Chapter2

第9話 ★学園ラブコメ?何それ美味しいの?

「それじゃ、昼休みのついでに任務のミーティングを始めましょうか」


 四限が終わるや否や私のクラスにまで来て「烏丸さん。ちょっと着いてきて」と強引に人を屋上に連行する山田花子シグネットさん。


「……山田さんは変な時だけ強引だね。人目を気にするなら呼び出しの段階から気をつかってよ」


 学園内でも普段から目立たない努力を徹底してきたのに……転入生の呼び出しという嫌なサプライズのせいでこの半年の努力が一瞬で水の泡になってしまった。


「それもそうね。じゃあ、彩羽。今のうちに連絡先アドレスを交換しましょうか。スマホ貸して」

「…………」

「え、何その微妙に嫌そうな顔。意味わかんないんだけど?」


 そうか、私は今嫌そうな顔をしていたのか。

 別にスマホは個人情報の塊だから貸したく無いとか、プライバシーの侵害だとか言うつもりはないけど。


 何というか、情緒が無いというか言い方が雑というか。


 端末デバイスごと受け取るとか合理的にもほどがあるでしょ。


「ああ、安心して。待ち受けにアニメキャラの壁紙とかメールボックスにメンズ地下アイドルへのお気持ち表明ポエムの下書きとかあってもあたしは別に気にしないから」

「主にそういうところだよ。陽キャの嫌なとこは」

「は? 何の話よ?」

「……いや、好きにして」


 指摘すると確実に面倒な事態に発展すると予想した私は新しい相棒との不仲を生まないために渋々と要求をんだ。


 やはり学園だかといってラブなコメディが起こるとは限らないか。残念だよ。


 美少女と連絡先アドレスの交換とか学生ならちょっとしたイベントだと思うんだけど。


 いや、私は一体何を期待しているんだ。

 普通の学生生活は昨日でもう終わったでしょ。


「うーん。予想以上に登録しているアドレスが少ないわね。彩羽って現実世界リアルの友達いないんだ?」


 スマホを眺めて失礼なことをポツリと呟く山田さん。


「……その言い方はオンラインでなら友達がいると?」

「ん? いや、妄想エアの友達」

妄想エアの友達」


 幻聴とか聞こえて来そうな友達だね。ネット内の友達より酷い。

 それを公言したら完全に痛い人だ。


「ほら、今のご時世だとバーチャルアイドルとか流行ってるじゃん? 何か二次元的な友達とか恋人がいるんでしょ? 彩羽みたいな根暗陰キャって」

「百歩譲って私が根暗陰キャだとしても、バーチャルアイドルや二次元の恋人にはちゃんと声優という『中の人』がいるから、完全に妄想エアという解釈には意を唱えたいかな」

「うわっ。声優オタとかキモっ。彩葉ってAIチャットとかに悩みとか相談してるタイプでしょ。キッモ」

「…………」


 黒光する害虫を見た時の様な目で私を侮蔑ぶべつする山田さん。

 解せぬ。私は別に間違った事を言ったつもりは無かったんだけど。それにAIチャットに悩みを相談するのは別にキモくないでしょ。


「そんなんだから転生しても友達がいないのよ」

「待って、さも私が二度目の人生を送っているかの様な発言は止めてよ。第三者からあらぬ誤解を受けるから」

「いや、第三者って誰よ。ここにはもうあたしと彩羽しかいないけど?」

「そうじゃなくて、いやそうなんだけど……」


 辺りを見渡すと屋上にいるのは私と山田さんだけだった。

 ふむ、なら問題ないか。

 他人がいないならわざわざ山田さん呼びする必要もないか。


「はい、あたしの連絡先と連絡手段のトークアプリは入れておいたから後でちゃんと確認しておいてね」

「うん。分かったよ」


 スマホを受け取り画面を確認すると見慣れぬアプリが一つ増えている事に気付く。


 あの漫才めいた無駄話の間に操作を終えるとは中々の手際の良さだ。流石は現役JKというべきか。いや、私も一応は現役JKなんだけど。

 

「はい、じゃあ次はこれ受け取って」


 そう言ってポンと手渡されたのはラップに包まれた黄色い球体だった。


 ──これは一体?


