4話 「遺跡のリカルド」(4)

 石段を降りると、地下の大空間が広がっていた。


「わあ…」


ゴナンは声を上げる。想像以上に広い。壁面には石積みがしてあるので、洞窟など自然にできた空間ではなく、人の手で作られた地下室のようだ。ゴナンは発光石のライトであちこちを照らしながら、キョロキョロと動き回った。


「どうした? ゴナン」


ソワソワと動き回るゴナンにジョージが尋ねる。


「うん…。あの、ここ、なんか、暗いけど、でも、住みやすそうな場所だなって、思った、…んです。息もしやすいし…、居心地よくて」


「ほお…」


ジョージはニカッと笑顔を見せる。


「大学の研究者の分析でも、ここは誰かが隠れ住んでいた場所じゃないかという説が出ているんだよ。ほら、ここを見てみろ」


そう言って、天井の隅の部分に発光石の光を向けるジョージ。


「空気穴がきちんとつくられているだろう。何ヵ所かある。ここを外から見ると、雨が流れ込みにくいような仕組みで組まれているんだ。中で人が滞在することを意識して造られたようだな。中で灯り用の火をくべる必要もあっただろうからな」


「…本当だ…」


「とはいえ、自然光は入らないようになっているし、外からはぱっと見、分からないようになっているから、ただの住居ではなく潜んで住むための場所だったのではないかとの話だ」


「…誰かが、巨大鳥や卵の絵を毎日見ながら、隠れ住んでいた場所…」


「ああ。どういう人がどういう想いで住んでいたんだろうな」


ジョージの話を受けて、発光石の光を受けたゴナンの琥珀の瞳がさらに輝く。


「すぐ近くに泉もあるし、周辺は食料採集に事欠かない立地だしな。ゴナン、なかなかいい感性をしているじゃないか」


「そうでしょう。ゴナンは勘が鋭いんですよ」


リカルドが嬉しそうにジョージに話し、そして壁画に背を向けてゴナンに「この石積みの方法は…」などと説明を始める。そんな様子をいぶかしげに見て、ジョージはリカルドの背を押した。


「石積み云々は後で良いだろう。ほら、何のためにここにきたと思っているんだ。お前さんはさっさと壁画を見なさい、博士はかせ殿」


「…は…、はい…」


そうして、ようやく壁画に向き合うリカルドとゴナン。先にエレーネが壁画のメモを取っていた。


壁画は地下室の一面、幅5メートル、高さ3メートルほどの大きな絵だった。中央に大きな鳥の絵、そして左下側に卵らしき楕円のモチーフ、そして右上側に大きな樹の絵が描かれている。木の根が大きく広がっているような立ち姿だ。


「…この鳥の絵は、各地に残っている巨大鳥と卵を祀る絵と共通点が多いわね。普通の鳥ではなく巨大鳥を描いていると判断して間違いないように思えるけど、リカルド」


「ああ、そうだね…。龍のような厳つめの顔立ちに、普通の鳥よりも少し角張った描かれ方…。間違いなさそうだね。それに…」


リカルドはその鳥の絵を見て、少し思案する。


「…リカルド?」


「ああ…。ほら、巨大鳥の『実物』を見た後で、改めてこの祀られている絵を見ると、巨大鳥の特徴をよく捉えているなあと思ってね。そう思わない?ゴナン」


巨大鳥の実物を目撃している、目が良いゴナンに確認するリカルド。


「…うん…。巨大鳥をきちんと描いてる感じがする」


「…つまり、これらの絵、少なくともこの絵の原画にあたるものは、実際に巨大鳥を見たことがある者が描いている可能性が高いということだ」


「……」


それは、この伝承の信憑性をより高める材料にもなりそうだ。その意味がわかったエレーネはゴクリとつばを飲む。





「…で、この絵がきっと卵ね…。でも、そっちの大きな樹の絵が何なのか」


「ゴナン。この遺跡を出たら、やっぱりさっきのボーカイの木のところに行ってみようよ。ボーカイの木の近くには小動物のリコルルがよく巣を作っているんだよ。リコルルは獲ったことはある? ゴナンの猟の腕前を久々に見たいな」


「…?」


急にリカルドがゴナンに、あさってな話題を話し始めた。戸惑うエレーネ。


「…リカルド、どうしたの? リコルルの前に、この巨大樹の絵を…」


「……」


リカルドはソワソワと地下室内をうろつき始め、また巨大樹の絵の対角の壁際まで移動し、石積み云々の話をし始める。とにかく様子がおかしい。ナイフはゴナンに目配せをした。ゴナンもこくりと頷く。


「リカルド…。ほら、こっち」


そう言って、リカルドの手を引いて再び壁画の巨大樹の前に連れて行く。ナイフがその背後に立ち、リカルドの頭を両手で支え、大樹が見える位置に固定した。


「…リカルド、この大樹の絵を見てみて」


「…あ、ああ。大きな、樹の絵だね…。きっと、とても大きい…」


「何の木を描いたものか分かる? 植物のことは、あなたの専門じゃない」


そのナイフの問いに、リカルドはしかし、そのまま無言になる。絵を見ているような、見ていないような。いつもなら、何らかのうんちくが長々と語られるような場面なのだが。


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