いつか夢幻のアルヘイヤ

琥鉄

序章:旅の終わりと開拓の始まり

第一話:旅の終わりと開拓の始まり

 遥か大昔に建造されたという巨大な遺跡が、またもや発見されたらしい。

 開拓者組合ギルド内部に併設されている酒場で、腸詰めソーセージを齧りながら巨大な容器ジョッキに入った安酒を呷っていたカイルは、不意にそんな噂話を耳にした。


 ――――≪レンゼリアカイゼ≫。

 世界最大の領地を持つ巨大な国でありながら、広大すぎる土地を持て余して国土の三分の二以上が未だ未開拓領域となっているこの国において、【神暦】の時代の巨大遺跡や未踏破の【異界ダンジョン】、果ては新種の生物などが発見されることは、大して珍しいことではない。

 その程度の噂であれば、この国に住まう普通の人々は大した興味を示すこともなく早々に話を切り上げられてしまうようなありふれた話題なのだが、この場所――開拓者組合ギルドに集う者達にとっては非常に重要なものであった。

 未知を既知へと変えるべく路なき道を切り拓くことを生業とする彼らには、それらの話題こそが今宵の夕餉の質に直結するからである。

 開拓者組合ギルドには、国や国民から寄せられた多種多様な内容の『依頼』があり、階級ごとに仕分けされたその依頼を受注し達成することで、金銭などの報酬を受け取ることができる。

 胸が躍るような未踏の地での探検や、実力が試される凶悪な魔物との戦闘も、誰もが一度は憧れる刺激的な冒険の数々を生業とする夢のような職種――それこそが開拓者だ。

 ――とはいってもそれは、あくまでも最前線で活躍する上級の開拓者たちに限った話なのだが。


「ま、俺にゃ関係のない話というワケだ」


  新しい仕事が舞い込んでくると盛り上がっている上級の開拓者達を尻目に、自分には関係のないことだと大して興味を示すことなく、太陽が昇っている真っ昼間から、カイルは酒を胃へと流し込み続けていた。

 容器ジョッキを握っていない方の手では、つい数日前に開拓者組合ギルドの職員から受け取ったばかりの開拓者認定証ギルドカードが、クルクルと指の間を器用に行き来している。

 開拓者であることを示すその証明証には、自己申告した個人情報や、加入試験の際に測定した能力値に加え、開拓者組合ギルド内における『階級』を表している〈青銅アエス〉の文字が記載されていた。

 〈青銅アエス〉から始まり、〈黒鉄アフェル〉、〈白銀アルム〉、〈黄金アウラ〉、〈水晶クリュスタ〉と昇級試験を経て上がっていく階級によって、開拓者は受けることができる依頼の難易度が変化する。

 〈青銅アエス〉や〈黒鉄アフェル〉といった下級はといえば、おつかい依頼などと揶揄されているような、民間人による採集や配達などの危険がない依頼がほとんどであり、人々が憧れるような心躍る冒険は〈白銀アルム〉級以上の上級の領分であった。

 十数年にも及ぶあてのない長い長い旅路の果てに出した結論に従い、王都を拠点とする国内最大の開拓者組合ギルドであるところの≪インセンディル≫に所属したはよかったものの、下級の開拓者が受注できる依頼の数々はどれも、カイルにとっては矜持プライドに触れるものばかりで到底受ける気になれない。

 ダメ元で今朝も〈青銅アエス〉の依頼票が張り出されている掲示板をチラリと覗いてみたが、昨日とてんで変わらずおつかい依頼ばかりが掲示板を埋め尽くしており、それをみたカイルは速攻で踵を返したのだった。

