第5話 鋼鉄のボディーガード

『ギ、ギ、ギ……』


「キセ、この辺に来たことは?」


「ある、気がする。でも……ずっと同じ景色。だから、わからない」


「そりゃそうか……」


『ギ、ギ、ギ……』


 ヒノゴケの光が強くなるにしたがい、徐々に地底世界の気温も上がってくる。

 体感的には1時間くらい走っただろうか。

 

 緑に色づく穀倉地帯の畔道を進む。

 一面を埋め尽くす野菜や穀物の若葉色が、視界の下半分を界壁まで占領していた。


 一面の穀倉地帯。国境を越え、エドルカへ入ったことの何よりの印である。


『ギ、ギ、ギ、』


 さっきのは、エドルカを目指し東へ向かう最中、キセの記憶に該当する景色があるか尋ねた次第である。


「前通った時はもっと土が見えてたんだけど……成長が早いな」


『ギ、ギ、ギ……』


「……走らなくてていいの?」


「お、それじゃ走るか。休憩のつもりだったんだけど、キセがそんなに言うなら……な」


「やっぱり歩いててい———?!」


 魔術を展開、四肢を魔力が満たし、加速。


『ギッ、ギッ、ギッ……』


「〜〜〜〜〜!歩いてて、良いって、言ったのに!」


「はは!まーそう怒るな。もう少しの辛抱だよ」


『ギッ、ギッ、ギッ、ギッ……』


 ぽかぽかと後頭部を叩かれながら、秒速100Mほどの速度で風を切るように走る。

 景色が流れ、一面の若葉色の奥にずしりと構える防壁と、聳える城の外観が少しずつ正確な輪郭を帯びてくる。


『ギッギッギッギッギッギッギッギッ』


「あれがエドルカだ。一度、来たことあるんだよな?」


「うん。でも、外から見るのは初めて」


そか、それじゃ今のうギッギッギッギッギッギッちにしっかり見てギッギッギッギッギッギッうるせえぇええええええええええええええええええええええええ!!いい加減、うるせえぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」


 とうとう我慢の限界を迎えて天蓋へ向けて叫んだ。


「お前!ちょっとはその音抑える努力しろよ!」


 足を止め振り返ると、俺の体躯を上回る、推定2.2Mほどの鉄の巨人が真紅の一つ目を「ブオォン」と鳴らしこちらを見下ろしていた。


「……おっきい」


 関節やパーツのあちこちが錆びているのか動くたびにギッ、ギッ、と耳障りな不協和音が鳴り響く。

 恐るべきは、そんなメンテナンスなど何年もされていないであろう体で、俺の速度に余裕でついてきていたという事実。


(……キセ、何か聞こえるか?)


(すごく細かい、鉄の音だけ)


 つまり、生物的感情はないということ。中に誰もいない、プログラミングされた情報で動くただの機械だろう。


「お前、どこの差し金だ?」


 実はこの鉄の巨人、穀倉地帯に入ってから、何かをするわけでもなく、ずっと等間隔で追従してきていた。

 返事なんて期待してないが、その不気味さに、問わざるを得なかった。


「回答:当機は所属を持ちません」


「「……………………」」


 だから、機械音声で流暢に解答され、流石の俺も絶句した。キセもキセで、俺の肩口から顔を出して鯉のように口を開閉させて驚いている。


「…………。お前、こんなところで何してんだ?というか、なんでこんなところ穀倉地帯のど真ん中にいたんだ?」


「回答:当機は現在に至るまで、唯一の指令を遂行中です」


 鉄の巨人は、非常に流暢な機械音声で、人類と遜色ないほど自然なコミュニケーションを取る。


「——『種族名:エルフの少女と行動を共にする、計測器がエラーを起こすほどの魔力量を持つ青年に従属せよ』、と」


「随分と具体的な指令だな。未来予知でも持ってるのか?」


 赤の単眼が、じっくりと観察するように小刻みに震えていた。俺は、巨人の回答の矛盾を指摘する。


「お前、所属を持たないって言ってたよな?なのに今、お前は『指令を遂行中』と答えた。無所属は嘘か?」


「補足:当機の指令は、先代契約者から契約解除前に受けたものであり、現存する指令はこの唯一です。従って当機は、この指令を履行するものとし、また、無所属であることも事実です」


