地学部合宿会 第19話

 スマホに表示されてる数字が、十七時四十五分になって、僕は足を動かした。ゆっくりなスピードではなくて、いつも通りの速度で。

 楠木先輩と岡澤君が炭起こしの準備をしている所に戻ってくると、岡澤君は何事もなかったかのように、いつも通り過ごしていた。ただ、僕に話しかけることはなかった。

 

「中田君、遅かったね」

 

 代わりに楠木先輩が戻って来た僕に声をかけた。

 

「ええ、ちょっと探すのに手間取ってしまって……」

 

「中田君、鞄パンパンだったもんね。整理してないと、いざという時に必要なものが底になっていたりするから注意しないとだね」

 

「あはは、そうですね……」

 

 本当は最後の最後に準備して、面倒だから一番上に置いていたから、鞄を開けると新聞紙が一番に顔を見せていた。何てことは流石に言えない。

 

「それでは中田先生、改めてご指導お願いします」

 

 楠木先輩は座ったままお辞儀をしていた。

 

「持て囃さないでくださいよ……」

 

「あはは。ごめんごめん。よろしくね、中田君」

 

「はい……」

 

 僕は過去にも一度、岡澤君に同じことを説明しているのに、どうしたものか、楠木先輩が相手だと、うまく説明ができなかった。人に言葉で伝えるのは改めて難しいと思った。

 楠木先輩には悪いけど、言葉より、行動を見させて僕は伝えていた。今回は言葉よりも見てもらった方が早い。粗方、同じようにできていればそれで多分大丈夫だから。

 

「こんな感じで大丈夫かな?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 僕自身が得た知識ではないから、正解がわからない。見た目は僕同じような感じだから多分大丈夫だ。まあ、保証はできないけど。

 炭の準備を終えて、バーベキュー台の設置を手伝おうかと考えていたが、どうやらその必要はなかったようで、ほぼ同じタイミングでどちらも出来上がっていた。ただ、台の設置には体力を要したようで、炭起こしは任された。それも僕に。

 

「楠木先輩……何で僕なのですか?」

 

「うん? だって、経験者じゃん」

 

 そう言われると断れない。こんな責任重大なことをしたくはないけど、するしかないのか。他の人を頼りたいけど、先輩方は頼むに頼めないし、中村君はバーベキュー台の設置で疲れているし。残されているのは岡澤君しかいないけど、あんなことがあったから、頼みづらい。いつもなら乗り気できそうだけど、岡澤君も岡澤君で、話しかけたくなんだろうな。あれから声すらほとんど聞いていない。もう、僕がつけるしかないのか。仕方ないな。こんな時だけは如月さんが側にいてくれたら便利なのに。今頃呑気にくしゃみでもしているんだろうな。

 僕は諦めて、炭を巻いた新聞紙に火を付けた。

 ここからどうしていたっけ。確か、如月さんは隅に火が付いたことを確認してから、大きな炭を入れていたんだっけ? 

 自信満々にできると啖呵を切ったことが急に恥ずかしくなってきていた。

 どうしていいのか分からず、とりあえず、新聞紙が燃えるのを見つめていた。次第に全部の新聞紙に燃え広がり、燃えた新聞紙の中から赤みがかった隅が顔を出した。慌てて、中くらいの炭を入れて、燃えるのを待った。中くらいの炭に火がつく頃には、小さめの炭が灰色になりかけていたことは焦ったが、その後に大きめの炭入れても何の問題もなく燃え続けていたから、とりあえずは成功した。

 

「おおー! さすが経験者」

 

「中田君。ありがとう」

 

「いえいえ」

 

 人の知恵をひけらかして褒められのは気分がいいな。後ろめたい気持ちも、少なからずはあるが、今はこの気持ちに自惚れていたい。少しでもいいから違うことを考えておきたい。

 炭を燃やしているからと、山本先輩が此花先輩に取り合ってくれて、まだ全ての用意は終わっていないが、火の通りにくい鶏肉やカボチャを先に焼くことになった。ここでは僕を介すことはなかったから、岡澤君が率先して焼いていた。僕はそれを遠くから見ていた。

 あれから気まずくて、岡澤君とは目も合わせていない。お互いなんだろうけど、どんな顔して何を話せばいいのか分からない。中村君は、気づいているのかいないのか。そもそも話をそこまでする関係じゃないから、海以降話はしていない。普段から話なんてワイワイとするタイプじゃないから平気だと思っていたけど、何故だろうか寂しい気持ちが心の中にポツンと浮かび上がってきていた。それはきっと、今することがなくて暇だからだと、自分の心に言い聞かせていた。つまらないものを見せられていると、物足りなさから寂しさを連想する。それと同じだと。

 焼いている岡澤君の姿も見るのが嫌になって、近くにあった椰子の木の木陰で一人座って海を眺めていた。ここは崖上だから、白波が立っているところは見えないけど、崖下に波が当たる波音は割と心地よく響いていた。しばらく波音を聴いていると、僕の耳に此花先輩の声が響いた。波音にかき消され、正確には聞き取れなかったけど、多分、用意が終わったんだとみんなのいる場所に駆けつけた。

 

「あ、中田君。どこ行っていたの?」

 

 早々に、楠木先輩にそう言われて、僕は困惑していた。

 

「あ……えっと、トイレに……」

 

 こんなありきたりな回答だったけど、追求することはなく「そっか」とだけ言ってくれた。僕はため息まじりの深呼吸を一度だけして、何食わぬ顔で集団に混ざっていた。

 

「まだ少ししか焼けてないけど、先に乾杯しましょうか」

 

 此花先輩が乾杯の音頭を取り、各々に乾杯を済ませた。僕は、女子とは誰一人乾杯することなく、男子の先輩方三人とだけに済ませた。

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