第三話:貧乏まっしぐら

 アルフレッドが去った後、残ったカイルと桃色の髪の女性は再び席につき、大量に余っている軽食を消化していた。

 腸詰めソーセージ揚げ芋ポテトフライ、【魔物】の燻製肉ベーコンなどの若者が好むような濃いものがズラリと並んでおり、カイルは内心でもう少しサッパリしたいものが食べたいなどと思いつつ、それらのものを安酒で流し込む。


「それにしても、災難でしたね」

「ずっと黙ってたヤツにンなコトを言われてもなぁ」


 ついさっきまでのやり取りの最中は一切の言葉を発することがなかったというのに、二人きりとなったこの場では、カイルの隣に座るこの女性はやけに饒舌であった。

 まるで何か楽しいことがあったかのような、あるいは興味深いものに遭遇したかのような――そんな雰囲気が感じられる。


「あれだけ騒がしくしたにも関わらず、周囲の方々は誰一人として気にする様子は無いんですね」


 カイルを含めた四人はそれなりの声量で口論していた上に、発砲音まで鳴り響かせたというのにも関わらず、開拓者組合ギルドにいる者はカイルたちに関心を抱く様子がなかった。

 これが街中などであれば衛兵を呼ばれるような騒ぎに発展するはずなのだが、ここは荒くれ者どもが集う場所であり、どうやらそういった出来事は日常茶飯事らしい。


「あぁ、そういえば。カイルさんの自己紹介だけ聞きそびれていましたね。差し支えなければ貴方のことを教えていただけませんか」

「ヤなこった」


 ふと思い出したかのように柏手を打って女性がそういったものの、カイルはそれを即答でもってバッサリと切り捨てる。

 その代わりに机に残されていた紙を指で摘み、女性の眼前でヒラヒラと振った。


「俺から何か言わなくても、これ見りゃ全部書いてるだろ」

「私、開拓者組合ギルドの能力測定の方法に関してはあまり信用を置いていないんです。あぁ、勘違いしないでくださいね、マリシアン彼女のようなことを言いたいわけではありませんよ。ただ、実力を隠して測定に挑むこともできるのでは、と思いまして」

「それって、手を抜いて試験に挑むってことか?」

「簡潔に言ってしまえば、そういうことでしょうか」


 そりゃねぇだろ、とカイルは首を横に振る。

 理由は単純、開拓者にとってそれを行う利点メリットがないからだ。

 しかし、女性の目はやけに真剣みを帯びており、自分に心当たりのない高評価にカイルは居心地の悪さを感じていた。


「例えば先程の拳銃、何処かから取り出したような素振りはなく、突如として出現したように見えたのですが」

「あれはなんていうか、【異能】って言ったらいいのか?」

「どうして行使する本人が疑問形なんですか」


 学び理解を深めることで習得できる【魔法】や、術式さえあれば誰でも使用することが出来るような【魔術】とは異なり、【異能】は個人が生まれ持って所持している特殊な能力を指す。

 【魔力】などの特別な動力を必要とせず、思いのままに埒外の力を行使できる、文字通りの才能である。

 その効果は十人十色、千差万別であり、きわめてくだらないようなものから、指振り一つで世界を揺るがしかねないものまで様々だ。

 【異能】もまた開拓者同様に、その効果が及ぼす影響度に応じて階級分けされており、〈青銅アエス〉から始まって〈宝石ゲマ〉までの六段階の階級が存在する。

 そういった【異能】を持つ者を調査し、危険があるかどうかを見極めることもまた、開拓者および開拓者組合ギルドの数多ある仕事の一つであった。


「【異能】でしたら、開拓者認定証ギルドカードに記載されると思うのですが」

「それこそ自己申告制で隠せるじゃねぇか。まぁ、俺の場合は書くなって言ったんだけどよ」


 通常であれば、当人の意思で記載する情報を選択する、などと言った措置は行われない。

 しかし、能力測定の際に駄々をこねて暴れたことが功を成したのか、カイルの場合はそういった措置をとってもらうことができたのだった。

 別段、隠しておきたいという訳ではないのだが、文字通り特異な能力であるために、知られることで騒がれるのが面倒だったのだ。

 それも考慮も、そもそもの身体的な障害【魔力】の欠落が原因で無意味となってしまったのだが。


「【魔力オド】の件といい、【異能】といい貴方は私の知る【新生民ノヴァ】からは少し外れたような感じがしますね。私、貴方に興味が湧いてきました。私としてはもっと貴方のことを知りたいのですが」