 目配せをすると、キセはへにょりと眉を下げた。


「……なるほど、大方理解した」


 やりにくい。

 流石のキセでも本質的には無生物の真偽は音で判別できないらしい。俺自身も職業柄、多少の目利きはあるが、平坦な自動音声の機械相手には当然通用しない。


「その契約者と契約していたのはいつだ?」


「回答:約一千年前」


「「……………………」」


 う、嘘くせぇ!! 機械のくせになんで“約”なんて曖昧なんだよ! そこは徹底しろよ!! あと設定が雑すぎだろ!!


(どうする?絶対嘘のやつ来ちゃったけど)


(お兄さん、振り切れる?)


(全力出せばできるかもしれないけど……お前が多分死ぬぞ(比喩))


(やだ)


 悪質ジェットコースターを思い出したのであろうキセの顔色が瞬く間に青くなった。

 俺たちがこそこそ話をしている間も、鉄の巨人は微動だにせず、じっと俺たちを見つめている。


(露骨に怪しいのを連れてくわけにもいかないしな……従属って言ってたし、下手したらコイツ、里にまで着いてきそう)


(お兄さんが、ついてくるなって命令したら?)


(……キセ、お前天才だよ)


 ポンと手を打ち、俺はしたり顔で巨人と目を合わせた。


「お前、俺の命令に従うってことでいいのか?」


「肯定」


 よっしゃ! 俺は内心でガッツポーズをした。


「それじゃ、ここから動くな。俺たちにはついてこないで良い」


「拒絶:その命令は受理できかねます」


「駄目じゃん!!」


 クソが! 俺は内心で握った拳を地面に叩きつけた。


「だ、ダメだった!」


 キセと、お互い涙目になって顔を見合わせる。


(どうする?これ絶対罠だと思うんだけど)


(里には、来てほしくない)


 どうしたものかと頭を悩ませ——殺気、魔力反応——俺は咄嗟に右手を突き出した。


「ぐっ!?」


 魔銀ミスリル製の鏃が手のひらに突き刺さった。

 油断。硬化魔術が一歩遅れた。


「お兄さん!」


 キセが悲鳴のような叫びを上げた。


「大丈夫だ!」


 鏃を抜き、服の裾を破って即席の包帯をつくり、小太刀を一緒に右手に巻きつける。


 再び魔力反応——三射。

 小太刀に魔力を通し、同時に左手で魔術方陣を形成。二本の指で刃をなぞり、魔術を適用する。


 付与、硬化・研磨・斬撃圏拡張——擬似斬鉄剣!


