超常決戦
白雪工房
決戦、プロローグ。
ある日唐突に出現したそれを見て、
ニュースキャスターが言った。
「見誤りようがない地球滅亡の危機」と。
小説家が言った。
「今まで世に溢れていたフィクションが現実になった」と。
人気番組のコメンテーターが言った。
「実に度し難い非現実である」と。
総理大臣が言った。
「未曾有の危機であり、我々は一致団結して立ち向かわなければならない」と。
とある中学校の教師が言った。
「明日から、学校は休みです、そしてもう再開する事は無いでしょう」と、
それを聞いたある男子生徒は、
「最高じゃねぇか、休みで、しかも世界の危機なんて」と言った。
その生命体が地球で観測されたのはおおよそ8月の最終日ということになる。
なぜおおよそなのか、それは最速の観測者たり得たはずのアメリカ合衆国が跡形もなく消し飛んでしまったからに他ならない。アメリカ合衆国、というかその辺りの国が軒並みその生物の誕生で吹き飛んだらしい、とかなんとかいうニュースが幸いにも滅ばなかった国で放送された。
まぁしかし実際そんなニュースを聞いたところで単なる中学三年生である
もっと世界に興味を持てと彼の周りの旅行好きの一人は熱く語ったが、海外旅行の経験が無いまま高校生になる人間がそれ程少ないということもないだろうし、それで何か不都合することもないだろうと弦貴は思う。それにその知り合いは不幸にもアメリカで最初の被害者になった。
そんな有様を見せつけられれば本来、弦貴が母国以外に対する興味をもつ理由もなかった。
しかし、生憎彼は国が消えた以外のところには興味があった。興味を持ってしまった。
「怪獣、もしそんなモンが生まれたってんならこのオレが直々に倒してやらなきゃな」
彼はそう呟く。右手では器用にペンを弄んでいる。
通常なら単なる戯言で終わる台詞だが、怪獣が生まれたというのも間違いではなかったし、彼がそれを倒すための力を持っているかも知れないというのもまた事実だった。
しかし、その前に。
「宿題は終わらせないとなぁ」
彼は眼前の宿題を終わらせることにした。
何せ弦貴少年は救世主とかそういう大仰なものである以前に学生なのである。
学生の本分は勉強なのである。例え、それが世界滅亡の危機であったとしても。
生憎、その宿題を出した担任教師は数日前に怪獣のせいでも何でもない交通事故(それが怪獣から逃げようと出発させた車だったことを考えれば、間接的には怪獣のせいだったとも取れるかも知れないが)で亡くなっていたが、それはそれとして宿題は目の前にある。
彼に己の宿題から逃げる気は無かった。
なぜなら、休みの最初のうちに宿題は終わらせておくべきだと弦貴は理解していた。
というのと、彼はそれなりに、出された課題はしっかりこなすという意味では、よくできた生徒だったのである。
そして、そんなこんなで世界が滅んだ。
刺刀弦貴が宿題を終わらせるまでに、実に二週間かかった。
出された宿題の量を考えれば妥当と言ったところだろうけど、世界を救うには少し遅かった。
少しばかり遅すぎた。彼が最後のページに赤ペンで丸を付けた瞬間、彼の住む町は彼を残して跡形もなく消し飛んだ。勿論宿題も消し飛んだ。彼の二週間は無に帰した。
勿論、彼の服も消し飛んだので今や彼は全裸だった。
憤慨、ある種の義憤に駆られた弦貴は攻撃の方向を確認するように空に目を向けた。
雲ごと吹き飛ばしたような一面の青空。そこに何かいる。
彼はマサイ族を遥かに超える視力でその正体を確かめようとした。
しかし、その必要は無かったようだ。それは次の瞬間、彼の目の前に立っている。
彼の感想としては、それは長身の宇宙人のような生き物だった。
人型に極めて近く、でも色々な箇所が少しずつ違う。それに服を着ていない。
そこはお互い様だが。
「何だお前?お前がオレの宿題を消したやつか?」
「君こそ何だね、私の攻撃を食らって無傷とは」
二人は一言交わすと互いに全力で地面を蹴り砕いて、それぞれ真逆の方向に向かって跳んだ。
刺刀弦貴は考える。あれは何だろう、…もしやあれこそ噂に聞く怪獣か。
そういえば、ニュースで怪獣の進撃は止められないと言ってはいたけど。
もう俺の町までやってきたというのか。
そしてふと、さっき脚力で飛んだ勢いは殺さずに地上の様子を眺めて、
「何にしたって、もしこれをやったのがあいつなら、オレはあいつを倒すべきだな」
と一人納得した。彼が見下ろした場所、彼がさっきまで平穏に生活を送っていた町には大きな穴が空いている。おそらく彼の知人は誰一人、生き残っていやしないだろう。
彼は、はぁと息を吐いて、胸に手を当て、叫んだ。
「絶望に抗う光!エスペランザシャイニングッ!!!!」
次の瞬間、彼の体躯が眩い光に覆われる。
「それ」は考える。あいつは何なんだ。今まで彼、或いは彼女が消し去って来た場所で、ああいう風に生き残っていた生物はいなかった。ほんの誤差くらいで耐えるやつはいたけれど、あれくらいの頑丈さのやつは一匹だっていなかった。もしかして、もしかしてと僅かに「それ」は期待する。自分と平等に戦える相手なのかも知れない。
「それ」はもう、生まれたときと同じだけのエネルギーを発揮することができなかった。
けど、大抵の生物は腕の一振りで消し飛んだし、少し力を溜めれば町の十個や二十個は簡単に消滅させることができた。それが些か退屈で仕方なかった。
要するにそれは飽いていた。強敵に飢えていたと言い換えても良い。
しかし、今のは少し疲れた。「それ」は思う。
さっき、攻撃をしたとき、妙な抵抗力があって危うく弾き返されそうになったのだ。
それは初めての経験で少し焦ったけれど、おそらくそれがさっきのあいつだったのだろう。
ともかく、今は少し休もうと「それ」は瞼のような瞬膜のような物を閉じた。
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