 これが通常の開拓者であれば、日々の生活費を稼ぐためにも選り好みなどしていられないような状況なのだろうが、生憎とカイルの懐事情には余裕がある。

 そのため、必要に駆られるなどという言い訳もできないまま、この数日間はこうして酒場で酒を呷るだけの一日が続いていた。

 とはいえども、貯金には確かな底が存在しているし、定住していない宿暮らしの現状では本職も手をつけられない以上、早いうちに重い腰を上げなければならない。

 せめて〈黒鉄アフェル〉に昇級することができれば、多少なりとも【魔物】や猛獣などの討伐系の依頼があるようなのだが、昇級には依頼を受けることで蓄積される功績点が必要となる。

 やりたくないことを暗に強制されているかのようなその仕組みが、カイルのやる気を余計に削いでいた。

 厳密には他の手段を用意されており、そう感じているだけであって強制されているという事実は全くないのだが、その手段もまた、今一つやる気の起きない方法であった。

 開拓者組合ギルドには、円滑に依頼を遂行するために部隊パーティと呼ばれているシステムが存在する。

 それは読んで字の如く、複数の開拓者が協力体制をとって同じ依頼に臨むことであり、基本的にはその団体そのものを指していることが多い。

 そうして総合的な戦闘力を上げることで、本来の階級よりも一つ上の階級の依頼を受注することが可能となるのだ。

 長らく一人旅をしてきたカイルにとって、他人と行動を共にすることはあまり慣れておらず、また、頼り頼られる関係性そのものになんとなく苦手意識を感じていた。

 もう一つの方法として、自分より階級の高い開拓者が受注した依頼に同行させてもらう、というものもあるにはあるのだが、基本的に受注した開拓者には利点メリットが薄いために用いられることは少なく、他者を一方的に頼るような手法はカイルとしても矜持プライドに関わるために絶対に取りたくない。

 ――といった様子で、あれもやりたくない、これもやりたくない、と齡二十三でありながら子供のような駄々をこねて現在に至る。

 かといって、現状があまり良くない状況であることは自身も自覚しているため、内心ではなんとかして重い腰を上げようと奮起している最中ではあった。

 もっとも、傍目から見れば、新人のくせに仕事もせずに昼間から呑んだくれている調子こいた野郎でしかないのだが。


「やぁ、少しいいかな」


 そろそろいい加減動くかと椅子から腰を浮かしたその直後、不意に前方から声をかけられる。

 机に手をついて腰を半端に浮かせた状態のまま目線だけを声の主へと向けると、そこには、腰に剣を携えて真新しい装備に身を包む赤毛の若い男の姿があった。

 ピンと張った耳とキリッとした目からは若々しさが感じられ、真ん中分けした前髪の下に鉢巻を巻くその姿は、御伽噺に登場する正統派の勇者を思わせる。

 しかしカイルからしてみれば、身につけている装備品はどれをとっても粗悪極まりない代物で、駆け出しの素人丸出しな格好は見ているこっちが恥ずかしくなってくるほどであった。