「ふっ——!」


 短い気合いと共に小太刀を振り抜き、キセを狙い放たれた弓矢を空中で切り刻んだ。


『なんでも屋、いや——“罪人”カガリ!貴様らは既に包囲されている!』


 矢の迎撃が合図だったかのように、駿魔が嘶き、アーシアの正式な鎧を着込んだ騎士たちが畑や水田から姿を見せる。

 矛と盾を交えたエンブレムを押した旗が四方で掲げられた。


「しまった、徹夜で俺たちを追い抜いたのか!」


 内心で舌打ちする。この世界の人々が持つエルフへの悪感情を甘く見ていた。

 明確な俺の判断ミスだった。


『最早命乞いをする猶予なし!投降しろとは言わぬ!その場で骸となり果てるが良い!!』


 一糸乱れぬ統率で弓矢が構えられ、一直線に俺たち目掛けて引き絞られる。


「——放て!!」


 号令総射。

 空気を引き裂く怪鳥のような唸りを上げ全方位から弓矢が殺到する。


「チッ」


 舌打ちし、刀身に魔術を再度実行する。同時に、鉄の巨人に命令を飛ばした。


「おい!キセを守れ!」


「拒絶———」


「お前……っ!」


 再び拒否した巨人は、一歩俺たちに近づき———


「——光学迷彩解除・守護領域展開」


 ギ——と両腕を水平に持ち上げ、半透明の魔力防御壁を全周に張り巡らせ、遅いくる全ての弓矢を防ぎ切った。


 騎士団たちが、にわかに騒めいた。


「なんだ、アイツは!?」

「鉄の巨人?聞いてないぞあんなもの!」

「一体どこから現れた!どこに隠れていた!?」


 今、巨人は“光学迷彩”と言った。つまり、今の今まで、巨人の姿は俺たち以外に見えてなかったのだろう。


「当機の……」


 よく通る機械音声で、巨人が言った。


の現存する唯一の存在意義は、あなた方を護ることにあります」


 関節駆動部からカシュ、カシュと音を出し煙を上げ、鉄の巨人は徐々に、内部の熱量を高めていく。


「……お兄さん」


 驚いたように、キセが言う。


「今、“聞こえた”」


「……聞こえたって、まさかコイツの?」


「うん。本気。本気で、私たちのこと、護るって」


 ……キセが機械の音への造形を深めたのか、目の前の巨人が意志を発露したのか、はたまたただの錯覚か。


 そんなことはどうでもよかった。


「——ご命令を」


 目の前の鉄の巨人の、俺を見据える赤の瞳。そこには確かに、力強い意志があるように感じられた。


 ゆえに、命じる。


「命令だ。騎士団を倒し、俺とキセを護れ」


「了解:行動開始」


 ズンと地が揺れ、超加速。

 呼吸の暇すら与えず駿魔に跨る隊長格に接敵し、拳が鎧にめり込んだ。


「なん……ごぶぉっ!?」


 たった一撃で鎧を破壊された隊長の男は無惨にも天に舞い上がり、後方で田んぼに着水。盛大に水柱を打ち上げた。


『ーーーーーーーーーーーーーーーー』


 敵味方問わず、絶句である。


「……あ、殺すなよ〜!」


「了解」


 ギリギリ正気に戻った俺の追加命令にそれだけ言い残し、巨人は騎士団の殲滅に入った。


 後のことは、騎士団側からすれば地獄だっただろう。

 駿魔を軽く上回る速度で2M越えの鉄の巨人が暴れ回り、男女平等パンチが炸裂する。

 鉄の拳を前に鎧など紙切れ同然。ものの数分で騎士団は壊滅。乗り手を失った駿魔は、生物の本能か、『ヒヒィィン』と鳴いてその場で降伏した。


「…………いや、つっよ


「お、お兄さんより、早かった」


 騎士団の皆に同情の念すら湧く、圧倒的な強さだった。

 驚愕する俺たちのもとへ、ひと仕事終えた巨人が戻ってきた。


「お、お疲れ様」


「命令完遂。死者、0名です」


「マジかよ」


 あの惨状で?

 命令しておいてなんだが、何人か死んだ気がするけど……?


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……お兄さん」


 さてこの後はどうしたものか、と巨人と睨み合っていた俺の服を、キセがちょいちょいと引っ張った。


「うん?どうした?」


「この子、連れてく」


「……いいのか?」


 俺の確認に、キセはコクリと頷いた。


「私は、大丈夫だと思う」


「そか。依頼主が言うなら、俺が拒否する必要はないな」


 鉄の巨人に問う。


「お前、何か名前とかない?機体名みたいな」


「回答:当機は生産時点で廃棄が決定されており、同型機に存在する機体番号を有しません。しかし」


 やや間を置いて、巨人は答えた。


「——先代契約者は、当機を“カルネ”と呼んでいました」


「了解だカルネ。俺のことはカガリって呼んでくれ。こっちは……」


「キセ。よろしく、カルネ」


 赤の単眼を点滅させ、巨人改め“カルネ”は俺たちの名を呼んだ。


「情報登録:マスター・カガリ、並びにキセ。両名に当機への命令権を正式に付与———成功しました」


「それじゃ、エドルカまで走るぞ」


「おー」


「了解:最短距離を提案します」


「田畑を突っ切るな、却下です」


 異世界人にエルフに機械人形。なんだかみょうな組み合わせになったなぁ、と考えつつ走り出す。




『ギッギッギッギッギッギッギッギッギッ——』


「カルネ、後で錆取りと油差しな」


『プシューーー』


「蒸気を吹くな。風呂嫌いの子供かお前は」

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