第11話
恐る恐る、成瀬さんに近づく。
うう、なんか眩しいし、めっちゃいい匂いがする。
私はこれからこの子と遊ぶのか。並んで歩いている姿を想像し、思わず足が止まる。
一人で悶々としていると、成瀬さんが私に気がついて、満面の笑みを浮かべながらこちらに手を振る。
「あ!星乃さ....なんでそんな顔してるの?お腹痛いの?」
成瀬さんが心配そうな顔をして、私の顔を覗き込む。
「いや、なんでもないよ。こんな可愛い子と二人で遊ぶのかって考えてたら、胃が痛くなってきただけ」
私がそう言うと、成瀬さんが一瞬固まる。
次の瞬間、ハッと何かに気づいたような表情になり、最後はわたわたしている。
なんだこのかわいい生き物。
「あ、ありがと。そういう星乃さんだってめっちゃ可愛いじゃん。似合ってるよ!」
「そっか。ありがとね」
「すごい棒読みだ......」
成瀬さんのお世辞を軽く流してから時計を見ると、ちょうど10時半になったところだった。
今更だが、この時間だとまだ店が開いていない。もう少し集合時間を遅くしても良かったかもしれない。
「まだ少し早いし、カフェにでも入る?」
私がそう提案すると、成瀬さんが首肯し、歩き出す。
その隣を一緒に歩き、カフェへと向かった。
カフェの店内でメニューを眺める。さっき飲んだから要らない、などと言うわけにもいかないので、抹茶ラテを注文することにした。
「成瀬さんはどうする?」
「うーん。じゃあ同じやつで」
しばらく待ってから、先に座席で待っていた成瀬さんの元へ二人分の飲み物を持って行く。
「ありがとー」
「どういたしまして。シロップもらってきたけど、使う?」
「星乃さんは気が利きますなー」
そう言いながら成瀬さんがシロップを一つ取り、カップの中に注ぐ。前はブラックコーヒーを飲んでいたけれど、甘いものも苦手ではないみたいだ。
「今日は来てくれてありがとね。てっきり断られるかと思ってたから、ほんとに嬉しい」
「え、そんなこと思ってたの?」
「まあね。だって、ゲームセンターで出会ったってだけの赤の他人じゃん?来る方が変だよ」
「......もう帰ろうかな」
「待って待って!変でも良いじゃん!ね?」
成瀬さんにそう言われると、変でも良いか、なんて思ってしまう。
もしかして、私ってチョロいのだろうか。そんなことを思いながら圧倒的な陽キャのオーラに気圧されて何も言えずにいた私を見ると、成瀬さんがわたわたし始める。
「え、ほんとに帰るの?あの、さっきのは冗談だからさ......。あ、そうだ!ご飯とかご馳走するよ?あとは......もし欲しいものがあるなら....」
成瀬さんの勢いが止まらない。しかも、途中から話が変な方向に向かってるし。
私は慌てて話を遮った。
「待って、ちょっと落ち着いて。私は帰らないし、ご馳走もしなくていいから」
「......ほんと?」
「ほんと。帰るって言ったのは冗談。ごめん」
私がそう言うと、不安そうな表情から一転、満面の笑みを浮かべる。その豹変ぶりに思わず魅入ってしまった。成瀬さんは表情で感情を表現するのがとても上手だ。不器用な私には真似ができないから、少しだけ羨ましく感じてしまう。
「そっか......よかったぁ......」
「でもなんか意外だね」
「ん?何が?」
「どっちかと言うと成瀬さんがご馳走される側だと思うんだよね。貢がれる、みたいな。だからそんなこと言うなんて、意外だなって」
私は素直な感想を告げる。すると、一瞬、成瀬さんの表情が凍りついたように見えたが、すぐに元の表情に戻る。
「そんなことないよ?わたしはほら、推しには貢ぐタイプだし」
「へえ。そうなんだ」
「あくまで例えの話で、本当に貢いだことはないけどね」
少し困ったような顔でそう告げる。
趣味嗜好なんて人それぞれだし、意外という表現は良くなかったかもしれない。
「星乃さんは大事な友達だから、ご馳走するくらいは良いかなって」
「出会って2週間くらいしか経ってないのに?」
「長さより濃さが大事だと思うんだよね。まさに運命の出会いって感じじゃない?」
「恥ずかしいからやめて」
なるほど。そういう考え方もあるのかもしれない。
運命の出会いという部分だけはしっかりと否定しながら、成瀬さんとの出会いを振り返る。
見知らぬ人と二人でカフェに入って共通の趣味を語らう日が来るなんて、過去の自分に言っても絶対に信じないだろう。今思い返せば、なかなか思い切ったことをしたな。まあ、私は流されただけで大したことはしてないんだけど。
そんなことを考えながら抹茶ラテを堪能していると、近くの席から、どこかで聞いたことのある(ような気がする)声が聞こえてくる。
「あれ、星乃じゃん」
声のする方を見ると、露出が多めで派手な格好をした少女が反応を伺うように私の顔をじっと見ていた。
「えっと。誰......?」
「はあ?なにそれ。ウケ狙い?」
「......私はあなたを知らないので多分人違いですね。それじゃ」
少しめんどくさくなってきたから、会話を打ち切って成瀬さんの方を向こうとすると、焦り気味でこちらに身を乗り出してくる。
「え、ちょっと!私のこと忘れたの!?同じクラスの桜井!
