第36話 魔王様、お隣さんに突撃です


「というわけで、糞の採取をします」

「どういうわけなんですか!?」


 あのあと必死に説得を続け、リディカ姫にどうにか肥料作りを受け入れてもらった。


「別に受け入れたわけじゃないですよ!? ちょっとだけ我慢するだけです!」

「では、まずはナバーナ村に向かおうと思います」

「ちょっと聞いてますか、ストラゼス様!?」


 あの村では牛や豚をたくさん飼っている。つまり糞も豊富。

 ゲンさんに相談したら格安で譲ってもらえることになったので、交流がてら訪ねてみることにしたのだ。


 これまでは大工の二人を転移魔法で送迎するだけで、村の中をじっくり回ったことはなかった。あの村で人々がどんな生活をしているのか、ちょっと楽しみだ。



「そういえば、フシちゃんたちはどうしたんです?」

「あぁ、三人には、他の肥料作りを手伝ってもらっているよ。さすがに獣人の鼻には……」

「うっ、それは仕方ないですね」


 三人も最初は「頑張って臭いに耐えるのニャ!」と協力を申し出てくれたんだが、ためしにケルベロウシの糞で俺が実演して見せると――。


「こ、これは死ぬニャ……」

「無理無理無理無理!!」

「(スーッと無言でその場を立ち去るピィ)」


 とまぁ、こんな感じに生理的に無理そうだったので諦めた。


 だから今は、森へ腐葉土を取りに行ってもらっている。クーがいれば大抵の魔物はワンパンだし、フシも索敵が上手い。いざとなったらピィが魔道具で空を飛べば逃げられるだろう。


 そうだ、ミラ様に保護者としてついていってもらえばいい。温泉にばっかり入っていないで、たまには役に立ってもらわなければ。



「森の腐葉土があれば、耕した土をもっとフカフカにできる。あぁ、その前に灰を畑に撒いてやらなきゃな」

「灰……ってあの灰ですか?」

「そう。枝木を焼いて出た灰も、立派な肥料になるんだ」


 焼くと草木の細胞が壊れて、中の栄養が外に出てくる。それを畑に与えてやれば、根や茎を丈夫にしてくれるんだ。


 あとは植物の育ちやすいアルカリ性になるメリットもある。



「じゃあ私たちもそっちを……」

「残念ながら、動物由来の肥料も必要なんでな。ほら、転移するぞ」

「ふぁい……」


 そうして俺たちは、ナバーナ村へとやってきた。

 村の広場では、数名の男たちが野菜の入った籠をせっせと運んでいた。


 突然現れた俺たちに驚いたのか、周りにいた村人たちが手や足を止めて一斉にこちらを向いた。見た目はほとんど人族と変わらないとはいえ、魔族特有の長耳や全身の派手な刺青はやはり目立つ。


 逆もしかりで、彼らにとっては俺や姫の姿が珍しいのだろう。みんな俺たちを不思議そうに見つめていた。


 ちょっと気まずいな。早く誰か知り合いを見付けたいところだが――。



「何かと思えば、ストラの兄ちゃんじゃないか。肥料の件だろ? 待ってたぜ」

「あっ、ゲンさん! そうです、さっそく受け取りに来ました」


 ちょうど良かった。俺たちの前にゲンさんがやって来た。今日はオフの日なのか、いつもの作業服ではなく、ランニングシャツに短パンというラフな格好だ。



「こんにちは、ゲン様」

「おう、リディカの姉ちゃんも元気そうで何より。さ、俺の村を案内するぜ。ついてきな!」


 ゲンさんはそう言って、ニッカリと笑ってから歩き出した。



「ここがウチの畑だ」


 ゲンさんに連れられてやってきたのは、ナバーナ村の農地だった。中々に広大で、視界の奥まで広がっている。それでいてしっかりと耕されており、野菜が元気に育っている。


 種類も豊富で、トマトやナスのような一般的な食材だけでなく、見たことのない青々とした葉野菜や細長い芋のようなものもあった。



「凄いですね……よくこれだけの畑を」


 リディカ姫が感嘆しながら呟くと、ゲンさんが嬉しそうに笑った。


「いやぁ、ここまで育てるのに苦労はしたが……村の皆のおかげで、どうにか形になったんだ」


 ゲンさんが畑をぐるりと指差すと、畑の周りでは数人がクワを振っていた。みんな泥だらけだが、それでも笑顔が絶えない良い光景だ。



「そういえばこの村の村長って……」

「ん? まだ言ってなかったか? 村長は俺っちだよ」


 え、ゲンさんがナバーナ村の村長!?

 そんな人に、ウチの村で大工仕事させちゃっていたのか!?


「ハッハッハ! なぁに、こまけぇこたぁ気にすんな。この村を作るときに、建築の指示をしていたら自然の流れでおさを任されちまっただけだ」

「そんな昔からこの村に……」

「そりゃ歳食ったジジイだからな! たまには大工仕事をせんと腕も鈍っちまうし、アンタから仕事を貰えて有難かったぜ!」


 ゲンさんはそう言ってガハハと豪快に笑った。



「ちなみに弟子のオベールは俺っちの嫁で、副村長だ」

「嫁!?」

「奥様だったんですか!?」


 たしかに無口だし、中性的な見た目をしていたけど……そうだったのか、全然気づかなかった。


「魔族領の都市にいた時は、言われた通りの仕事をこなすだけだったからな。このナバーナ村では、自分がやりたいように仕事ができる。『金のため』じゃなくて、『自分のやりがいを中心に考えて仕事ができる』ってのは嬉しいもんだぜ」


 そう言いながらもゲンさんは、畑仕事に精を出す村人たちの様子を優しい目で見つめていた。

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