武神伝 生贄に捧げられた俺は、神に拾われ武を極める

武神伝 生贄に捧げられた俺は、神に拾われ武を極める

第一章（１）

　――――ただ、認めてほしかった。

「このっ！　無能が！　護（ご）堂（どう）家（け）の恥さらしめ……！」

　俺がどれだけ 声を上げても、父上からの暴力は止まらない。

　魔力が扱えず、【刀（とう）士（し）】にとって命ともいえる【命（めい）刀（とう）】を発現できなかった俺には、居場所なんてどこにもなかった。

「あれ、護堂家の長男よね？　フフ……どこの物乞いかと思ったわ」

「あんなのが長男だなんて……旦那様も不憫（ふびん）だ」

「いやいや、その代わり に刀（とう）次（じ）様は素晴らしいじゃないか」

「そういえば、旦那様と同じ命刀を発現されたんですよね？　これでもう、名実ともに護堂家の次期当主は刀次様で決まりですねぇ」

　誰も俺を認めてくれない。

「あれじゃ、刀士なんて無理だろ。そのうち廃嫡されて、農民にでもなるんじゃねぇか？」

「おい、農民を馬鹿にするなよ？　あんな使えねぇヤツに、農作業ができるわけねぇだろ！」

「そりゃそうか！　なんせ、魔力が使えねぇ欠陥品だもんなぁ！」

　街の人々が、俺を嘲笑（あざわら）う。

『――刀（とう）真（ま）。貴方（あなた）は強い子。貴方は私の、誇りよ――――』

　――――母上。

　私は決して、強くありません。

　どうか不出来な息子を、お許しください――――。

　　　　　　　＊＊＊

　何も変わらぬ朝。

　俺は目を覚ますと、いつも通り朝食の『兵糧丸（ひょうろうがん）』を飲み込んだ。

　味は最悪なものの、必要な栄養素だけを効率よく吸収できる丸薬である。ただ、一般的にはこれが食事とはとても言えぬだろう。

　……思えば、この食事にもすっかり慣れてしまった。

　たとえ護堂家の長男であったとしても、出来損ないの俺に食事なんてものは用意されない。

　昔は酷（ひど）く落ち込み、その味に何度も泣かされた。

　しかし、今となっては味も感じぬ。

　ただ生きるため、栄養素を取り入れるだけの作業でしかない。

　……逃げられるのであれば、この家を飛び出すべきだろう。

　しかし、俺という存在を隠したい父上は、俺が外の世界に触れることを禁じた。

　ゆえに、俺が逃げようとしても、この家にいる者にすぐ捕まり、そして苛烈な折檻（せっかん）を受けることになるだろう。

　だが、俺はそんな折檻よりも、逃げ出すことで、母上の言葉を否定してしまうことの方が怖かった。

「……」

　食事を終え 、身支度を整えると、木刀を手にし、修練場へ向かう。

　まずいつも通り走り込みを行うと、そのあと体の各部位の鍛錬を行った。

　この日課も、何年続けてきただろうか。思い出すこともできない。

　体が悲鳴を上げる寸前まで追い込むと、少し休憩したあと、俺は木刀を手にした。

　そして、ひたすらに木刀を振り下ろす。

　真っすぐ振り上げ、真っすぐ振り下ろす。

　何千、何万回と行ってきた動作だ。

　本来ならば俺も、護堂家の刀術――――【古（こ）我（が）流（りゅう）】を学び、その修練をしていただろう。

　しかし俺は、魔力が扱えぬ出来損ない。

　父上から古我流の教えを受けることはできなかった。

　それゆえに、俺は自分の力で刀の扱いを身に着ける他なかったのだ。

「……」

　何も考えず、ただ木刀と向き合う。

　この時間だけが、俺の安らぎだった。

　――だが、この日はそうはいかなかった。

「――――おい、無能。誰がここを使っていいと言った？」

「っ！　と、刀次……」

「ああ？」

　いつもはやって来ない修練場に、刀次が従者を引き連れて来たのである。

　すると、刀次は俺の言葉が気に障（さわ）ったようで、声を荒げた。