「初めまして。星乃です」
「だから知っとるわ!」
記憶の中を探ってみても、桜井さんという名前のクラスメイトのことを思い出すことができない。だけど、このままだと店中の注目を集めてしまいそうだから、とりあえず話を聞くことにした。
「ごめん、ほんとに覚えてない。話したことあったっけ?」
「何度も話したことあるでしょ。普通にショックなんだけど....。まあ、あんた基本的に誰とも
「まあそうだね」
「即答すんな」
怒りながらもきちんと話をしてくれるあたり、かなり優しい子なのかもしれない。悪いことをしたかな、と考えていた時だった。桜井さんの視線が私の顔から成瀬さんの顔に移り、止まる。
「あれ......もしかして、成瀬?」
桜井さんが成瀬さんの名前を口にする。
成瀬さんの方を見ると、少し下を俯きながら唇を噛み締めていた。
「成瀬さん?どうしたの?」
私が尋ねると、成瀬さんがぎこちない笑みを浮かべる。
「え、ううん。なんでもないよ。久しぶりだね。桜井さん」
「久しぶり!すごく雰囲気変わったから、危うく気が付かないところだったよ」
「え、あ、うん....」
二人は友達だったのか。まあ、成瀬さんは友達が多そうだし、不思議なことではない。だけど、なぜか二人の間には、重々しい空気が満ちていた。
そんな中、桜井さんが私と成瀬さんの顔を交互に見る。
「なるほどね。で、次はその子ってわけ?」
桜井さんが放った言葉に、成瀬さんの顔が怒りに満ちる。
「違う!そんなつもりじゃない!私はただ――」
成瀬さんが立ち上がり、声を荒げる。
私はというと、理解が追いつかず、答えを求めるように桜井さんの方を見る。
しかし、桜井さんも想定外だったのか、唖然とした表情を浮かべていた。
「ごめん。今日は帰るね」
成瀬さんはそう言うと、代金をテーブルに置いた後、足早に店から出て行ってしまった。
気まずい空気が流れる中、沈黙を破ったのは桜井さんだった。
「あー、ごめんね、デートの邪魔しちゃって。まさかあそこまで気にしてるとは思わなくて」
「別に、デートってわけじゃないけど。気にしてるって何を?」
しっかりと否定してから、気になったことを尋ねる。
「あれ、何も聞いてないの?」
「聞くって何を」
いまいち会話が噛み合わない。
「そっか。星乃には何も伝えてないんだね」
「だから、いったい何の――」
思わず聞き返す私の言葉を桜井さんが遮る。
「ごめんね。私から言うのは違うと思うから、本人に聞いてみて。あと、成瀬の連絡先知らないから、代わりに謝っといて!」
「なんで私が......」
「じゃ、そういうことで!」
言いたいことだけ言い放った後、友人らしき女の子と一緒に店を出てしまった。
一体なんなんだ。
「はあ。私も店を出よう」
二人分の料金を支払った後、店を出る。
空を見上げると、どんよりとした雲に覆われていて、今にも雨が降り出しそうだった。
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