第25話 ★暗黒領域Ⅲ

『なるほど、突入した旅団の連中はここであの機動兵器にやられたわけか。通りで道中で鉢合わせなかったわけだ』


 状況の分析を怠らないハンドラーマグノリアは私の状態を見て作戦の変更を告げる。


『予定変更だ。レイヴンが使い物にならなくなった。とりあえず残りの二人であのデカブツを叩くよ』

「シグネット、了解」

「うん。マオがお姉ちゃんの分も頑張る」


 推定でも全長20メートル以上はある大型の自律機動兵器が私たちの視界に暗い影を落とす。その形状フォルムは昆虫に類似していて戦車にムカデの足がついたかの様な奇怪で歪なデザインだった。


「……行くわよスパロウ」

「うん」


 意を決した様子の二人は同時に駆け出した。


「さあ、身の程をわきまえない雑魚共をき潰せ! 【百手の門番ヘカトンケイル】!」


 ラタトスクの命令で怪物じみた殺戮マシンが駆動する。


 ヘカトンケイルと呼ばれた自律機動兵器は胴体から無数の『機械腕マニピュレーター』を展開する。その先端には敵を殺すための武器が装備されていた。ドリルやパイルバンカー、チェーンソーなどの掘削機構が容赦なく周辺の地形を抉り取る。


「怖っ! あんなのに巻き込まれたら人間なんてひとたまりもないじゃんか!」

「……マオたちじゃアイツ倒せない?」


 轟く鋼鉄。圧倒的な重量。陥没する大地。近接戦がメインの二人にとってヘカトンケイルは相性が最悪の相手だった。二人は回避に手一杯でまるで攻撃に転じていられない。


「くっ、雑な攻撃で足場ばっかり狙ってんじゃないわよ!」

「逃げる場所どんどんなくなってく」


 そんな劣勢な状況が目に飛び込んでくると私の中から焦りと不安が吹き出してくる。


「動け、動け! 動け私の足!」


 私がやらなくちゃ。私がやらなくちゃ。私がやらなくちゃ。私がやらなくちゃ。


 私が戦わないとみんなが死んでしまう。

 私が戦わないと、私が戦わないと、私が!!! 私が!!!