 赤毛の男はカイルの真向かいの席に一言ことわりを入れて座ると、おもむろに三枚の紙を机の上に広げる。

 そのうちの一枚を指差しながら、男は言葉を続けた。


「カイル・グラウス、さんで合ってるかな?」


 そこにはカイルの持つ開拓者認定証ギルドカード全く同じ情報がつらつらと記されており、その上から開拓者組合ギルドが発行したことを示す判が押されていた。

 カイル・グラウス。二十三歳。≪インセンディル≫所属。前衛士。〈青銅アエス〉。以下、身体情報と測定能力値。

 恐らくは、説明会の際に聞かされた話の一つである、部隊パーティ用の求人制度を利用したのだろう。

 見られて困るような情報はないものの、想定していた以上に詳細が記されているその紙を見て、この組織に個人情報保護の観念はないのかとカイルは内心で思わずツッコむ。

 どうやらこの男は、カイルに部隊パーティへの加入の打診をしにきたようだ。


「僕たち、〈黒鉄アフェル〉の討伐依頼を受けるつもりなんだけど、部隊パーティ内の役職の構成が少し偏っていてね。それで前衛職の人を探していたら君を紹介されたんだ」


 役職とは、開拓者の戦闘時における役割や行動指針を示すものである。

 一人で活動する分には大した意味を成さないものだが、他者との連携が必要な部隊パーティを組むにおいては最重要で考慮すべきといっても過言ではない要素となっている。

 近距離・中距離の武器を用いて最前線で敵と切り結ぶ、前衛士。

 防御重視の装備で身を包み、敵の攻撃を引き付けて仲間を守る、重装士。

 【魔法】や道具を適切なタイミングで使用して様々な方面から仲間を支援する、補助師。

 後方で詠唱が必要な攻撃系統の【魔法】を行使する、魔法師。

 銃や弓といった長射程を得意とする武器を扱う、狙撃手。

 動物や【魔物】を使役して戦わせる、操獣師。

 上記二種が前衛職、残る四種が後衛職と呼ばれており、双方の比率が偏りすぎない三人から五人程度の部隊パーティ構成が最も戦いやすいとされている。

 これらの役職は役職試験に合格することで取得でき、〈黄金アウラ〉以上の階級へと昇級するには複数の役職を保持している必要がある。

 男が持ってきた三枚の紙のうちの一枚はギルドに提出するための部隊パーティ申請書のようで、そこには四人の人物名と役職が書かれていた。

 役職はそれぞれ重装士、魔法師、補助師、狙撃手といった様子で、装備を見るに目の前の男がアルフレッド・ウィルーベルという名の重装士なのだろう。

 男が言った通り、確かに部隊パーティ内は後衛職に比率が傾いていて、このままではたった一人の前衛職の負担が大きくなる。


 ――【魔法】はうまく相性を取れないとまともに通用しないと聞くし、余程の熟練者でもない限りは遠距離攻撃なんてまず当たらない。

 防御に徹していれば重装士は攻撃のヒマなんてないだろうし、補助師はそもそも攻撃職ではない。

 なるほど、均衡の話もそうだが、それ以上に攻撃手段がかなり乏しいとみた。

 確かに、前衛士が必要そうだ。


「見たところ、君もおつかい依頼には辟易としているようだし、君さえ良ければ一緒にこの依頼を受けてはくれないだろうか」


 そう言って、アルフレッドという名の男は残る一枚の紙をカイルへと差し出した。

 それは、つい先ほどアルフレッドが言っていた〈黒鉄アフェル〉の討伐依頼であった。

 場所は、王都から西へ馬車で丸一日ほどかけて移動した先にある小さな田舎村、≪へデラ≫。

 四方を山で囲まれているその村は、地形のせいか他所の町村とはほとんど交流がなく、きわめて閉鎖的であるらしい。

 ひと月ほど前に周囲の山の中で【魔物】の群れが目撃され、駆除しようと大人数人が山へ入ったものの、彼らは数日経っても戻らなかった。

 そんなことを三度ほど繰り返した末に、ようやく村長が開拓者組合ギルドへの依頼を出すに至ったのが約五日前のこと。

 目撃者は揃って帰ってこないために【魔物】の情報は少なく、断片的な情報からギルドは最下級の【魔物】の群れである可能性が高いと判断。

 また報酬も従来の討伐依頼に比べれば微々たるものであり、情報不足と報酬の少なさから上級としては扱えずに〈黒鉄アフェル〉として処理されたようだ。

 ――以上が、カイルの手に持つ依頼書から読み取れる情報であった。


「〈青銅アエス〉の【魔物】つったら、まあ『ゴブリン』だよな」

「僕もそう思う」


 人――【新生民ノヴァ】に仇成す人の天敵であり、人と同じく【魔法】を行使する【魔物】。

 【魔物】も開拓者同様に、その危険度から種属ごとに階級分けがなされており、〈水晶クリュスタ〉を除いた四種に〈厄災ヴァリオン〉、〈禍災ギュンター〉、〈天災ユネーシュ〉の三種を加えた計七種の階級が存在している。

