地学部合宿会 第26話

 山河内さん、やっぱり、めっちゃ怒っている。これ、もう僕だけじゃ手に追えない気がする。こんな時に如月さんがいたら……間違いなく僕が、粉々にされている。如月さんがこの場にいなくてよかった。でも、とりあえずは、何で謝ったの説明をしないと。あまり考えている時間はない。山河内さんを待たせるわけにはいかない。ここは自分の口を信じて、サボったことだけを言ってくれ。

 

「え、っと……だから、その……石拾いをしているときに、僕がサボっていたから……それで、その……怒ってらっしゃるのですよね……」

 

 何だこの不自然な敬語! こんなことを言うつもりでなかったのに! だから頭が回らないから、山河内さんに会話を託していたのに。山河内さんが何も話さないから、謝ればこれだ。これはもう、正座した方がいいかな。いやいっそのこと、土下座して謝罪した方がいいかな。何をすれば、この地獄のような時間が終わるのかな。もう、走り去って消えてもいいのかな。このまま海に潜って消えて無くなりたい。いっそのこと、この場に隕石でも落ちないかな。そしたら塵になって消え去れるのに。ああ、消滅したい……。

 

「ぷっ。何で、敬語になっているの?」

 

 山河内さんは僕に目を合わせることはなく、そっぽを向いて、小刻みに体を震わせながら、時々声を漏らして笑っていた。

 山河内さんでも、こんなに吹き出して笑うんだ。これはちょっと意外だったな。でも、これはいつもの山河内さんだ。実は、思ったより怒ってなかったりして……。それはないか。楽天的に考えるのは後で痛い目を見るからやめておこう。

 

「ご、ごめん……どんな風に話せばいいのかわからなくなって……」

 

 そう言えばいつもは山河内さんからばかり話しかけてくれて、僕から話しかけたことなんて、片手で数えられるくらいしかなかったな。だから尚更、どんな風に話せばいいのかわからない。いつも通りって思っていても、山河内さんから話しかけてくれなければ、いつも通りにならないから、そもそもの前提条件が崩れている状態なのだ。そんな状態で、コミュ障の僕が流暢に会話をできるわけがなかろう。まあ、初めから流暢に会話を成り立たせたことなんてないから、いつもこんな感じだけど。

 

「そんなに緊張しなくても、部活に参加するのもサボるのも、その人の自由だから、怒ったりはしてないよ。そう言う固定概念を持ったままだと争いになるよ。って歌恋に言われてから結構気にして、気をつけているから」

 

 笑顔でそう言う姿は、本当にいつも通りの山河内さんだった。その姿に少しホッとしたが、疑問も浮かんだ。

 サボったことを怒っていないのだったら、あの冷たい態度は一体なんだったのか。あの態度を取られたせいで、僕はここまで落ち込んで、何故か怒っている岡澤君を相手にしているんだぞ。怒っていない。そんな簡単な言葉だけでは納得がいかない。もっと明確に、何で、そんな態度を取ったのか知りたい。でも、なんて聞けばいいのかわからない。直接聞くのが一番手っ取り早く正確に伝わるかもしれないけど、いつもみたいにふわふわしている山河内さんに水を刺したくない。どうすればいいんだ。

 悩んだ結果。僕は直接聞くことにした。

 だって、オブラートに包んだ言い方が思いつかなかったもん。

 

「じゃあ、何であんな態度を?」

 

 言ってしまった。遂に言ってしまった。ごめん山河内さん。本当はこんなこと言いたくなかったけど、山河内さんの態度に納得いかなくて……それを知るまではごめん……。

 声に出さないと届かないとわかっていても、これを声に出すのは恥ずかしいし、あんなことを言ってしまった手前、もう引き返せない。もし、この話が終えあった後に謝罪をする機会があれば、その時に重ねて謝罪をしよう。

 

「それは……その……」

 

 山河内さんは言葉を詰まらせた。何故だか少し恥ずかしそうに、俯いたり、目を合わせれば一瞬で逸らしたり、そんな様子を見せていた。

 

「…………したの……」

 

 口に篭りすぎた言葉を発していて、うまいこと聞き取れなかった。山河内さんも、もしかして恥ずかしいから、わざと聞こえないように言っているのか、と疑いを持たざるを得ない様子だった。

 

「え? 何て?」

 

 追い打ちをかけるわけじゃないけど、僕としても理由は知りたい。あの態度の真相を。でなければ、この蟠りは一生解けないと思うから。いや、如月さんが間に入れば一発で解決はするのか。僕の心を折って、それで問題解決だ。そうならないためにも、真実を知りたい。

 

「だから! 嫉妬しちゃっただけだって!」

 

 声を荒らげるその姿は、今まで見てきた大人っぽい山河内さんの姿とはかけ離れていて、まるで、わがままを言っている子供のような雰囲気だった。あと、「嫉妬」と言う言葉に、僕の童貞感情がくすぐられて、心臓が強く跳ね上がっていた。それはもう、山河内さんの話が全く耳に入ってこないくらい、僕の頭の中で、「嫉妬」と言う山河内さんの姿が脳内リピートされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る