③ はなむけの言葉 (回想:半月前)
「ユニ様、おかえりなさい。スコル様はなんと?」
私が宮廷へ出向いてから、部屋を整えてくれていたラス、アンジュに、政略婚の話を打ち明けた。
「私、世界の果てへでもユニ様についていきます!」
「あ、こらアンジュ、俺の言おうとしていたことを! 私だってユニ様がお望みくださるなら、地獄の果てへでもお供いたします!」
ああ。嬉しいなあ。この子たちを、もう戻って来られるかも分からない、国外へ連れて行っていいか不安だったの。
「ありがとう。じゃあ、“あちら”で挨拶をしてくるわね」
中断させてしまった片付けを任せ、私はまた自室をあとにした。
side:サーベラス
「…………」
ユニ様が行ってしまわれた後も、扉をじっと見ていた俺にアンジュが問いかける。
「ラスさん、本当に決まってしまいましたね?」
「ユニ様が選ばれることに、一抹の不思議もないしな」
「ラスさんが骨を折った甲斐がありましたねぇ~~」
「俺はどこの骨も折ってないぞ」
正直、俺の行動が、ユニ様の
2ヶ月前のことだった。
────「お呼びでございますか? スコル様」
珍しくユニ様の父君、スコル候の事務室に呼び出された。
「うむ。ユニヴェールの手記か何か、手跡が分かるものを持ってこい」
「何にお使いになられるので?」
「そのようなこと、お前ごときに話す理由など……おいっ、そんな狂人のような目をするでない!」
ユニ様に不利益をもたらすことは徹底的に排除しなくてはならないからな。あの方のためなら俺は自分の命すら惜しくないことを、スコル候も分かっておられるだろう。
「実はな、スクルド国第三王子の花嫁候補をウルズの公候爵家から広く募るとの話でな。娘がいれば名乗り上げる必要が出てきた」
「なんですと……」
「ユニヴェールなど外に出しても恥ずかしい娘だ。いないものとするつもりであったが」
婚姻を結んだ家には相当の見返りがあるため、娘はすべて駒としたい、か。狸親父め。まぁどこの家の主も同じだしな。
「釣書に手跡が分かるものを付けて寄こせと、スクルド国からの達しだ」
「承知いたしました。翌朝までにご用意いたします」
ユニ様は勉学に熱心でいらっしゃるのだ。いくらでも差し出せるが……。
「ラスさん、お呼びですか~~?」
「来たか、お前も手伝え」
「うわぁ、すごい量の手記ですね!」
俺はアンジュをユニ様専用倉庫に呼び出した。ここには俺が齢10でユニ様に仕え始めた頃からの、ユニ様の手記、学習用記録帳、工芸品など、あらゆる創作物をひとつとして漏らさず保管してある。
「この山積みの中から何を探すんですか?」
「ユニ様は確か、3年前の8月第4の週にスクルド語の詩集を嗜み、見事な自作も書きとめられた。それを探すんだ」
「うわぁ、週まで憶えているなんて怖いですねぇ。でもそれは間違いです。8月第3の週が正解です!」
「お前も怖いわ! とにかく、3年前の作品は多分、この辺にあるはずだから」
「はいはい、私が先に見つけちゃいますよ!」
そして夜通し探し続け、鳥のさえずる明け方、なんとか探し物は見つかった。────
今頃、ユニ様は“あちら”で“彼ら”と別れを惜しんでおられるかな……。
「ラスさんはこれで良かったんですか?」
「……ユニ様の、今後の道がいかに険しいものであろうと、この
「そういう意味ではなくて……まぁいいや。ユニ様がきっと隣国の王子様と楽しくお過ごしになられることを、朝から晩までお祈りしましょう!」
「お前は仕事しろ!」
俺は神をろくに信じちゃいない……。だが、ユニ様にだけは、神のご加護があらんことを────。
***
「“みなさん”に報告するの、少し緊張するわ……」
いつものように、“私だけの、心落ち着く場所”にやってきた。
スコル家の敷地内にて、しめやかにたたずむ図書館。何代もの当主に守られてきた、重要書物の多く眠る立派なこの施設は、現在のスコル一族に見向きされず、もはや過去の遺物といっても過言ではなかった。
幼き日、私はただ居場所を探していた。父や後妻やその連れに見つからない場所を。そうして逃げ込んだ先がここ。
「もうお別れなのね……」
この空間が私を育ててくれた。ここの……多くの書籍、史料が。
それらを著した様々な人物が、私に教えてくれた。多くの、この世の
私は外へ出ることができなかったけど、彼らの見聞した様々な世界を知ることができた。
彼らの綴る文字から、広い世界へ思いを馳せた。楽しかった。
ここにいる私は、心の底から笑ってたと、ラスとアンジュが言っていたっけ。ここでは私、笑えるみたいなの。
「でも、とうとうお別れ。みなさん、長らくお世話になりました」
書棚に囲まれ、堂々と自己流カーテシー。
すると、清らかな魂の色がぽつぽつと浮かび、それらは私に合わせ、人模様に変化する。
“ユニヴェール、行ってしまうのか”
“それはさみしいな”
“でも、君は外の世界に出られるんだね。めでたいことだ”
私の唐突な報告に、彼らは惜しみない餞別の言葉を手向けてくれる。
「嫁ぎ先でも、自由にはならないと思うけれど……」
“いや、すべては君の心次第だ。君は広い世界に羽ばたけるよ”
“ユニヴェールの門出に乾杯しよう!”
“我らはもう呑めないけどなァ”
みな朗らかに笑い合う。ふと、先ほど浴びせられた言葉、「悪しきものに憑りつかれた……」が脳裏を過る。
髪の色とはたぶん関係ないけれど、人に今のこの状態をのぞかれたら、私は亡霊に憑りつかれた哀れな生者に違いない。
いつ頃からか、今は亡き、書物の著者から話しかけられ、読むより
家庭教師もろくに付けられなかった私だが、これ以上にリアリティ溢れる教師陣は存在しないだろう。
ここにいると、私は大丈夫だと思える。でも、出ていかなくては。
見知らぬ世界へ飛び立つのは、とても怖いことだけど。
「みなさんが私の
頑張れ頑張れと、思い思いの声援を受け、私はスクルド国へ旅立つ日を迎えた。
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