「なんで、なんでよ! 私の足なら、私のいうこと聞いてよ!」


 心という軸を失った私の足は立ち上がる事すら出来ない。これが現実。むしろ今まで折れなかった方が奇跡だったのかもしれない。


 身体と足が震える。涙が止まらない。涙なんてとっくの昔に枯れ果てたはずなのに。


『……無理はするなレイヴン』


 ヘカトンケイルとの戦闘をドローン越しにモニタリングしていたマグノリアが私に言葉を投げかける。


『今のお前じゃあの兵器は倒せない。だから今は何もするな』

「……私が役立たずだから?」

『そうじゃない。むしろその逆だ』

「どういう……ことですか?」

『お前は優柔不断の愚図だが戦闘センスだけは抜群に高かったんだ。そうでなければ反対を押し切ってでもエースのNo.4となんて組ませないさ』


 ハンドラーマグノリアは柄にも無い事を言う。少なくとも私は初めて聞いた。


『悪かったな、無理強いして。変に期待させて落としたんじゃいくらなんでも残酷だったな』


 その謝罪は裏を返せばアイビスの死を受け入れろと私に言っている様なものだった。


「……ふざけないで」

『レイヴン?』

「私まだ諦めてないよ。諦めたくないよ! だってやっと分かったんだもん!  私、アイビスのことがやっぱり好きなんだ!」


 私は火が着いた自分の気持ちを叫ぶ。もう、戦う理由なんてそれだけで充分だった。


「アイビスの死体を見るまで。ううん、アイビスが化けて私の前に現れるまで、私はアイビスの死を受け入れない!」

『……はん、ようやくエンジンが掛かったか。まったく手間がかかる糞餓鬼だね』


 満身創痍だった私が立ち上がった事で劣勢だった戦況は覆る。まるで勝利の女神が持つ天秤が私たちの方に傾いたかのように。


『アレの構造はだいたい把握した。弱点は従来の戦車と同じ上層部。あの邪魔な腕さえどうにかすれば後は殴り放題のボーナスゲームだ。やれるな?』

「はい。装甲は無理でもマニピュレーターの関節部なら撃ち抜けます」

『話は聞いたねスパロウ。先輩が花道を作ってやるそうだ。トドメはお前がやりな』

「立ち直るのが遅いわよバカ! あの邪魔な腕早くなんとかして!」

「お姉ちゃん、がんばれ」


 応戦している二人に檄を飛ばされ私は精神統一を始める。


 極限集中ゾーン。今、研ぎ澄まされた世界の中に入る。


「……I Believe I Can Fly」


 私は自分自身に暗示をかけるようにその言葉を口ずさむ。それが終わるとアイビスからの『贈物プレゼント』である二丁の拳銃を握り締める。


二丁拳銃ダブルトリガー。【白の閃光ホワイトグリント】!」


 二丁拳銃から同時発射された計六発の弾丸がヘカトンケイルの関節部に着弾する。弾ける火花がマニピュレーターの一本を破壊した事実を物語る。


「あたし達も行くわよ!」

「うん!」


 二人の突撃に合わせて私は拳銃の装填リロードを開始する。残弾数は限られている。無駄撃ちは許さない。


『はん、百手の門番ヘカトンケイルという大層な名前の割に腕の本数が全然足りないねえ。話を盛るのは酒の席だけにしときな』


 ハンドラーマグノリアはヘカトンケイルの弱点を看破し、二人にその弱点への追撃を命じた。


『一本でも落ちれば攻撃範囲に隙間ができるからね。後は懐に入って片っ端からへし折ればいい。やりな二人とも』

「あたしが右、スパロウは左からお願い」

「うん。分かった」


 二人の動きは今までとは比較にならないほど洗練された動きになっていた。近接格闘に秀でた二人が私の援護射撃を背にヘカトンケイルの懐に潜り込む。それはとても鮮やかで流れる水の如き動きだった。


「これで二本目!」

「こっちも折れた」


 果たして初めてのフォーメーションでこれほどの連携が取れるだろうか。まるでずっと一緒に戦っていたかの様な──そんな既視感に似た『何か』を私は心の奥底で感じていた。


「スパロウ! あたしがジャンプ台になるから後は頼んだわよ!」

「うん、任された。マグノリア、【首輪】外して良い?」

『ああ、お前の真価を魅せてやりな』


 即興の連携が上手く噛み合って八本あった全てのマニピュレーターの破壊に成功。ハイネの背中に乗ったマオちゃんは猫の様な身軽さで天高く跳躍する。


 シングルナンバーのマオちゃんは【首輪】を外す許可を調教師ハンドラーであるマグノリアから取った。


 それは制御されていた力の全てを解き放つ瞬間。最高にして究極の一撃を敵に喰らわせる文字通りの必殺技。


「えっと……せーもんにんしょーによる【首輪からー】のこーそくをかいほー。こーど000とりぷるぜろ安全装置解除せいふてぃりりーす


 マオちゃんの背中から血の様に赤い光の粒子が飛散する。それはアイビスと同じ【真紅の翼】だった。


「めんどくさい呪文は省略。超必殺、アルティメットねこドリル!」


 身に纏っている【猫神の法衣バステト】がマオちゃんの身体を包み込み、螺旋状の槍(厳密にはやたら胴体が長い猫)となって下半身部のドリルが急速回転し、ヘカトンケイルの上層部に突き刺さる。


