第2話「帝国臣民の日常」

2.「帝国臣民の日常」ラストン・ヲクウェナ


 統一暦87204年。ヴェルシタス帝国、首星ヴィアゾーナ(ファースト・ユニバースに属する)。

 かつてヴェルシタス帝国はいち銀河の中の五つの惑星からなる星間国家に過ぎなかったが、現在は無数の宇宙(世界)を支配下に置く多宇宙マルチバース国家となっている。加えて、百兆以上もの〝宇宙〟へ同時侵攻しており、その勢力けんは果てしなく拡大を続けている。

 街中ではパトロール中のアンストローナ兵が巡回している。彼らは不審者の取り調べ、犯罪の取り締まり、対テロ警戒、抵抗勢力の鎮圧などの警察業務をこなしている。この光景は日常であり、街中の立体スクリーンや携帯端末で侵攻中の戦場の風景が流れるのも日常であった。個人用スクリーンでは自分好みの戦場や戦闘を選んで見ることもできる。


 首星ヴィアゾーナの臣民であるラストン・ヲクウェナは典型的なヴェルシタス帝国臣民であり、きっすいのヴェルシタス人である。彼は帝国標準教育機関〈フゼルセンス〉で働いており、臣民であれば人種、種族を問わず熱心に教育を行う教師のかがみであった。



〈セントリアス、ヴィアゾーナ(フゼルセンス)〉

 フゼルセンスは帝国領内の居住惑星に必ず一つ以上置かれている帝国標準教育機関である。ここで学ぶ分野は帝国内での生活に必要な基本知識であり、主に物理学、化学、数学、生命情報学、地学、種族学、地理、経済学、公衆衛生学、帝国史を学ぶ。フゼルセンス校舎で授業を受ける者以外にホログラム映像による遠隔授業参加、仮想空間での授業参加といった様々な教育手段を全臣民に提供している。


「歴史の授業を始めます。まずはパクス・ヴェルシターナについてのおさらいをしましょう」


 教育の根幹にあるのは帝国の政治思想体系であるパクス・ヴェルシターナである。


「パクス・ヴェルシターナとは〝ヴェルシタスによる平和の意味〟です。昨日の授業でも言いましたが、帝国は全ての宇宙オムニバースの支配を目指しています。帝国によって支配されることは〝ばんで未開の文明のちつじょを構築し、文明レベルを上げ、明るく優れた未来を約束されることと同じ〟なのです。我らの偉大なる皇帝陛下は全ての宇宙を支配することで全世界のこうきゅう平和、つまり永遠の平和の実現を目指しておられます」


 ここでカラーホログラムが宙に映し出された。現ヴェルシタス皇帝にして終身女帝である〈アルヌーク・フローゲルト〉。不老不死である彼女は事実上、ゆいいつの皇帝であり、彼女いちだいで帝国をここまで強大化させた。支配下に置いた宇宙の数は数知れず、もはやいち宇宙を支配下に置くのは実に容易たやすいことだ。


「陛下は今から約8万年前、レクソニア銀河戦争で荒れる銀河情勢と腐敗した国内を立て直すべく自ら行動を起こされたのです。陛下はいち銀河の小さな星間国家に過ぎなかった帝国を前人未踏の多宇宙マルチバース国家へと発展させました」


 カラーホログラムで初期のヴェルシタス帝国領と現在のヴェルシタス帝国領が表示された。同時に生徒たちの机には帝国の国家概要がカラーホログラム表示される。


《ヴェルシタス帝国》

 国家種別:多宇宙国家

 国家体制:絶対君主制

 イデオロギー:パクス・ヴェルシターナ

 種族構成:ヴェルシタス人、他 無数の知的生命体

 元首:皇帝

 首都:セントリアス

 首星:ヴィアゾーナ

 首銀河:レクソニア銀河

 首宇宙:ファースト・ユニバース

 立法府:帝国統治院

 行政府:帝国統治院

 司法府:最高裁判所

 軍隊:宇宙軍及び地上軍(二軍制)

 支配領域:無数の宇宙、4975じょうの銀河、2631さいの星系、他 無数の惑星

 侵攻中領域:現時点で百兆以上の宇宙


「陛下は卓越した頭脳を持つ天才科学者でもあります。皆さんが毎日よく見るアンストローナ兵も陛下が生み出したものです。アンストローナ兵の誕生により、今の帝国の繁栄があるのです」