 両腕で豊満な胸を挟み、持ち前の大きな山と谷を強調しながら、上目遣いで甘い声と共にそう囁く桃髪の女性。


「却下」

「ですよね」


 カイルはそれに一瞥すらなく、またも即答で拒否の意を示すのだった。


「では、私のことをもっと知ってください。先程は自己紹介しそびれた訳ですし、ちょうどいいでしょう」


 何がだよ、と思うものの口には出さず、追加で注文した酒を一息で飲み干すカイル。


「私、フレイシス・パージンと申します。かの聖神・レンゼリアを主と仰ぎ――――え、ちょ、どこへ行くんですか」

「帰るわ」


 フレイシスと名乗る女性が高らかに自己紹介を始めようとするも、カイルはそれに対して耳を傾ける素振りすらなく立ち上がる。

 そのままその場を去ろうとしたところでフレイシスに服を掴まれてしまい、渋々といった様子で極めて簡潔な返事を返す。


「わかりました。貴方が他人に無関心で協調性のない【新生民ノヴァ】だということはわかりましたから。もう何も言いませんから、お願いですのでまだ帰らないで下さい。アルフレッドさんに頼まれた仕事がまだ残っているんです」

「仕事だぁ?」


 怪訝そうに聞き返したところで、そういえば、と先程のやりとりを思い出す。

 何かしらの申請をしてほしい、なんてことを言っていた気がする。


「別に俺がいなくても、そっちで勝手にやっといてくれりゃいいじゃねぇか」

「依頼の受注申請はともかく、部隊パーティ結成の申請は二名以上の仲間メンバーがその場にいる必要があるんですよ」

「めんどくせぇけど、それならしゃあねぇか」


 意外にもあっさりと飲み込んだカイルの様子に、フレイシスは少しばかり拍子抜けした。

 今までの様子からしてかなりの面倒くさがりかつ自分本位な性格だとばかり思っていたが、どうやら行動全てにそれが当てはまるという訳でもないらしい。


「…………あと、この場のお勘定もしないといけないですし」


 新米開拓者は総じて、貧乏だ。

 カイルのように別口の収入源があったり、前職での貯蓄などがあれば話は別だが、基本的には今日の寝床にすら困るような困窮が当たり前である。

 フレイシスもそれは例外ではなく、無料タダ飯にありつけるという話を聞いて二つ返事でこの場に現れたのだが、奢ると言った当の本人は既にいない。

 自分の食事代すら危うい者が五人分の食事代など払えるはずもなく、フレイシスとしてはなんとしてもカイルに払ってもらう必要があった。


「やっぱ帰るわ俺」


 ボソリと微かに呟かれたフレイシスの独り言だったが、人よりも何倍も聴覚が優れているカイルは聞き逃さなかった。

 自分に全額払わせる気だと即座に理解したカイルは、すぐにでもその場から離れようと試みるのだが、服を掴むその手は存外に強くて引きはがすことができない。


「離せ、この……! どいつもこいつもなんでこう力が強いんだ!?」

「これこそが、神が遺した奇跡の一端です。【魔法】は偉大ですよね」


 全力で抵抗を試みるカイルの努力も虚しく、フレイシスは片腕一本でカイルを引き留めながら、会計を済ませるべく給仕ウェイターを呼ぶのであった。




◇ ◆ ◇




 ――――帰りたい。

 悪意の的にされ、支払いを全額押し付けられ、年下の女性に力で負けて引き摺られていたカイルは、帰る場所などないにもかかわらず、そんなことを思っていた。

 結局、料理のほとんどはフレイシスが平らげたというのに、最後の最後まで彼女は石貨一枚びた一文たりとて出すことはなかった。

 自分に向けられる謝辞の言葉が大好きなカイルではあったが、この時のフレイシスの心が全く籠っていない感謝はこれっぽっちも嬉しくなかったという。

 会計を終えた現在は、二つの申請を行うべく受付窓口を訪れていた。

 窓口で何らかの用紙に何かしらを記入しているフレイシスの背後で、カイルはこの場における自分の必要性を疑いながら欠伸をする。


「――はい、部隊パーティ隊長リーダーはカイル・グラウスさんですね。確認しました」

「おい」


 つい先程、カイルがあの席で確認した時点では、隊長リーダーの欄にはアルフレッドの名前が記載されていたはずだ。

 どうやらいそいそとフレイシスが修正を加えていたのは、隊長リーダーをカイルに仕立て上げるためだったらしい。


「仕方がないでしょう、申請には部隊パーティ隊長リーダーの同行が必要なのですから」

「だったらオマエでもいいだろうが」

「嫌ですよ。他人の責任なんて負いたくありませんし」

「このアマ……」


 あっけらかんとした様子で至極身勝手なことを言ってのけるフレイシスの額を、カイルの中指が勢いよく弾いた。

