第22話 ★アドリブ力、大事です
『分かった。こうしようじゃないか』
カナリアのコンサートに行きたいと散々ゴネた結果、ハンドラーマグノリアは私に一つの妥協案を提示した。
『後日にはなるけど、個別でワンマンライブをやってやるよ。文字通り一対一のな。それで満足かい?』
「そ、それはチェキ会もありますか?」
『なんなら前払いでリモート通話くらいならさせてやるけどね』
「多忙なカナリアにそんな時間が取れるわけ……」
『どうやら本人が乗り気でね。お前の生存が分かったら真っ先に連絡してくれって言われてるんだ』
「分かりました。行きます」
『おや、即答かい? じゃあ、話は決まりだね』
もう、あれだね。この人理想の上司だよ。うん、そうに違いない。
ああ、
ああもう、ダメだ心が幸せすぎて爆発しそう……幸せ過ぎて辛い。
「まるでドリルの様な高速手のひら返しね。これだから厄介アイドルオタクは……」
「……お姉ちゃん。変な顔してて気持ち悪い」
二人の冷たい目なんてどこ吹く風。私は生きる活力を手に入れてテンション爆上がりで日本を離れた。
『彩羽ちゃん久しぶり〜。ちゃんと生きててカナリアは安心したよー』
日本を離れて三日後。組織が所有する輸送ヘリで当該地域最寄りの
「ふっ、当然だよ。カナリアに会うためなら命だって賭けるし。たとえ火の中水の中草の中森の中にだって行ってみせるよ」
『そっかぁ! ちょっと何言ってるか分からないけど彩羽ちゃんありがとー』
太陽の光すらも
スクショ! スクショ撮らないと! ええい何でこういう時に限ってスマホがないんだ! 個人の所有物持ち込み禁止とかクソゲー過ぎるでしょ!
『それでね。せっかくだから彩羽ちゃんに少し話しておきたいことがあってね』
幸福感を抱きながら悶えているとカナリアが切り出してきた。一体何だろうか?
『えっとね……』
「なーにー?」
『ごめん彩羽ちゃん。ちょっとその顔は気持ち悪いかな』
「ひゅ……さ、さーせんした!」
あ、ごめんなさい。調子乗りました。もう黙ります。だからそのドン引きした目はやめてください死んでしまいます。
「このガチ恋具合でカナリアと友達とか、嘘としか思えなんだけど……」
「お姉ちゃん。だから友達いないんだね……」
ここ数日間私に対してやたら冷たい二人から容赦のない言葉のナイフが突き刺さる。もうやめて! 私のライフはゼロよ!
『それで話っていうのはね。彩羽ちゃんにずっと内緒にしていたカナリア達の出生にまつわる【
ザザザザ。強烈なノイズ音の後にリモート通話の映像が固まる。
「ん? あれ? 故障かな?」
唐突な通信障害。いや、映像が動いている気配はあるのだが肝心のカナリアの姿が映らない。
『警告。あなた達の会話は【
暫くして音声だけが再び聞こえてくる。しかし、その声はさっきまで聞いていたカナリアの声とは異なっていた。まるで何人もの人が同時に喋っているような──そんな声だ。
「……ねえ、ちょっと! この通信誰かに傍受されてるわよ! これは……外部からのハッキング?」
ハイネが険しい顔でPCを操作する。そして画面に難解な文字列のウインドウが大量に流れていく。
『警告はしました。アストライアの猟犬。あなた達がその秘密に辿り着こうというのなら──』
ガシャン!
ハイネが険しい顔でノートPCの画面を叩き潰した。
「……アンタ達のやり方にはもううんざりなのよ」
そう吐き捨てるように呟いたハイネは破損したノートPCを床へと投げ捨てた。
「……この組織、ちょっとサイバーセキュリティの意識が低過ぎるわよ。仮に相手が
「……う、うん」
「はぁ、作戦前に前途多難ね」
大きなため息を吐きながら悩まし気に髪を掻き上げるハイネ。その顔には焦りに似た色が見えていた。
敵対勢力からのハッキング。
そんな不測の事態を増長するかの様に、目的地だった
『聞こえるかいガキども。少しばかり不味いことになった』
インカム越しにハンドラーマグノリアの無線通信の音声が流れると、着陸するはずだった輸送ヘリが再び高度を上げて
「不味いことって?」
私がそう聞き返すとマグノリアは苛立ちを募らせて答える。
『言わなくても外を見れば分かるだろ? 何処かの敵対勢力が施設を焼き払ったんだ』
それは何かしらの妨害工作なのか。あるいは闇討ちの類なのか。どちらにせよ穏便に事が済む状況でないのだけは確かだ。
『そこはもう使えないね。燃料の残り具合を考えると他の施設に迂回するのも厳しそうだ』
着陸できない。それはつまりいかなる手段を使ってでも目的地に向かうしかないというマグノリアからの遠回しな提案だった。
『というわけだ、悪いけどお前たちにはスリリングなスカイダイビングを満喫してもらうよ』
そんなマグノリアの言動に不満の声を上げたのは組織の新入りであるハイネだけだった。
「ちょっと! 予定外の降下作戦とか冗談じゃないわよ!」
「まぁ、だいたいいつもこんな感じだからね」
「うん。マオも慣れたから別に驚かない」
「海外のアニメエキスポで誰得の執事コスとかカジノで無理矢理バニーガールやらされたりする社会的な死をともなう任務に比べればまだマシな方だよね」
「うん。パラシュートがあるだけ優しい。すっごく高いビルから飛び降りた時に比べれば余裕」
「この組織アドリブ力高過ぎなんだけど!」
『ハッハッハ。人生は楽しまなくちゃ損だよ?』
顔が青ざめるハイネ。私とマオちゃんで「ドンマイ」とポンと背中を叩いて励ます。
「あ、あたし……実は高いとこは無理なんだけど! いや、フリとかじゃなくてガチのやつだから!!!」
そんな泣き言を叫びながらもハイネは輸送ヘリの非常口から華麗に飛び降りた。
「ほら、頑張ってハイネ。大丈夫、死ぬ時は一緒だよ」
「地獄に落ちてもマオたちが着いてるから。せーの」
「発言が重過ぎ──ひやぁぁぁぁ! 落下速度速過ぎ! 死ぬ死ぬ死んじゃう!!?」
厳密には私とマオちゃんで逃げれない様に拘束してから一緒に飛び降りたんだけど。まぁ、些細な違いだよね。
「いやぁぁぁぁ!! こんな組織もう辞めやてやるぅぅぅぅ!!」
暴力的な風圧と風切音。絶叫マシンよりもスリル満載な急降下スカイダイビングを体験したハイネは無事に地上に着陸した瞬間に腰が抜けたらしく、口から魂が抜け出ていて暫く固まったまま動かなかった。
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