「……あの胴がやたら長い猫。何かで見たことあるやつだね」

「そうね、何かで見たことあるやつね」

『なに、知らぬが仏さね。ネーミングセンスはふざけてるが威力は桁違いさ』


 回転するドリルが火花を散らしてヘカトンケイルの装甲を削り取る。それは正に名前の通りのアルティメットねこドリルだった(若干ヤケクソ説明)。


「は、はっ! そんなふざけた攻撃でヘカトンケイルの装甲が──はっ?」


 しかし、ドリルは全てを解決する。流石はドリル。天元を突破する勢いのドリルはヘカトンケイルの装甲を容赦なく貫き急所である内部を貫通した。


「バ、バカな!?」


 あまりのトンデモ展開に変な声を出すラタトスク。その場にいる全員が宇宙ネコの様な顔になっていた。


 チュドーン、と。

 特撮映画顔負けの爆風を巻き起こして敵の切り札と思わしき自律機動兵器ヘカトンケイルは爆発四散して崩壊する。


「……いや、これ冷静に考えたらマオちゃんも爆発に巻き込まれてるやつ!」

「ちょっ、トンデモ展開にうっかり頭が宇宙ネコになってたけど、あれって中身の方は大丈夫なの!?」

『安心しな。あの程度の爆発で傷が付くほど柔な設計じゃないよ。怪我すると何処ぞの過保護がギャーギャー煩いからね』


 モゾモゾと。私たちの疑問に答えるかの様に燃え上がる瓦礫の中から赤いローブが這い出てきた。


「……けほっ、着地に失敗した」


 着地の問題とかではない気がするけど……どうやらあの専用兵装は耐久面では無類の強さを誇っているらしく、瓦礫から這い出てきたマオちゃんは顔がすすで真っ黒になっているだけで全くの無傷だった。


「……マグノリア。マオもう疲れたから寝ても良い?」

『ああ、残りは先輩二人に任せて休んでな』

「お姉ちゃんたち頑張れ。マオはもう眠いから寝るね……」


 相変わらずのマイペースぶりを発揮したマオちゃんは戦闘の邪魔にならない場所に移動してからクルリと猫の様に丸まり、そのまま堂々と気持ち良さそうに昼寝を始めた。


「すやぁ……」


 うん。あれはガチの昼寝だね。いくらなんでも緊張感が無いというか……私たちのこと信頼しすぎじゃない?


 まだ肝心の幹部が残ってるんだけど。


「……クソが、ふざけやがって」


 ──幹部。幹部か。


 なんだろう、この人。本当に『あの二人』と同じ世界樹の幹部なのかな。


 ドン底から立ち直ったからこそ気付いた違和感。あの作戦の時に肌でビシビシ感じた殺意とか威圧感とか絶望感が全然ないんだよね。この人。


「……ねえ、貴方って本当に幹部なの?」


 私は浮かび上がった疑問を敵であるラタトスクに問いかける。


「なんていうか、本当に『怖い人』は直感で分かるんだよね。この人は危険だから戦うのはやめようって。でも、貴方からはそれが全然ない。有り体に表現すると通すがりの一般人A役って感じかな」