 ゴスッという小気味のいい音が響いて、手袋越しに確かな手ごたえを感じる。


「……まぁ、申請しちまったモンはしょうがねぇか」

「――そう言うのであれば、暴力を振るう必要性はなかったのではないか…………?」


 痛みのあまり、その場に蹲って呻き声を上げていたフレイシスが、カイルの独り言に対して恨めしそうな目線を返す。

 過ぎたことに対して文句ばかり言っても仕方がないが、だからと言って勝手を無条件で許せるほどカイルの懐は広くはない。

 むしろ、額を弾くデコピンだけで割り切るというのだから安いものだろう。


「ふふっ、良かったです」


 二人が繰り広げる漫才のようなその一連のやり取りを見ていた受付の女性が、不意に息を漏らした。


「ここ数日間、カイルさんは何をするわけでもなく開拓者組合ギルドに訪れてはお酒だけ飲んで帰る、なんてことが続いていましたからね。依頼を受ける気になってくださったようでよかったです」


 そう言われて、カイルは目を見開いて珍しく驚きを露わにした。

 数百人、下手をすれば数千人いてもおかしくないような巨大な組織で働く一介の職員が、まさか新米開拓者の動向を確認していたとは。


開拓者組合私どもとしても、を手放したくはありませんからね。最悪、権力を行使して無理やり依頼を受けさせる、なんて話もあったんですよ」


 あたかも冗談であるかのように言っているものの、職員の女の目は笑っていなかった。

 そこでふと、〈青銅アエス〉級は七日ほど依頼を受けない期間が続くと、開拓者認定証ギルドカードを剥奪されるという話があったのをカイルは思い出す。

 カイルが開拓者となったのは五日前なので、どうやらかなりギリギリでの動きとなっていたようだ。

 そんな受付の女性の話に、フレイシスがやけに食いついた。


「まるで、カイルさんが特異であるかのような物言いですね」

「えぇ、まぁ」


 チラリ、と受付の女性が、フレイシスの背後に立つカイルの姿を窺い見る。

 少しのあいだ逡巡した後、カイルは静かに首を横に振った。

 この≪補助師≫は何やら危険な感じがする、下手な情報を与えるのはやめたほうがいい――カイルの本能がそう告げていたのだ。


「でも、それは貴女の方も同じですよ」

「……?」


 カイルの意図を汲み取ったらしい受付の女性が、含みのある物言いでもって話題の対象をすり替える。

 その言葉に、フレイシスが虚を突かれたかのように一瞬の硬直を見せたのを、カイルは見逃さなかった。


開拓者組合ギルドは貴方たち開拓者を、世界を拓く特別な存在だと認識しています」


 ニッコリと笑い、受付の女性はそう言った。


「貴女、何者なんです?」

「私は一介の開拓者組合ギルド職員です。そうですね……受付嬢、とでも呼んでください」

「そういう意味ではないのですが……」


 今一つ掴みどころのない女性――受付嬢の物言いに、フレイシスは警戒心を含む言葉を漏らした。

 フレイシスもカイルと同様に、あまり公にしたくはない何かがある、ということなのだろう。


 ――これを機に、アレコレと詮索するのをやめてくれると助かるんだが。


 と一瞬思うものの、それはなさそうだとすぐに思いなおす。

 元よりそのつもりではあったが、これは早急に〈黒鉄アフェル〉へと昇級してこの部隊パーティから離れたほうが良さそうだ、とカイルは決意を新たにした。


「あぁ、そうだ。忘れるところでした」


 唐突に、受付嬢がポンと手を打つ。

 チョイチョイと手招きされるがままにカイルが近づくと、一枚の紙切れを手渡される。

 そこには、請求書の文字とそこそこの金額が記されていた。


「先程の発砲で損傷した柱の賠償金です」

「はぁ? あれは俺が悪いワケじゃないだろ!」

「理由はどうであれ、被害を出したのはカイルさん自身ですよね? 開拓者組合ギルドは開拓者同士の諍いには関与しませんが、建物内に被害が出れば話は別ですから」


 払えない額ではない。ではないが……さっきの食事代と言い、今日だけでかなりの出費となる。

 受付嬢の事務的な物言いに、駄々を捏ねても無駄だと判断したカイルは、ぐぬぬ、と呻き声を漏らしつつもその場で支払いを済ませ、渡された領収証を握りつぶす。

 今朝の時点では余裕のあった財布の中も、今ではすっかりスッカラカンとなり、このままでは一週間と経たずに宿代を払うことが出来なくなってしまう。


 ――――ある程度、金銭的に余裕のあったはずの俺ですらたった一日でこうなってんのに、他の開拓者はどうやって生活してるんだ?