「日本人って昼食ランチは『おにぎり』が定番なんでしょ? あー、一応言っておくけどあり合わせで作ったやつだから味はあんまし期待しないでね」

「……うーん。なんていうか雑なんだよなー」

「はぁ? あり合わせで作ったって言ったでしょ!? お弁当作ってもらっただけでも感謝しなさいよね!?」

「違うの。出来栄えの話じゃなくて」

「…………うん?」


 何言ってんだコイツという目で私を見やるシグネット。

 どうやらこの子は学園ラブコメという概念が理解出来ないようだ。


「……余計なお世話だった? いらないんだったら返して、残飯処理は作った人が責任持って食べるから」


 何を思ったのか、飼い主に叱られた犬みたいにシュンと意気消沈するシグネット。


「いらない? 何言ってるの? シグネットが作ってくれた物を残すなんて、あり得ないでしょ」


 ラップを取り黄色い球体にかぶり付くと中から赤い色のご飯が出て来た。


「……なるほど、これはおにぎりに見立てたオムライスなんだね。凄く美味しいよ」


 食べて見ると甘塩っぱいケッチャップライスと甘い薄焼き卵が見事にマッチしていた。


 コンビニでは定番の品だけど、こうやって手作りの物を食べると味が格別だと思えるから不思議だ。


 振り返れば、この半年間の食事は本当に味気のない物だった。


「ありがとうシグネット。久しぶりに食の喜びを感じたよ」

「ふん。大袈裟おおげさね」


 居心地が悪そうに顔を背けるシグネット。礼を言ったつもりなんだけど、どうやら今の彼女は機嫌が悪いらしい。


「ところでお弁当は一つしか無いの? 出来ればもう一つくらいは欲しいかな」

「しょ、しょーがないわね。もう一個あげるわ」

「ありがとう助かるよ」


 もう一つ受け取ってありがたく頂戴していると、私の顔をジッと凝視する碧眼があった。


「ほんと、昨日といい秒で食べるわね。食べるのに抵抗とかないのかしら……」


 どこか恨めしそうな顔でブツブツと小言を呟くシグネット。

 抵抗? 毒の話だろうか?


「ふむ、心配してくれるの? 昨夜も言ったけど毒殺の心配なら無用だよ。ついでに言えば私は食中毒や病原菌にも多少の免疫があるんだ」

「いや、そういう問題じゃなくて」

「……何か問題でもあるの? シグネットが作ったのならむしろ安心して食べられると思うけど?」

「いや、そうじゃなくて……ごめん。なんでもない」

「……?」

「はぁ、文化の違いなのか彩羽の神経が鈍いのか判断に困るわね」

「…………??」


 シグネットは一体何が言いたいのだろう。甚だ疑問だ。


 閑話休題。そんなことがあって数分後。


「今回の任務はこの学校に潜伏している麻薬密売組織の『売り子』の特定と入手経路の調査よ」


 シグネットから告知された任務は身に覚えのある内容だった。


「……それなら既に解決済みのはずだよ? 売り子だった社会学の教諭は春先に警察に逮捕されて今はブタ箱の中だし」

「詰めが甘い。ついでに言えば考えも甘い」


 ピシャリと、子をしかる母親みたいに私を注意するシグネット。


「あんたが匿名で警察に密告タレコミしたのは下調べの段階でこっちも把握してるから。手っ取り早く言うと警察に任せたから『取りこぼし』が起きたのよ」

「……まだこの学園に売り子がいるの?」

「いるから言ってんの。闇バイト関連でね。悪いけど他力本願に頼ったツケはあんたにも払ってもらうからね?」


 言ってシグネットはポケットから一枚のルーズリーフで作ったメモを取り出した。


「はいこれ。売り子の容疑がある生徒のリスト。放課後までに名前と個人情報プロフィールを把握しておいて」


 受け取ったリストには学年も学級クラスも性別もバラバラな学園の生徒二十名の名前と個人情報が記載されていた。


「へえ、仕事が早いね。いつの間に調べたの?」

「昨夜よ。学校の防犯装置セキュリティに細工するついでに学校のホストPCに接続アクセスしてあらかじめデータを抜き取っておいたの」

「なるほど、シグネットは存外と手際が良いんだね」


 その抜かりのなさを目の当たりにするとシグネットと昔の相棒がどこか重なっている様に感じる。


「放課後になったら接触しやすい三年生から順に『探り』を入れるから。まっ、“根暗陰キャ”のアンタに聴取はキツいと思うけど? これも経験だと思って割り切りなさい」


 シグネットの薄ら笑いにどこか人を小馬鹿にした態度が垣間見えるのは単純に私の被害妄想なのだろう。私、割と社交的な方なんだけどなぁ……たぶん。


 どちらにせよ不特定多数の生徒との接触はなるべく避けたいかな。


「悪いけど、その必要はないよ。時間がかかる手段はスマートじゃないから。それに断つなら『根本』からやるべきだよ」


 一人一人に声を掛けるなんてダルい方法は警察にでもやらせておけばいい。


 こっちは非合法が売りの猟犬ハウンドなんだ。不本意だけど、汚い手を使うのには慣れている。


「根本を断つ? まさか、組織ごと潰すの?」

「うん。詰めが甘いと言われたからには今度は徹底的にやるよ」

「……何か良い方法があるの?」

「もちろんだよ。手段を選ばないなら最善の方法があるよ」


 怪訝けげんな面持ちのシグネットに私は、回答の代わりにある一つの組織の名を挙げる。


「【尻尾のない音楽団ブレーメン】」

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