16話「特別な日」(8/9)
リカルドがついてくると言って聞かなかったが、楽しいパーティを抜けさせるのが申し訳なくて断ったゴナン。1人、ゴードン邸を出ると、かつてない冷気がゴナンを襲ってきた。
「……?」
何かの気配がして、目線の先に発光石のランタンを向けると、白い小さな何かがフワフワと落ちてきている。
「……あ、これ、まさか、雪……?」
手の平を広げると、ふわっと白いものが落ちてきて、そして一瞬で融けてしまう。
「雪だ、すごい……」
夜なので、発光石の照明を受けた影しか見えないが、確かにフワフワと何かがたくさん降ってきている。しばし雪を捕まえようとしたり、口を天に向けて開けて食べようとしたりと1人ではしゃいだが、ふらりとめまいがした。
「……そうだった、俺、熱があるんだった……」
もっと雪を見ていたいが、ひどく底冷えのする寒さだ。熱がひどくなってはたまらない。ゴナンは自身の体の弱さにシュンとして、第一工場の中へと入っていく。
発光石で足元を照らしながらテントの方へ進もうとすると、正面から灯りが近づいて来ていることに気付いた。
(……そういえば、エレーネさんが着替えに来てるんだった……)
着替え終わってゴードン邸に戻るのだろうか? 対向の灯りが近づいてくる。やはりエレーネだった。
「あ、エレーネ、さん……」
「ゴナン、どうしたの?」
エレーネが優しく尋ねてくる。ゴナンはまた、ドギマギど狼狽えて、目線を下に落とす。緊張モードである。
「……あの……、俺、また、熱がでちゃって……。それで、先に休もうと……」
「……そう……」
「……?」
ゴナンは、一度伏せた目線を上げ、エレーネの姿をじっと見た。そして尋ねる。
「……あの……。エレーネさん……、どうして、荷物を、まとめてるんですか……?」
「……」
エレーネは旅装束に身を包んでいた。荷物も背中に背負っている。まるで、今から旅に出発するような……。
「……そ、それに……。その、手に持っている、荷物は……?」
「……」
ゴナンは、エレーネが右肩にかけている袋に気がついた。かなり大きい何かが入っている様子だ。ゴツゴツとしていて、まるで……。
「……な、何か……、機械を……、持ち出してる、ような……」
「……」
エレーネはその荷物をガチャリと地面に置くと、ふう、と息をついて、ゴナンにずいっと近寄った。そしてゴナンの両頬に両手で触れる。真っ赤になって固まるゴナン。
「……本当だわ。熱が高いわね。大丈夫?」
「……俺は、だ、大丈夫、です……。それで、あの……」
「ゴナン、背が伸びたわね」
そう微笑んで、すうっと右手でゴナンの首を、頬を撫でるエレーネ。ゴナンはさらに固まってしまい、動けない。
「……あ、の……」
「それに、なんだか骨張ってきて……。最初に会った頃より、随分男らしくなったわ」
そう言って、エレーネは両手でゴナンの頬を包んで自身の顔を近づけた。そのままゴナンの唇に唇を重ねる。
「……!!」
ゴナンは完全に固まった。耳まで真っ赤になり、何も考えられなくなる。エレーネはそんなゴナンの様子を観察して、さらに舌を入れて口づけ続け、両手でゴナンの首をすっとなで下ろす。唇が触れ合うだけの可愛らしいキスではない。
「……あ、の……っ!」
しばしの時を経て、ゴナンはようやくエレーネを突き放した。ゴナンの息は荒くなっている。
「……な、にを……。なんで……」
「……」
「……あの、……お、れ……。トイレに……」
そう言って、フラフラとその場を離れて、工場の奥にあるトイレへと向かうゴナン。エレーネは冷たい目線でその姿を見送って自分の唇を手で拭うと、足元に置いた荷物を手に取ろうとした、ところで……。
「……覗き見は悪趣味だと、ナイフに言われなかった?」
そう、工場の扉の方に声をかけた。そこには、雪に吹かれながら扉の隙間から中の様子を見ていたらしいミリアの姿があった。ゴナンの体調が気になって、様子を見に来ていたのだ。
「……エレーネ…」
ミリアは、顔面蒼白になりながら工場へと一歩、入ってくる。エレーネは、今まで見たことないような怜悧な目線をミリアに向ける。
「……エレーネ、どうして、ゴナンに……?」
「……」
「……ひどいわ、エレーネ……」
その言葉に、エレーネはフッと口元に笑みを湛える。
「ひどいわって、『何が』?」
「……!」
刺すように放たれたエレーネの言葉に、ミリアは何も答えられない。そもそも、ゴナンへの想いのことはナイフにだけ相談していて、他の皆には内緒にしている体だ。ただ、エレーネは気付いてしまっているというだけで。
エレーネは続ける。
「……別に、ゴナンは、あなたのものではないでしょう? 私があの子をどう想ってどうしようが、私の自由よ」
「……」
今までのエレーネとは別人のような、冷たい表情に、声。ミリアは少し涙ぐみながら、ようやく声を出す。
「……でも、どうして、あんなことを……」
「……特に深い意味はないわよ」
そうして、ふう、と息をつくエレーネ。吐く息すら棘となって刺さりそうな程だ。ミリアの知らない冷酷な誰かが、そこにいる。エレーネはぐっとミリアを睨んだ。
「……どうせ、あなたがどれだけひたむきに想ったって、あなたはゴナンを手に入れることはできないじゃない。結局あなたは『王女』なんだし、かつ、身近な人を必ず不幸に陥れる『不運の星』の持ち主なんだから」
「……エレーネ……?」
「……そもそも、あなたか巨大鳥と共に降り立ったっていう、北の村、ゴナンの故郷……。あなたがあの地に行ったせいで、ゴナンは妹を喪うしなうことになったんじゃないの?」
「……!」
「……そんなあなたが、ゴナンのことで何かを言う資格があるのかしら?」
その言葉に、ミリアはポロポロと涙をこぼした。冷たい言葉の刃に、ほのかな心が大きく傷つけられてしまった。
「……わ、わたくし……、ごめんな、さい……」
そう呟き零して、ミリアは踵を返して工場を出て行き、ゴードン邸の方へと駆け戻っていった。
「……」
ミリアが去った後の扉を少しだけ見つめて、エレーネは再び足元の荷物を持つべく、しゃがみ込んだ。
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