「ああ、やっぱりアンタもそう思う? この前戦った『仮面野朗』の方が二億倍くらい強キャラ感出してたわよね」


 私の抱いた疑問は概ねハイネも同じ様に感じていたらしい。彼女の言葉の節々からラタトスクに対して胡散臭いものを見ているというのがよく伝わってくる。


『……なるほど、お前は『影武者』か』


 ハンドラーマグノリアが核心に迫る一言を言った瞬間、ラタトスクの雰囲気がガラリと変わる。


「な、何を根拠に俺様が影武者だとか言ってんだよ! この根暗ババア!」


 明らかに図星を突かれたかのような余裕のない反応。そんな無様な様子の影武者に痺れを切らした《真の闇》が私たちの前に姿を現す。


『あらら、バレちゃったね。いやー、RD8号くんお疲れ様。まぁ、廃棄品の割には頑張った方じゃないの? ギャハハ!』


 闇が高笑いする。通信音声からでも分かる嗜虐的な笑い声で。姿が見えないのはただの通信音声なのか、周囲に人の気配らしい気配がなかった。


『ハハハッ! 見てたよ、子犬ちゃん達。なかなか、やるじゃない? ちょーっと、時間かかったけどね。まあ、ちょうどいい腕かな。廃棄品の相手にはさ』


 まるで飽き飽きした玩具を処分するかのような言い草だった。その言い草にラタトスク──RD8号の堪忍袋の緒が切れる。


「誰だテメェ! 俺様は廃棄品じゃねえ! 俺はラタトスク様だ!」

『おお、怖い。自分をオリジナルだと思い込んでいるレプリカは言うことが違いますねえ。流石は俺様キャラ。いや、オレのデッドコピーキャラかな?』

「ふざけるな! 俺様がレプリカだって!? 証拠はあるのか!」

『ああ、はいはい。もうそういうテンプレはお腹いっぱいですよっと』


 模造品レプリカの怒りをまるで相手にしない闇の声。まるで過去にも似たようなやり取りを経験しているかの様な言い草だった。


 音声越しでも身体が感じている。この声が本物の【使節の栗鼠ラタトスク】なのだと、私の直感がそう警鐘を鳴らしている。


『さてと、茶番もこれくらいにしてそろそろ幕引きと行こうじゃないの』


 瞬間、RD8号の身体に異変が現れる。


「が、がぁぁぁぁ!!?!?」


 それはRD8号が自身の体で感じた確かな痛み。皮膚という皮膚が溶岩の様に焼けただれボコボコと血液が沸騰する。


 その異形への変貌は徐々にRD8号の心と身体を呑み込んでいった。


「あ、熱い!? なんだこれ……身体が焼ける!?」

『ああ、そうそう。子犬ちゃん達の中にも『廃棄品』が混ざってるみたいだから、一つオレの方からアドバイスしてあげるよ。ゴミ虫はちゃんと壊れるまで使い潰してやらないとな! こんな風にさ、ギャハハハ!』

「がっ、がぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 ラタトスクの高笑いとRD8号の苦悶の声が戦場に木霊する。そして、その苦痛の叫び声は私たちの心にも暗い影を落としていた。


「……何よ、あれ」

『……ふん、下衆のやることは気分が悪くなるくらい悪趣味だね』


 ハイネやハンドラーマグノリアですら戦慄する光景。それは私の心に新たなトラウマを植え付けるのには十分過ぎる衝撃だった。


「ぐ、ぎゃぁぁあああ!」


 アイビスだったその姿は見る影も無く、身体が急激に膨れ上がり、まるで別の生物に変身するかの様にジワジワと皮膚の色が変色していく。


 皮膚に生い茂る強靭な鱗。目は蛇の様な三白眼。鉤爪は指よりも長く太く。そして腰回りには人間には必要のない尻尾が生える。


 爬虫人類リザードマン


 その変化は人類の限界値を超越する一つの答えなのかもしれない。


『さてと、これはオレからの置き土産だ。存分に楽しんでくれよ子犬ちゃん達。まぁ、生きて帰れる保証はないんだけど、ハハハ!』


 私はその狂人の笑い声に強い憤りを覚えた。


 別に手下を使うことも身を隠すことも卑怯だとは言わない。身内にも同じことをやっている人達がいるから。私自身も臆病だから人を盾にする行動に関しては多少は共感できる部分もある。


 でも、人の命をこんな形で冒涜するのだけには意を唱えたい。


 コイツは許してはいけない存在だ。


「ねえ、卑怯者。次に会う時はそのよく吠える口に銃口を捩じ込んであげるから。覚悟しておいてね」

『へえ、言うねえ。フレスベルクとニーズヘッグにも勝てなかった癖にオレに勝てると思ってるんだ?』

「今は無理でも『未来』は分からないでしょ。人の持つ『可能性』は明日が来るまで未知数なんだから」

『あっそう。じゃあ、とりあえずこの茶番劇ファルスを頑張って切り抜けてね。指令コードXXXトリプルクロス


 ラタトスクの命令に異形の戦士が咆哮で呼応する。


「ヴルゥア!? ガ・・・ガァアアアアアッ!!! 」


 完全に自我を失ったRD8号は破壊されたヘカトンケイルの『機械腕マニピュレーター』の一本を持ち上げ、それに自身の右腕を突き刺した。


『【規格外兵装オーバードウェポン】接続。メインシステム戦闘モード起動。さてと、そんじゃま、いっちょ行きますか!』


 機械と生命の融合。

 それは自然界では決してあり得ない事象の一つ。

 神の力に手を伸ばした者だけが得られる。奇跡の象徴。

 識別名【融機人種ネクサス】。

 後に組織が命名するそれはその先の戦場において世界樹の主戦力となる存在。強化人種エンハンサーすらも凌駕する可能性を秘めた新たな脅威の一つである。


『見せてみろよ。お前の《可能性》ってやつをさ』


 覚悟は決まった。私は、私たちは必ずこの戦いに勝ってみせる。

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