 カラーホログラムの映像がアンストローナ兵へ切り替わった。


「アンストローナ兵は今日の帝国軍のほとんどを構成しており、アンストローナではない兵士を見る方が珍しいでしょう。フローゲルト陛下が生み出されたアンストローナは無機生命体と有機生命体両方の特長をあわせ持つ人工生命体で、食事や睡眠、はいせつが必要ではありません。軍事ネットワークによる半集合意識と個別意識を持ち、おのおのが最適行動を取るようになっています。精神的疲労を感じることも、病気にかかることも、寿命もありません。アンストローナ兵は〈スペクルム・ユニバース〉と呼ばれる特別な空間で延々と無限にコピーされ、必要とされる場所に、必要なだけ送られます」


 一般的に帝国兵とはアンストローナ兵を指す。

 〝人造兵士〟、〝皇帝の人形〟、〝無限兵士〟の異名を持つ彼らは皇帝を頂点とする帝国軍ヒエラルキーにのっとって各種の任務を遂行している。


「皆さん、悪いことはしないように。私達が平和な生活を送れるのは皇帝陛下とアンストローナ兵のおかげなのです」


 アンストローナ兵は間違いなく帝国の象徴だ。へんで不変な存在。皇帝に歯向かうおろか者は彼らによってげんしゅくしゅくせいされることだろう。


 この後、ラストンは生命情報学、種族学の授業を行い、一日の授業を終えた。


「何か質問がある人は?」

「はい、先生」


 一人の少年が手を挙げた。彼の名はフォムズ・ゴグラン。


「先生、今日の夜は〈ボランティア〉に参加しますか?」

「あ、それ私も気になる」

「自分も先生と一緒に〈ボランティア〉したいです!」

「え、先生、今日するんですか?」


 他の生徒も続々と同じような内容の質問を繰り出す。


「みんな、落ち着いて。今日は〈ボランティア〉に参加するよ。帝国臣民として皇帝陛下のために戦おう」

「やったー」

「ただし、かしは駄目。明日も学校があるからね」

「はい!」


 帝国臣民のための公平で安全な先進的軍事さんかくシステム及びそれをとうかつ、監視、管理するこうきゅう的な計画。通称〈ボランティア・プログラム〉。この計画は全ての臣民に対して開放されており、皇帝の名のもとに実施されている。

 具体的には臣民がアンドロイドやロボット、機械獣、各種兵器をアバター(遠隔操作人形)として操作し、帝国軍の志願兵として戦場に参加する。参加するには帝国軍のボランティア・プログラムに登録、その後、自身の分身となるアバターを設定する。基本は帝国軍が用意している無料のデフォルト・アバターだが自前でアバターを用意、設定することも可能である。資産家や著名人は専用にカスタマイズされた非常に強力なアバターを使用している。

 アバター操作方法については個人に合わせて様々な種類が存在している。全身の動きをそのまま反映するモーション・コントロール、脳波コントロール、コントローラー・コントロール、呼気コントロール、視線コントロール、圧力コントロール等、種族を問わず対応している。

 ラストンは専用ポッドに入って意識をアバターと共有し、全身を自分の身体のように操作するモーション・コントロールを好んで使用していた。痛覚伝達はしゃだんしているため、本体への痛みはフィードバックされない。ただし、攻撃を受けた感覚は残り、その方向が意識強調される。


 ボランティア・プログラム起動

 帝国軍ネットワークへアクセス

 今シーズンの名誉ポイント 350240

 グループを作成

 グループへ四つのアバターが参加しました


 戦場の検索

 文明レベル 第四等級

 戦闘開始日 最近

 混雑度 低

 主な戦場 地上


 該当する戦場 

 第一候補 地球(主に地上戦)


  属 

  セブルケッツ・スケリュゼAK4389‐595

 (以下、略)星系


  属

  アグルファ・ハーブケートDA9392‐238

 (以下、略)銀河


  属

  ブレゲルシダ・セブルケッツAC7302‐204

 (以下、略)宇宙


  属

  ローケス・ユーヤナKM117‐231

 (以下、略)インペリオーム


 主目標 敵戦力を撃退せよ(非戦闘員への攻撃は不可)

 副次任務 りょの確保、情報の収集、敵兵の遺体確認


 アバター転送先 北アメリカ大陸 オンタリオ

 グループの全アバター転送完了。


 と呼ばれる戦場へラストンと彼の教え子四人は到着した。


「すごい。生でこんな建物を見られるなんて」


 銃弾飛びう戦場にも関わらず歴史好きのフォムズは建築様式に感動していた。


 周囲にはアンストローナ兵が展開し、地球防衛軍と交戦中だ。ただ、アンストローナ兵はやられても、すぐにゲートから供給されるため、アンストローナ兵の事を気にする必要は全くなかった。


『ボランティアが到着』

「敵の姿も私達と似ているし、ここは私達の宇宙と近い世界かもしれないね」

 自動でマップ表示が行われ、敵味方を問わず言語が自分の使用言語へ翻訳される。

 ラストン達のアバターは帝国一般兵の外見をベースにそれぞれ個人でカスタマイズしたものだ。アンストローナとは違う見た目で、地球防衛軍から見ればアンストローナ兵以外の帝国兵だろう。


 ‐くそっ。新手だ。

 ‐見た目が今までの奴らとは違う。何だ?


