとするか、なんて意気込みを口にしようとしたその瞬間、またも水の【魔物】による咆哮が響き渡る。
震える大気、鼓膜を突き破りかねない轟音――しかし、今回のソレはこれまでのモノとは些か異なっているような気がした。具体的な差異はわからないが、少なくとも威嚇、警告、怒号のような感情ではないことは確かだ。
咆哮直後の硬直と耳鳴りが収まり、未だ耳に残る違和感を払うようにして頭を大きく振る。
すると、遥か遠方から微かにではあるが何かの鳴き声のような音が響くのを耳にした。
「不味いな……今の
なぜか耳ではなく顔の横に手をやりながら、耳を澄ませていた様子の【魔人】がボソリと呟く。
どうやら聞こえてきた鳴き声は、水の【魔物】の咆哮に呼応した【魔物】によるモノらしい。
自分の危機的状況を察知して、今まで村へと近づかせないようにしていた部下共を呼び寄せたといったところだろうか。…………だとしたら状況はかなり不味いだろう。
「どうする、カイル」
「オマエはすぐに青髪の女共の元へ向かって護衛だ。アイツらには代用の効かない重要な役割があるんだろ? その間、俺は引き続き一人で水の【魔物】を引きつける」
「了承した」
こういう時、普通の人であれば、【魔物】を引き付ける体質である俺が一人になる危険性を指摘するのだろうが、人として真っ当な感性を所持していない【魔人】は即座にこの場から離れる。
余計な押し問答が発生せず、極めて効率的なことだ。こういう場合に限っては、アイツが人外で良かったと思う。
山の麓付近を彷徨っていた【魔物】も確かいたはずなので、この村が【魔物】で溢れ返るのも時間の問題だろう。
レーヴァテインは腕の具合からして使えてあと一回が精々であり、グレイプニルはそもそもとして戦闘用ではない。
あれでもないこれでもないと、手持ちの武具で都合の良さそうなモノを脳内検索にかけるも、この状況を打破できるような有効な手段は見つからなかった。
――であれば、かなりの博打にはなるが、状況を上手く利用するより他に手立てはないだろう。
そのためにはやはり、水の【魔物】の注意をこちらへと完全に固定させる必要がある。
それに関してはさっき身をもって体感した通り、ヤツを怒らせることが一番簡単かつ効果的のようだ。
ヤツの身体は被害を与えたところで水がある限りいくらでも再生できるため、実質的な損傷にはなりえない。
だがしかし、あの【魔物】の身体から切り離された水は、制御から外れてただの水に戻ることは確認済みである。
ウチの魔法使いによれば、【魔力】は帯びているために厳密には
斬撃による部位切断をコチラの主な攻撃方法とし、そして、向こうには水を大量消費させるような大技を誘発させて他の【魔物】を巻き込むことで同士討ちをさせ、主装でありながら身体そのものである水を着実に削る。
コレが今できる俺にとっての最善手……のハズ。
というより、俺ができるのはコレぐらいが精々だ。
時間制限はすべての水柱が、青髪の女によって封じられるまで。
そこまで耐えきれば、あとはアイツらが何とかしてくれるだろう。
「さぁ、戻ってきたぜ」
水の【魔物】の眼前までたどり着く。
あの大津波を氷塊によって対処されたことによって、一度頭が冷えたのか、すぐに大技を放ってくるような気配はない。
しかし、瞳のない双眸は確かに俺へと向けられており、対峙する俺たちの間には目には見えないヒバナがバチバチと散っているように感じられた。
左手に握るのは、最も使い慣れた無銘の長剣。
漆黒の剣身と何の装飾も施されていない鍔。柄は乱雑に薄汚れた布を巻いているだけの、見栄えすら考えられていない、昨今の流行からは大きくかけ離れた魅力が全く感じられないつまらない造り。
特別何か特徴があるワケでもない、強いてあげるとすればせいぜい切れ味が少しばかり良いコトぐらいの、何の変哲もないただの剣だ。
にもかかわらず、俺はこうした場面に陥るときはいつも決まってこの剣の柄を握っている。
何故ならば、俺がこの世界において最大の信頼を寄せている存在だからだ。
そして右手には拳銃を装備しており、回転式の弾倉には六発の魔装の銃弾がこめてある。
すべて、着弾した瞬間に電流を放つシロモノだ。
元々は【魔物】や動物なんかを生け捕りにするために造られたモノらしい。
水は電気をよく通すという通説の元、安易な考えで選んだが、果たして通用してくれるだろうか。
銃口を水の【魔物】の胸元へと向ける。
またも【魔物】が咆哮を放とうとしたその瞬間を狙って、俺は右手で構えた拳銃の引き金を三度引く。
すべて同じような箇所に着弾し、人差し指の第二関節ほどしかないそんな小さな銃弾からは想像できない程、強力な電撃が瞬きの間ではあるが迸った。
胸元に受けた衝撃で咆哮が中断された水の【魔物】は微かではあるが呻き声を上げた。
その隙に俺は駆け出し、まずは頭上へと散々振り上げられた忌々しい右前脚へと挨拶がてらに斬撃をお見舞いする。
両断するかのようにして真横一文字に長剣を振るいながら、ほんの刹那ではあるが切り離された脚へと発砲すれば、パンッ!と風船が割れるような音を上げて水がはじけ飛んだ。
巨躯を支えていた脚を一本失ったことで重心が傾いた【魔物】の下を潜り抜け、続けて右後脚を同様に四散させる。
これで横に倒れ込むはずだ――と思ったのだが、背後を振り返ればすでに右前脚が再生しているではないか。