 ゴブリンといえば〈青銅アエス〉を代表する【魔物】であり、【魔物】の中でもっとも知名度があるといっても過言ではない。

 成体でも人の子供と大差ないような背丈で、必ず群れで活動する雑食の【魔物】であり、知性は乏しいが環境適応能力と繁殖力に優れており、『ゴブリンを一体見たら、三十体は近くにいると思え』などと言われているほどに数が多く、どこにでも出現する。

 極め付けはその繁殖方法で、雄しか生まれないゴブリンは他種の雌を苗床とし、その苗床に複数の雄が群がって種をうえつける。

 動物であろうと人であろうと【魔物】であろうと関係なく雌であれば必ず孕ませ、そして腹がはち切れるほどに大量の子を産ませるのだ。

 その特性から、汚く不潔な存在の代名詞として扱われており、世界でもっとも嫌われている存在と言えるだろう。


「あはは、気持ちはすっごく分かるよ」


 思わず眉根を寄せたカイルの表情を見て、アルフレッドは苦笑する。

 情報も報酬も少ない上に、討伐対象はおそらく不潔の象徴たるゴブリンだ。

 普通であればこのような依頼は無視されるだろう。


「それでも、おつかいよりはマシではあると思うんだ」

「それはそうだ」


 だが、冒険や戦いに飢えている下級の開拓者にとっては、滅多にない討伐依頼上物であった。

 その上、危険手当や情報提供などの追加報酬なども加味すれば、微々たるものである成功報酬も幾ばくかましなものにはなる。

 カイルとしても、アルフレッドのこの提案は非常に魅力的なものに写っていた。

 【魔物】との戦闘なんて、旅をしていた時に一人で何度も行ってきたことだ。

 時には〈白銀アルム相当クラスの【魔物】と相対して逃げたことも一度や二度ではなく、生き汚なさや逃げ足の速さにはかなりの自信がある。

 もし何かしらの不測の事態が起きたとしても、今まで通りのことをしていれば何ら問題はないはずだろう。


「それで、どうだろうか」

「いいぜ。俺としても手間が省けて都合がいいしな」


 一から人を集めたり部隊パーティを探したりするのは、正直にいって面倒くさかった。

 あくまでも昇級するまでの一時しのぎでしかないため、カイルにとっては部隊パーティさえ組めるのなら誰でもよく、向こうから声をかけてきたというのは渡りに船であった。

 そんなカイルの即答が予想外だったのか、アルフレッドは目を丸くする。


「訊ねた僕が言うのもなんだが、他の人について訊いておかなくていいのかい?」

「興味ねぇな」

「なかなかに実直な人だ」


 仮にも部隊パーティメンバーとなるかもしれない者達に対して関心を全く向けないカイルに、苦笑しつつも前向きな感想をこぼすアルフレッド。

 とはいえども、その関心の無さに救われているのも事実である。

 開拓者組合ギルドに紹介してもらった他四人の前衛士には既に断られてしまっており、カイルが残る一人となっていた。

 その原因が隊員メンバーの一人にあることなど露知らず、図らずもカイルはアルフレッド達にとって最良の返答をしたのだった。


「実はこの後、他の仲間たちと合流する予定なんだ。そこで君を改めて紹介させてほしい」

「めんどくせぇ……。どうせ他のヤツらもコレ見てるんだろ? 別に行かなくてもよくねぇか?」


 自身の情報について書かれている紙をヒラヒラと振り、心底面倒くさそうな顔をしながらカイルは言った。


「その場では僕がから」

「しゃあねぇ、行ってやるか」

「正直な人で僕としても助かるよ」


 自分よりも年上であろうカイルが自身の感情を隠そうともしない様子に、一抹の不安を感じながらもアルフレッドはカイルを連れて移動するのであった。

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