「先生、先に撃つよ」


 女性兵士アバターがRSC‐2携帯式荷電粒子ビーム砲を構え、正面の地球防衛軍戦車へ向かって高出力荷電粒子ビームを放った。

 装甲が融解したかと思うと一瞬で戦車が跡形もなく爆発した。


「おおっ、やっぱり、すげえ威力」


 フォムズの言う通り、携帯式ながらもその威力は地球の戦車を一発で破壊できる。欠点は銃が大きく持ち歩きにくいというところだ。


「じゃあ、先生は援護しておくから、皆、行っておいで」

「おっし、行くぞ」

「任せておいて」


 ラストンは重力爆弾をSH‐4Cリニアランチャーで上空に発射。弾頭が空中で爆発すると同時に重力場が形成され、一瞬で広範囲の地表物を押しつぶす。装甲車はもちろん、兵士もだ。重力に捕まれば逃げようにも逃げられない。

 さらに続けてラストンはVU‐492重レーザー・ライフルを構えて、地球防衛軍の武装ヘリに狙いを定めた。引き金を引くとタイムタグ無しに弾着し、武装ヘリは空中で爆散していった。


 ‐レッドアイ! 敵の新手は非常に強力! このままでは止められない! 航空支援を要請する!

 ‐友軍機及び第3特殊作戦旅団が向かっている。目標の座標をマークせよ。


 地球防衛軍は無人ヘリや対地攻撃ドローンを集結させ、ラストンらに対して火力を集中しようとした。だが、それは大きなあやまちだった。


「任せておいて。これで十分」


 ラストンの教え子の男性兵士アバターが円盤状の物体を三枚空へ射出した。まるで意思を持っているかのようにバラバラに飛翔する三枚のディスクは地球防衛軍の武装ヘリ、攻撃ドローン、攻撃機に触れると機体を切り裂き、自動で標的を次々と追跡した。


「敵の地上車両が複数来る。イーガスを要請しよう」


 視野にイーガスのための召喚地点を捉えつつ、ホログラム・コマンドによりイーガス要請を実行した。


 ‐消費 名誉ポイント5000


『イーガスを一機、指定地点へ転送する』


 要請から数秒でイーガスが姿を現した。使用した名誉ポイントは5000。この名誉ポイントはボランティア内の活動で得られるポイントであり、敵戦力をけずる、敵施設の制圧、目標の防衛といったことをこなすことで自動的に得ることができる。ボランティア内で活躍した者には種々のくんしょうが与えられ、追加の名誉ポイントとして与えられる。さらにシーズンごとに獲得した名誉ポイントに応じてランク分けされ、より難易度が高い、高レベル文明の戦場に参加できるようになる。


「イーガスのコントロールを自分に移行」


 ラストンへイーガスの操作権限が移行。これにともない、ラストンのアバターが一時的に保管庫へ転送された。ボランティア内では名誉ポイントを消費することで特別なコマンドを実行することが可能だ。帝国軍内の兵器を要請及び使用、アンストローナ兵部隊の指揮をることができるようになる。


「先生、いいなあ」

「後方の増援部隊は先生が相手するから。みんなは残党を掃除してね」


 イーガスは装甲車を強調表示で全て捉えた。建物の陰にいても丸分かりである。ホーミング・マイクロ・チャージ砲を上空へ放った。多数のうすむらさきいろの球体が目標とする装甲車へ向かって降下。着弾するとともにきょうれつな爆発を起こし、衝撃波が周囲を襲った。


 帝国が誇るアンストローナ兵と兵器、アバター兵に対し、地球防衛軍の防衛線は時間とともに後退を続けた。軍隊のひっ要素である〝必要な場所に、必要な時、必要な戦力を、瞬時に展開できる〟を体現した帝国軍は最強の軍隊であった。地球の戦略など全く意味をさず、地球相手に宇宙艦隊や宇宙戦闘機は全く必要ではなかった。

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