 戦慄いているカイルの姿を見て、心情を察した受付嬢が苦笑まじりにこう言った。


「まぁ、正直なところ、〈青銅アエス〉や〈黒鉄アフェル〉のような下級の開拓者は、毎日が赤字の日々でしょうね」

「仮にも、報酬を支払ってる側がンなこと言っていいのか?」

「事実ですから」


 実際は、開拓者組合ギルドが報酬を支払っているのではなく、依頼を出した者が出した報酬から何割かを中抜きして開拓者に渡しているのだろうが、そのようなことは開拓者にとっては些事だ。

 困窮している者の存在を認知しているのなら、何かしらの対策を考えてほしいものだと、その一人になりかねないカイルは思うのだが、「戦力外に割ける費用なんてありません」と身も蓋のない物言いでもって、ものの見事に一刀両断されてしまう。


「ですので、カイルさんも赤字生活から脱却したいなら、早く昇級してくださいね」

「それなら開拓者を辞めたほうが建設的な気もするがな」

「それはおすすめしません。開拓者認定証ギルドカードの剥奪、及び返却の際には多額の手数料が発生しますので」


 サラリととんでもないことを言われ、またもカイルの顔は引き攣る。

 試験を受けるだけでもそれなりの受験料が発生し、合格の際には開拓者認定証ギルドカードの発行にかなりの発行料が発生し、開拓者を辞める際には多額の手数料が発生し――。

 仮にも国の公的機関であろう巨大な組織が、そんな悪徳商法じみた集金方法を行ってもいいのだろうか。


「大きな組織だからこそ、なんです。この国の人々が思っている以上に、開拓者ひいては貴方がたの持つ開拓者認定証ギルドカードには、大きな影響力が備わっているんですよ」


 現在の≪レンゼリアカイゼ≫は、開拓者と開拓者組合ギルドの存在を中心にして成り立っている――これは、この国の住民であれば子供ですら知っているような常識である。

 事実として、開拓者認定証ギルドカードを提示すれば国中のほとんどの施設で様々な恩恵に預かることができ、開拓者というだけで多くの人々から羨望と憧憬の眼差しを向けられる。

 なぜならば、国土のほとんどが未開拓領域であり、数多くの【魔物】が跋扈する≪レンゼリアカイゼ≫では、開拓者と彼らを纏める存在が国の発展に必要不可欠だからだ。

 だからこそ、王族に次ぐ権力を持つともいわれる、開拓者という職業やそれらを纏め上げる開拓者組合ギルドという組織が、国に仕え支える存在が、決して生半可な覚悟や半端な気持ちで為っていいものではない――受付嬢が言いたいのはそういうことであった。


「ですので、〈青銅アエス〉という最下の階級で満足されては困るんです。国としては、すべての開拓者が最低でも〈白銀アルム〉相当の戦力であってほしいぐらいなんですから」

「それはかなりの無理難題ですね」

「えぇ。だからこそのお金です。人はお金がなければ生活できませんし、物の価値を証明するのもお金です。お金でガチガチに縛り上げるのが、現状では最も適した方法なんですよ」


 ――――なんとも夢もへったくれもない話だ。


「まぁ、これはを野放しにしないための措置でもあるのですが」

「どういう意味だ?」

「それはご自身が一番よくお分かりでしょう?」


 思わせぶりな発言をしておきながらも肝心の内容には触れようとしない受付嬢の物言いに、カイルは若干の苛立ちを覚えるものの、藪を突いて蛇を出すような真似をしたくないために深くは言及しなかった。

 フレイシスもそれは同様であった。


「ともあれ、私としては貴方たちの所属する部隊パーティには是非とも大きな活躍をしていただきたいと思っていますので、どうか頑張ってくださいね」


 「健闘を祈っています」という言葉と共に、受付嬢は小さく手を振って、受付窓口から離れるカイルたちを身送るのだった。

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