再生速度の上昇にしても、多彩化していく攻撃方法に関してもそうだが、この【魔物】……短期間でどんどん戦闘への適応をしていきやがる。
「あー、やる気削がれるなぁ!」
とは言うものの、じゃあ辞めるかとはいかないのが世の常だ。
それに、最初に設定した行動方針には沿えているのは確かだし、倒すことが目的ではない以上、コレで問題ない。
縦に振るわれた巨大な尾を避け、そのまま左後脚を四散。
銃弾を装填しなおす手間を惜しんで、弾倉が空になった拳銃から同経口の違う拳銃へと換装。装填されている五発の銃弾はやはり同じモノだ。
このまま一連の動作を一つの流れとして繰り返してやろうと考えるも、そう上手く事が運んでくれるワケもなく、周囲一帯から様々な種類の鳴き声や足音が聞こえ始める。
どうやら、雑魚共のおでましらしい。
心なしか、水の【魔物】がニヤリと笑った気がした。
水で構成されている顔面は一切の動きがないので気のせいなのかもしれないが、とにかく今の俺ではそんな気がしたのだ。
「本番はこっからだな……」
長剣の出番は一度終わりだ。
生憎と多勢を想定した武具は持ち合わせておらず、代わりに攻撃範囲が広いモノで応戦することにした。
グラウスの一族が代々築き上げてきた宝物庫といえど、そのほとんどが実験や試作の産物であるため、実戦で用いることが出来るモノはあまり多くないのだ。
なんてったって、俺たちグラウスの使命は万世不朽にして最強の武具を造り出すことであり、俺たちが鋳造する武具はいつか到達する夢幻への過程に過ぎない。
拳銃と長剣を仕舞い、短剣程度の大きさの刃が鋼線によっていくつも連なった特異な形状の武具――いわゆる蛇腹剣を召喚する。
クセがつよく扱いが難しいシロモノではあるが、慣れてしまえば柔軟な対応ができるお気に入りの武具の一つである。
水の【魔物】と俺の周囲に沢山の【魔物】がにじり寄ってくる。
下山の最中に【魔人】がかなりの量の【魔物】を屠っていたはずだが、まだこんなにもいたとは。
ざっと目を通したところ、ほとんどが俺でも知っているような〈
「■■――!!」
狼を一回り大きくしたような二尾の【魔物】――ルデンプスが、短い咆哮と共に群れで襲い掛かる。
その声を皮切りに、周囲で様子を窺っていた数多の【魔物】が一斉に動き始めた。
迫り来る無数の【魔物】に対して鞭のようにして振るわれた蛇腹剣が、動植物同然の柔らかい皮膚をいとも容易く切り裂いていく。
刃の波を潜り抜けて懐まで潜り込もうとしてきた何体かの【魔物】をヒラリと身を翻して躱すと、ソイツらを踏み台にして高く跳躍する。
眼下では頭を踏まれた狼型の【魔物】が怒り心頭といった様子で吠え散らかしているが、四足歩行の畜生では俺のように跳ぶことは難しいだろう。
近くにあった樹の枝に着地し、水の【魔物】の頭部をめがけてさらに跳躍。
四肢を消し飛ばしてもこれといった反応がないのなら、そのドタマをぶち抜いてやろうという魂胆である。
「っっと、あっぶねぇ」
横から襲い来る右前脚を下から掬いあげるようにして振るった蛇腹剣で両断し、その勢いのまま一回転して、反対側から迫る左前脚もまた一刀両断。
そして蛇腹剣を手放すと、両手を使って一際大きな筒状の武具――擲弾発射砲を召喚して肩に担ぐ。
すぐ眼前には表情の動かない巨大な顔があり、ソイツを前にした俺は煽るようにしてニヤリと笑った。
「これで――ぶっとべッッ!!!」
この至近距離であれば、放たれた砲弾は回避することも防御することもできまい。
カチリという引き金を引く微かな音を掻き消して、鼓膜に直接響くような大きな発砲音が轟く。
一瞬も経たずに被弾した砲弾は頭部を跡形もなく消し飛ばし、蒸発した水分を伴って村の端っこへと着弾した。
発砲の反動と被弾時に発生した爆風であっけなく吹っ飛ばされた俺は、全身に散弾のような水飛沫を浴びながらもなんとか態勢を立て直し、近くの樹に鞭を絡めて着地する。
魔装でも何でもないただの火薬類を用いた砲撃だが、貴重な火薬をふんだんに使用しただけあって想像以上の火力だ。
惜しむらくは弾の在庫があれ一つきりだったのでもう使えないところだが……挑発としてはこれ以上ないほどに効果てきめんだろうし、それで良しとしよう。
……火薬類の原料がもう少し安価で手に入ればいいんだけどなぁ。
あの砲弾一つ造るのにかかった費用を思い返し、少しだけ頭が痛くなる。
まぁ、実際に痛めているのは耳と全身なのだが。
俺が踏み場としている樹の下では、何体もの【魔物】がまるで死体に群がる蛆虫のようにワラワラと押し寄せていた。
さすがに家屋よりも背の高い樹木をよじ登る術は持ち合わせていないようだ。
対して水の【魔物】はといえば――――。
「ここまで来ちゃあ、【魔物】が本当に生き
頭を撃ち抜いたぐらいで倒れてくれるとは思っていないものの、せめて少しぐらいは負傷した素振りぐらい見せてくれてもいいモノを。
まるで地面から草木が生えるかのように、胴体からニョキニョキと数多の細い水の線が生え、それらが瞬く間に頭部を再生していく様子を、俺は呆れながらも眺めていた。
残る水柱は三本――全部なくなるまで、果たして俺は五体満足でいられるだろうか。
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