8話「巨大樹の沈黙」(2)
と、ゲオルクはリカルドの腕を握って引き留めた。
「……そうそう、君たちを見習って、私も一人旅をやめて、旅の同行者をつけることに決めたんだ」
「……?」
「ナイフちゃんの麗しい姿に触れて、まあ、私はまだそちらの嗜みはないが、せっかくそちら方面に寛容なア王国にいるのだし、そういうのも旅の一興かと思ってね。可愛い少年をスカウトした」
「……」
眉をひそめ、怪訝な表情になるリカルド。いつもの薄ら寒い微笑みを引き剥がして、この貌を引き出せただけでも十分、収穫だ、とゲオルクは心の中でほくそ笑んでいる。
「……ゲオルクさん…。何の話を? 僕は今、それどころではないんだが」
「よかったら会っていかないか? そして3人で手分けして探せば、もしかしたらすぐに見つかるかもしれない。貴殿もだいぶ疲れているようだぞ。少し休憩もした方がいいだろう。さあ、来給え」
「……?」
かなり強硬にリカルドを誘ってくる。リカルドは早くゴナンを探して回りたいのだが、この男は自分の意見を通すまでしつこそうだ。仕方なく、ゲオルクについて宿屋へ向かうことにした。
渋々、自分の後を着いてくるリカルドを見てニヤリとしながら、ゲオルクは考える。
(結局、私の旅は一人旅で継続か。あの少年との旅も面白そうではあったのだがな……)
と、その時、ゲオルクはふと周りを見回した。何か、殺気のようなものを感じたような…。歩きながら、周囲の気配を探るゲオルク。
「…リカルド殿。貴殿は、何かに追われていたり、狙われていたりするようなことはないか?」
「えっ? 僕が? いや、特には思い当たらないが…」
あるとすれば「ユーの祝福」を心待ちにする連中だが、その輩はただリカルドが死ぬときを待つだけなので、何か積極的に狙ってくるようなことを行うとは思えない。
「そうか、いや、気のせいかな……」
もう一度、周囲の気配を探るが、先ほどの殺気は感じられない。少し不思議に思いながら、ゲオルクは宿へと歩みを進めた。
* * *
ゲオルクに導かれるまま、宿屋の部屋へと入ったリカルド。しかし、人の姿がなく、首を傾げる。ゲオルクが背後から囁いた。
「リカルド殿、ベッドのほうだよ」
「……!」
言われてベッドに目線を遣ったリカルドは、思わずそちらへと飛びついた。
「……ゴナン、ゴナン……!」
そこには、ベッドに寝込んでいるゴナンの姿があった。また熱を出しているようで、顔が赤く、苦しそうに寝ている。そしてなぜか両脇に剣とナイフ(刃物の)が添い寝させられている。
リカルドの声に気づき、ゴナンは薄く目を開けた。
「……?」
「ゴナン! 僕だよ、よかった……。くそ、剣が邪魔だな。何だこれは」
「……剣…? あっ、また、ゲオルクさん……」
ゴナンはそう呟く。ゲオルクは初日の一件以来、ゴナンがいつもバンダナをギュッと握って眠るのを見て、安心できるだろうと思い込んで隙あらば剣やナイフをベッドに入れてくるのだ。リカルドは武器類を退けて、ゴナンの頬に手を当てる。
「……リカルド…? ほんとに……?」
「ゴナン…。また、熱が出てるね…。この街の空気が障ったかな……。でも、無事で、会えて、よかった……」
「……リカルド……!」
ゴナンの両目から涙が溢れている。
「リカルド、死んでなかった……」
「ああ、帝国軍人に斬られたのが見えてたんだね。ゴナンは目がいいもんなあ。僕は大丈夫だって、いつも言っているだろう?」
「うん、でも……、あんな……」
リカルドはサイドテーブルに置いてあるタオルで、ゴナンの涙を優しく拭いた。
「ああ、ごめんね、起こして。僕はここにいるから。安心して、ゆっくり休んで」
「……」
ゴナンはボンヤリとした表情のまま、もう少しだけ涙を流していたが、やがて安心したようにスウスウと眠りに入っていた。改めて頬に手を当ててみると、かなり熱が高い。しかし、ゲオルクによって守ってもらっているようだった。薬も置いてある。
ゴナンが眠ったのを確認して、興味深そうにこちらを観察しているゲオルクを、リカルドは睨む。
「……ゲオルクさんも、人が悪い…」
「ふっ。申し訳ない。うさん臭くていけ好かない学者だと思っていた男の弱点が、この少年なのかなと興味深く感じ、貴殿の素の表情を引き出したくて、ついついこんな茶番を」
「……」
どうにも食えない男だ。リカルドは表情に微笑を貼り付けるのも忘れて憮然としたまま、さらに続ける。
「……それに、さっき、ナイフちゃんのことをダシに使ったのも、いささか気分が悪いな…」
「……」
(おやおや、ゴナンくんだけではなく、ナイフちゃんもこの男の『弱点』かな…?)
そう胸の内でほくそ笑みつつも、笑顔を浮かべて手を上げ、謝罪する。
「申し訳ない。戯れが過ぎたな。貴殿の大事な人々を軽んじるような真似だった」
「…いえ……」
「しかし、ゴナンくんとナイフちゃん、どちらが貴殿の恋人なのかな? 私が見たところ……」
「えっ?」
そう問われてリカルドは驚いた。そして即座に否定する。
「どちらとも、そんな関係ではない。旅の仲間だ」
「おや、そうなのか」
ゲオルクは首を傾げる。確かにナイフとは、どちらかというと気心の知れた友人という感じだったが、このゴナンへの執着じみた雰囲気が恋人でなかったらなんなのか、ゲオルクには理解ができなかった。リカルドはさらに怜悧な目線をゲオルクに向ける。
「……まさか、貴様、『そちらの嗜み』と言ったな。ゴナンにそのようなことを……」
「とんでもない! 誤解だ。貴殿をからかっただけだよ」
(おお、怖い怖い。あまりつつきすぎるのも良くないようだ)
と、またよからぬ分析を始めそうになっている自分を戒め、ゲオルクはリカルドに椅子に座るよう促して話題を変えた。
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