第5話 薔薇園の密会

◇◇◇


「やあローズ、久しぶりだね」


「エリック殿下もお元気そうで何よりです」


 薔薇の香る庭園にあるガセボで、にっこりと微笑みあう二人。


「最近君がとある少女を突然養女に迎えたと聞いてね。一度会っておきたいと思ったんだ」


「ええ。とても優秀で可愛らしい娘ですわ。アルカナ公爵家の立派な跡継ぎになってくれると思います」


 紅茶のかぐわしい香りに目を細めながら、エリックはローズを真っすぐに見据えた。


「……正直に答えて欲しい。その子がダトリー男爵令嬢の娘というのは本当か」


「どこからその話をお聞きになったのかしら」


「僕にもそれなりの伝手があってね。まさか、彼女が子を産んでいるとは思わなかった」


「ええ。わたくしも驚きましたわ」


 見つめあう二人。


「兄上の子だね?」


 ローズはそっと目をそらした。


「やはり。あの子をどうするつもりだ?君にとって不快な存在だろうに」


「どうしてそう思いますの?」


「婚約者の不義で生まれた子など、見たくもないだろう?」


 かつてローズの婚約者であるライアン殿下とダトリー男爵令嬢の親密な関係は、社交界でたびたび噂になっていた。筆頭公爵家の娘であるローズを正妃に迎えたあと、ダトリー男爵令嬢を愛妾として迎えるのではないかともっぱらの評判で。今は王太子となったエリックは、ローズを蔑ろにする兄の行いにたびたび苦言を呈していたのだ。


「兄上も、本当に愚かなことを。どこまで君を傷つけたら気が済むんだ」


 苦しそうに顔を歪めるエリックに、ローズは微笑んで見せる。


「いいえ。わたくしはあの子に逢えてよかったと思っているの。強がりなんかじゃないわ。本当よ」


「ローズ、君って人は。でも、兄上の子なら、王室としてもこのままにはできないぞ?いつまでも隠し通すわけにもいかないだろう?」


「分かっていますわ。陛下にはわたくしの口から直接ご報告いたします。それまで内密に……ライザ!?」


 ローズの視線の先には、胸に沢山の花束を抱えたライザが目からぽろぽろと涙を零れさせていた。


「あなた、今の話を聞いていたの」


「お義母様。ごめんなさい、私、このお花を届けようと……ごめんなさい。わたし、やっぱり……し、失礼します!」


 ライザは混乱していた。やはり自分は不義の子だった。それも、よりによってお義母様の婚約者が裏切った末にできた子だったのだ。


(どうしよう、どうしよう!)


 思わずその場を逃げ出そうとしたライザを引き留めたのは、エリックだった。


「逃げなくていい。僕は君の血の繋がった実の叔父だ」


 力強い言葉に、ライザは思わずエリックを見上げる。


「初めまして、エリックだ」


「お初にお目にかかります。アルカナ公爵家のライザです」


「ライザか。いい名前だ」


「……ありがとうございます」


「少し話をしよう。ここに座ってくれ。ローズも、いいな?」


「ライザ、こちらへいらっしゃい」


「はい……」


 人払いをしていたのか、ガセボにはローズとエリックの二人きり。空いている席などない状況にとまどっていると、ひょいっとローズの膝の上に抱きかかえられた。


「お、お義母さま!?お、重たいですから下してください!」


「いいじゃないの。親子なんだもの」


「お、お義母様……」


 ぎゅっと抱きしめられて思わずまた涙がこぼれる。


「ライザ、わたくしはあなたのことを疎んでなんていないわ。本当よ」


「でも、でも……私の両親は……」


「わたくしの話を聞いてくれるかしら。エリック殿下も」


 そういってローズは美しく微笑んだ。

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