第2話 ご依頼は救世主

「……とまあ、俺は異世界人だからな。俺はあいつらほどエルフ憎しってわけじゃないんだよ」


 アンガスたち騎士団から逃走する途中で、俺はキセに自らの出自を詳らかに話していた。


 すると、心当たりがあったのか。


「……異世界人。お兄さん、航界者わたりびと?」


 キセの口から、耳馴染みのある単語が出てきた。


「え、その単語結構一般的なんだ」


「……絵本に、よく、出てくる」


「エルフの方にも伝わってんのかー」


 “航界者わたりびと”というのは、地底世界の人々が俺みたいな異世界人に対して用いる呼称である。

 人族ひとぞく?にとっては創作、伝承の中の一般常識のような位置付けの単語だったが、まさかエルフまで同様の知識を持っているとは。


「……航界者わたりびと、よく、来る」


「マジ?」


 森に入り速度を落としたことで余裕が出たのか、俺に抱えられた状態でキセ頷いた。


「……最近、里にたくさん来た」


「里って言うと、お前たちエルフが住んでるところか?」


「……そう」


「ふむ……ちなみに何人くらい?」


「えっと、たぶん……百人くらい?」


「ふーん………………うん?」


 今なんて????


「ひゃく?」


「……たくさん来た」


 俵のように抱えられたキセは、翠色の瞳を少しだけ虚にした。


 多い……多くない?


 え、航界者わたりびとってそんなホイホイくるものなの? 「へえ、俺って珍しい存在なんだな」ってちょっといい気になってた来たばかりの頃の俺が馬鹿みたいじゃん。


「そっかぁ……」


 世界は広いなあ。


 俺はキセと揃って遠い目をした。



 軽快なステップで、なるべく足跡を残さないように軽やかに。しばらく進んで、森の中でも比較的開けた場所に出た。


「この辺でいいか」


 独りごちた俺は抱えていたキセを大木のそばに下ろす。


「さってと……とりあえず逃げたはいいものの」


 どうしたものかと首を捻る。


 騎士団の雑兵相手ならまず負けない自信はあるが、それは俺単身での話。少女一人を守りながらとなるとかなり骨が折れる。

 よって取れる選択肢は逃走一択なのだが……


「数だけは多いからなぁ」


 中には優秀な者もちらほらいるが、大体が隊長だったりするので騎士団の戦力は否応なく分散する。しかし、数は歴とした力であるのは間違いないし、今最も嫌なのは人海戦術でひたすら包囲網を敷かれることだ。


「早いとこ行動方針決めないと——」


「……なんで」


 控えめな声で、キセが俺に問う。


「……なんで、助けてくれたの?」


「言っただろ? 惚れた女に似てたって。ま、その髪型に感謝することだ。……ちなみに、いつもその髪型なのか?」


 本当に、髪型が似てるだけ。

 性格なんて正反対もいいところだ。


「……たまたま。お姉ちゃんの、気まぐれ」


「そか。丁寧な結い方だな」


 ほんの少しだけ、キセの口角が上がった。しかし、すぐに暗い表情に隠れてしまう。


「……でも、お兄さん。仲良い人、いるのに」


「まあ、アンガスには悪いことしたと思ってるよ」


 それでも……


「それでも、決めたことだからな。お前の願いを聞き届ける。依頼達成率100%のなんでも屋としては、一度決めたことを『ハイ辞めます』なんて言えねえよ」


 カッコつけた言い方をすれば矜持。

 実際の本音は、ただの我欲。結局は自分のためだ。


「詳しい話、聞かせてくれ」


「……わかった」


 キセは、吶々と何が起こったのかを語り始めた。


 ◆◆◆




 始まりは三ヶ月ほど前。

 元々エルフが住まう樹海は、正しい食物連鎖の下に成り立つ大自然だった。


 しかし、突如として魔獣が原因不明の狂乱を起こし、里を襲うようになった。

 三日に一度程度で、なおかつごく小規模な襲撃は、始め、いくつかの生物の繁殖期が重なったことによる異常程度の認識だった。

 しかし、その頻度、規模は次第に大きくなり、ふた月前には、“毎日”、大量の魔獣が里に押し寄せるまでに至った。


 少女が人族への救援を決意し里を出たのは、ちょうどその頃である。




◆◆◆




「こんなこと、お兄さんだけに頼むの、ダメだけど。でも——」


「いい。お前が気にする事じゃない」


「でも……わぷ!?」


 何か言おうとした少女の頭を強引に撫でて黙らせる。


 魔獣を退け、里を助ける。それがキセの依頼だった。

 一人二人増えたところで焼石に水。だとしても、たった一人でも援軍を、助けを里は必要としていた。


「そのために来たんだろ? 無茶だってわかってて、俺は依頼を受けるんだ。だから、後ろめたさを感じる必要はねえよ」


 一ヶ月半。

 第九層に来てから、十歳やそこらの少女がたった一人で助けを求めて彷徨い歩いた時間である。


「家族を助けたいんだろ?」


「……うん」


「その気持ちはさ、俺もよくわかるから」


 脳裏に、友の言葉が蘇る。


——『家族を守る、守りたいってのは当然だろ?』

——『同じ釜の飯食って、一緒に笑って……それで十分だ。そんだけで、人は家族になれる。だから、アンタもとっくに俺の家族なんだよ』

——『だから、俺がアンタを守るのは当然なんだ。だから……泣くなよ、カガリ』


 その繋がりを、何よりも大切にしていた男がいた。

 その、炎のような生き様に。俺も……そうありたいと思ったんだ。


「そういや、名前言ってなかったな。俺はカガリだ。改めて、お前の依頼、俺が受けた」


 俺の差し出した右手に、キセの小さな両手が控えめに触れる。しっかりと握り返し、ここに契約が成立した。


「……お兄さん、ありがとう」


「呼び方は変わらないのね……」


「……?」





 依頼内容:エルフの里の救済

 目標:魔獣の撃退。可能なら原因の追求と解明。

 報酬:後払いかつ未定

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