「刀次、だぁ……？　刀次様だろうが……！」

「がはっ!?」

　俺には刀次の動きが全く見えなかった。

　刀次の拳が俺の腹を抉（えぐ）る。

　俺はそのあまりの威力に吹き飛ばされると、修練場の壁に激突した。

「がはっ！　ごほっ！」

「おいおい、ちょっと小突いただけじゃねぇか。なあ？」

　激しく咳（せ）き込む俺に対し、刀次が嘲笑うように従者たちに言葉をかけると、彼らも笑みを浮かべる。

「まったくです。あの程度のじゃれ合いすらできぬとは……」

「魔力が扱えぬとは、よほど不便なのですねぇ」

「まあ我々には分からぬ苦しみですな」

「何にせよ、無能のために我々が気をつかうのも面倒なことです」

　――――魔力。

　それこそが俺と刀次の間に大きく存在する壁だった。

　魔力は万物に宿り、それが体内を駆け巡ることで、大きな力を発揮する。

　……いや、魔力は自然と体内を駆け巡るため、刀次たちの身体能力こそ普遍的なものだ。

　そう、俺の体には魔力が巡っていなかったのだ。

　幼き頃、その原因を探るべく、様々な医者の手で調べられたところ、魔力そのものはこの身に宿っていることが分かった。

　しかし、その肝心な魔力が何故（なぜ）か俺の身体（からだ）には巡っていないというのだ。

　魔力はあるのに、魔力が流れぬ歪（いびつ）な体。

　それゆえ、俺の身体能力はこの陽（ひ）ノ（の）国（くに）で……否、この世で最も弱いといえる。

　市井（しせい）の子供たちにも負けるだろう。

　何故（なぜ）なら通常、子供の頃にはすでに魔力の流れは安定しており、魔力がまともに流れていないのは赤子くらいなものなのだ。

　だからこそ、赤子は非常に弱い。

　……俺もその赤子と何ら変わらぬ弱さだった。

　俺は痛む腹を押さえながら、木刀を拾い上げると、刀次に頭を下げる。

「……俺の言葉が気に障ったのなら、申し訳ない。この場から去ろう」

　すぐにその場から立ち去ろうとする俺に対し、刀次は俺が手にしている木刀に目を向けると、笑みを浮かべる。

「ったく……性懲りもなく無駄なことしてんなぁ？　毎日そんな棒切れ振ってて、何か変わったか？」

「……」

　何を言われても、俺には言い返すことができない。

　だが、そんな俺の態度が再び刀次の機嫌を損ねてしまった。

「テメェ……この俺に対して無視とは、いい度胸だなぁ？」

「っ！」

　もう一度殴られるのかと思い、俺がつい身構えると、その様子に刀次たちは声を上げて笑った。

「プッ……ぎゃはははは！　お、おいおい、ただ声をかけただけでビビりすぎだっての！」

「と、刀次様。そのように笑っては……ククク」

「どうやら道化としての才能はあるようですなぁ」

「……失礼する」

　俺は再度頭を下げ、その場を去ろうとするが、刀次はそれを許さなかった。

「まあ待てよ。笑った詫（わ）びだ。この俺が、お前の腕前を見てやるよ。どうだ？」

「……いや――――」

「まさか、断るなんて言わねぇよなぁ!?」

　力のない俺に、断ることはできない。

　たとえ無理やり立ち去ろうとしても、この場で無様に痛めつけられるだけだろう。

　それに、従者たちも俺が逃げ出さぬよう、いつの間にか周りを取り囲んでいる。

　俺が周囲の様子を見ていると、刀次は右手を横に突き出した。

「そら、よぉく見とけよ？　燃え盛れ――――『陽（よう）虎（こ）』！」

　その瞬間、刀次の右手の先に、何か強大な力が発生したかと思うと、そこから一本の刀が出現する。

　銀の刃に赤い波紋を持つその刀は、刀次の命刀……陽虎だった。

「コイツが俺の命刀……陽虎だ。どうだ？　綺（き）麗（れい）だろ？　コイツに斬られれば、その存在は燃え尽きるんだぜ！」

　命刀は、まさにこの国を守護する刀士にとって最も重要な力であり、この命刀を手にすることで、刀士はその資格を得る。

