第23話 1年後(本編完結)
1年後。
私の庭に、オレンジ色の花びらに黒い線がうごめく花が咲きほこった。
「うわあ、すごい! 素晴らしいねっ!!」
興奮気味に声をあげる私の傍で、アルが、あきれた顔で言った。
「素晴らしいか? まあ、数が多いだけに不気味さは圧巻だ。……でも、ライラ。あの時の花をよく育てようと思ったな……」
そう、この花は、パトリックとアンナさんの事件から生まれた種を育てたもの。
こぼれ落ちた種を、全部回収してくれていたアル。
私が喜んで植えると言った時、アルは驚いた顔をしていたっけ。
すぐに、私は、自分の庭をひろげて、沢山の種をひとつ残らず植えた。
そして、1年がたった今日、一斉に花が咲いたのだ。
「自分の手のひらから生まれた種だからね。全部植えたい」
「だが、ライラを殺そうとした者の邪気からとれた種だぞ?」
「うん。でも、やっぱり、私は、どんな花が咲くか知りたいし、見届けたい」
と、力強く答えた私を見て、ふっとアルが笑った。
そういえば、昨日、魔力治療院から退院したパトリックから謝罪の手紙が届いた。
花が開く前日に届いたのも、なんだか偶然とは思えない。
パトリックは、お兄様のルドルフ様の監視の元、厳しいと評判の他国の学園に留学するそう。
手紙には、今の正直な気持ちが書いてあった。
「入院してから、ずっと考えていた。魅了にかかっていたとはいえ、ライラにだけ、ひどいことばかり言ったのは、心の底に、ライラより優位に立ちたいという思いがあったのかもしれないと。兄への劣等感で歪んだ気持ちをぶつけてしまっていたのではと今なら思う。そんな僕の邪な心が、アンナを引きよせ、魅了の力を高めてしまった。僕が真っすぐにライラを愛してさえいれば、絶対にかからないほどの弱い魅了の力しかアンナは持っていなかったから。ライラ、本当に申し訳なかった。ひどい言葉で、長い間、傷つけてしまって。いつか直接会って謝りたい」
謝罪は、この手紙で十分だよ、パトリック。
長く、パトリックにかけられてきた言葉は、気にしないようにしていたけれど、私の心の奥にずっしりと積もっていた。
でも、種を植えて、世話をしている間に、だんだん消えていったんだよね。
だから、パトリックに対して複雑な気持ちは、もう何も残っていない。
アンナさんに対しても同じだ。
私の身近な人たちは、この1年、私に二人のことを耳に入れないよう気を使ってくれていた。
なので、アンナさんのことも、私がしつこく聞いて、やっと、お父様が言葉を濁しながら教えてくれた。
それによると、アンナさんは、未だ不安定な精神状態のままで、拘束されて治療を受けているらしい。
なんでも、自分の限界を超えて魅了をしていた為、長く魅了の力が暴走しているような状態だったアンナさん。
そんな状態で魅了の対象者であるパトリックと離れたことで、魅了の力が逆流して自分に魅了をかけ続ける状態になっているそう。
そのため、他者が認識できなくなるという深刻な状況に陥っているみたい。
「長かったな……」
と、アルがつぶやいた。
「ほんとだね。1年もかかったもんね。アルも気持ち悪そうにしながらも、よく手伝ってくれたよね。ここの花たちに愛着がわいてきた?」
「いや、まったく。でも、花として咲いて喜んでいるような気がする」
「やっぱり?! アルもそう思う? 私も毎回思うんだよね。……それにしても、ちょうど、アルがいる時に咲いてくれて良かった」
「花も気を使ったんだろ」
「そりゃあ、1年も世話してもらったんだもん。花たちも感謝してるよね」
アルは学園が休みの日に、王都から辺境まで通って、この花たちの世話を手伝ってくれた。
私の変わった能力は限られた人にしか言っていないから、庭が広くなっても私が一人で世話をしている。だから、アルが手伝ってくれて、本当に助かった。
「いや、そうじゃない。……実は、この花が咲いたら、ライラに言おうと思ってたことがあって……」
そう言うと、アルは手に持っていたバケツをおろし、私の方に向き直った。
「俺はライラが好きだ。俺と結婚してくれ」
「え? ……えええええっ!?」
「これからもライラと一緒にいたい。どんな不気味な花でも、育てるのを手伝う。どうだ?」
「いや……、どうだって言われても!? あ、それに、アルは王子でしょ!」
「辺境伯に婿入りできるよう、とっくに外堀は埋めている。俺が、1年も、ただただ、のんきにここへ通ってたと思うか?」
と、切れ長の目を細めて意味ありげに微笑んだアル。
「だから、他のことは何も気にするな。すべてはライラの気持ち次第だ。これから先も俺と一緒にいてくれないか?」
アルの紫色の瞳が、まっすぐに私を見つめてきた。
突然の告白に驚いたけれど、すぐに心は決まった。
私は、いつの間にか、アルが来てくれる日を心待ちにするようになっていたから。
「アルといると楽しい。アルと一緒にいたい」
と、答えたとたん、アルにやさしく抱きしめられた。
その時、いっせいに花が散り始めた。花びらが、光の粒に姿を変えていく。
心地のよい風にのって、光の粒は光の帯となり、空へとのぼっていった。
そして、全ての花は跡形もなくなり、土に戻った私の庭。
「アル、これからもどんどん不気味な種を植えていくけれど、手伝ってくれる?」
「もちろんだ! 任せとけ」
「じゃあ、手始めに、王都でしか手に入らないような黒い煙をつけてきてね。珍しい種が生まれたらいいなあ!」
「おい! ライラは花の種さえもらえればいいのか!?」
「そう、私は、花の種さえもらえれば満足なんだよ……。なんて、そんなことを思ってた時もあったな」
でも、今は、アルと一緒にいられたら、それだけで大満足だ。
(完)
※ 本編は完結です。読んでくださった方、ありがとうございました!
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