　というのも、命刀にはそれぞれ強大な能力が宿っているのだ。

　だが俺は――――。

「そら、お前も命刀を抜けよ」

「……」

「あ、そっかそっかぁ！　お前、命刀もないんだっけか!?　ぎゃはははは！」

　俺はどれだけ望んでも、命刀を手にすることができなかった。

　この国に住まう者たちは、三歳、五歳、七歳の時に皇帝陛下の命刀……『王刀（おうとう）』によって、命刀を発現させる機会を得ることができる。

　その儀式に参加する資格は、この国に住む者であれば誰もが有しており、これを【王選祝福（おうせんしゅくふく）】と呼んだ。この国では重要な儀式の一つと言える。

　とはいえ、基本的に命刀には血筋が大きく関係しており、刀士の家系である子供が命刀を発現することがほとんどなのだが、中には農民の子でありながら命刀を発現させるような特異な者もいた。

　そして俺は、刀士の中でも最高位……紫（し）位（い）を冠する【七（なな）大（だい）天（てん）聖（せい）】の一人、護（ご）堂（どう）刀（とう）厳（げん）の息子であり、護堂家の血を引いている。

　にもかかわらず、俺には命刀が発現しなかった。

「本当に勘弁してくれよなぁ？　誇り高き護堂家だぞ？　皇室との所縁（ゆかり）もあり、その皇室を代々守護してきた近衛（このえ）刀士！　そんな由緒（ゆいしょ）ある護堂家に無能が生まれたなんて……俺は恥ずかしくて仕方ねぇよ」

「……」

　俺だって、生まれたくてこんな家に生まれたわけじゃない。

　俺はただ、自分を認めてくれる人がほしかった。

　それだけなのだ。

「ああ、そうか！　お前の母親が無能だったから、お前が生まれたわけだ。そういやぁお前の母親って、昔から体が弱かったって言うしなぁ？　お前と同じで、魔力が使えなかったんじゃねぇの？　無能の子供は無能ってわけだ」

「っ！」

　刀次の言葉に、俺は一瞬で頭に血が上った。

　俺のことを嘲笑（あざわら）うのはどうでもいい。しかし、母上を馬鹿にすることだけは許せなかった。

「母上のことを……悪く言うなッ！」

　俺は耐え切れず飛び出すと、全力で踏み込むと同時に、刀次目掛けて木刀を振り下ろす。

　だが、そんな俺を嘲笑いながら、刀次は軽々とそれを避けた。

「おいおい、熱くなるなよ。本当のことを言ってるだけだろぉ？　父上の話じゃ、お前の母親は見た目だけはよかったってよ。ただ、それで手を出した結果がお前だって嘆いてたぜ？　クックック」

「ああああああああああ！」

　俺はただがむしゃらに木刀を振り、刀次に一撃でも与えられるように足掻（あが）いた。

　だが、刀次は俺の攻撃をすべて避けきると、一瞬にして俺の懐（ふところ）に潜り込み、陽虎の柄（つか）頭（がしら）で殴りつけてきた。

「かはっ……」

「確か……お前が修行ごっこを始めて三年だっけか？　毎日毎日飽きもせず、朝から晩まで棒切れを振り続けてるようだが――――」

　息が詰まり、蹲（うずくま）る俺の顔面を、刀次は容赦なく蹴り飛ばす。

「――――お前の努力は無駄なんだよ」

「――――」

　そして最後に、 倒れ伏す俺の顔を踏みつけた。

「これで分かったろ？　お前の一生分の努力なんざ、俺の一日分にすら及ばねぇよ」

　そう吐き捨てると、俺で遊ぶことに飽きた刀次は、従者を引き連れ去っていく。

「たまには早起きするのもいいもんだなぁ。運動にすらならなかったが、気持ちがすっきりしたぜ」

「ええ、そうですね」

「あの必死な様子……ますます道化の才に磨きがかかっているのでは？」

「違いねぇ！　それよりも、俺は父上の二の舞にならねぇよう、婚姻相手は慎重に決めねぇとなぁ。ったく……次期当主ってのも楽じゃねぇぜ」

　遠ざかっていく笑い声。

　それを耳にしながら、俺は何もできなかった。