地学部合宿会 第18話

「な、な、な、何を言い出すんですか先輩。そ、そんなことするわけないですよ……ね」

 

 そんな目で僕の方を見られても。これはまた面倒なことに巻き込まれたな。ちょうどいい答えがないパターンだ。

 もし山本先輩の肩を持つなら、ここは否定して逃げていたことを証言せねばならない。だがその場合、同じ班の直属の先輩である、乃木先輩からの反感は必須だ。反対に、乃木先輩の肩を持つ場合。ここは頷いておけばいいけど、男子の先輩である、山本先輩からの印象は最悪になる。ただ、山本先輩は三年生で、後三ヶ月もすれば地学部を卒業する。なんらかの因縁を持ったとしても、卒業さえすれば関係はなくなる。どちらを選ぶべきか。どっちもどっちで、ましな方も選べない。と言うか、ましな方なんてない気がする。どちらに転んでも、いい結果は得られない。

 ああ、もう考えるの疲れた。

 僕は此花先輩に向けて首を横に振った。

 

「クレちゃん!」

 

「はい……」

 

「もう、また山本君を困らせたの?」

 

「えへへ、すみません……」

 

「反省しなさい、クレちゃん!」

 

 此花先輩は、乃木先輩のおでこにデコピンを繰り出した。そのデコピンをもろに喰らった乃木先輩は、おでこを押さえながら座り込んだ。

 

「うう、痛い……」

 

「これに懲りたらもうしない」

 

「はい……もうしません」

 

 これにて事件は解決された。それなのに、石川先輩が事件を掘り返すかのように言った。

 

「乃木って、去年も全く同じことしてたよな」

 

 それに乃木先輩が怒って、反論をしていた。

 

「余計なことを言うな!」

 

 石川先輩は何か言うことはせずに、そっぽを向いてわざとらしく口笛を吹いていた。

 

「クレちゃん。本当に反省しているの?」

 

「してます、してます。もう、頭が破裂すそうなくらい、猛省しています」

 

 この嘘にしか聞こえない乃木先輩の言葉を、此花先輩は本当に信じたのか「なら、よしっ!」と言って、乃木先輩の頭を撫でていた。頭を撫でられて乃木先輩は、鼻の下を伸ばして子犬のように甘えていた。

 一体僕らは何を見せられているのだろうか。これを、どんな顔をして見ていればいいんだろうか。

 目を逸らすことも考えたけど、二人を囲うように円形にみんなが立っているから、一人だけ後ろを向いたり、他のところを向いていれば目立つし、目が合ってしまうリスクもある。結局は、此花先輩と乃木先輩のやり取りを見ているしかないのだ。

 乃木先輩の頭を二十回くらい撫でて、此花先輩は突然、乃木先輩の頭の上で手を叩いた。

 

「はい。じゃあ、用意するものも多いし戻りましょうか」

 

 此花先輩のその一言で、みんな帰りの準備に取り掛かった。僕は鞄くらいしか持ってきておらず、片付けるものが何もなく、一人手持ち無沙汰になっていた。忙しそうにしている人を手伝ってあげたい気持ちはあるが、片付けに手間取っているのは、如月さんから借りていたであろうボールや浮き輪の空気を抜いている、山河内さんと堺さんだから、僕は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 堺さんと一瞬目が合って、手伝ってと言いたそうな顔をしていたけど、即座に逸らして気付かないふりをした。自分が非道な行いをしているということに、心を痛め自覚しているが、今は山河内さんに近づきたくない。話しかけられても、目を見て話せないどころか、下手すれば声さえも出せない可能性だってある。だから今は何がんんでも近づきたくないのだ。

 堺さんは、ボールの空気を抜いている最中、ずっと僕の方を睨むような目で見てきていた。僕は、目を合わせないように違う方向を見ては、チラリと堺さんの方を見て、まだ見ているなと思いながら、ぼーっとしているふりをしていた。

 みんなの片付けが終わって、列を作りながら海を後にした。山河内さんは相変わらず最後尾を歩いていたから、僕は反対に此花先輩に乃木先輩大原先輩に次いで先頭付近にいた。背後にいる男子の先輩たちによる壁ができているおかげで、山河内さんも堺さんも誰も近づこうとはしていなかった。なんだかんだ、いつものメンバーから距離を置いたのは初めてだった。周りには先輩もいると言うのに、周りから聞こえてくる楽しそうな会話に、寂しさが込み上げて来ていた。心にぽっかりと穴が空いたように胸が苦しかった。どれだけ気づかないふりや、聞こえないふりをしていても、自分の心までは騙せなかった。

 どうして僕ばかりこんな苦しい思いをしないといけないんだ。元はと言えば、山河内さんの素っ気ない態度が原因だと言うのに。

 考えれば考えるほど苛立ちしか湧いてこず、ついには考えることをやめた。考えることをやめて、興味はないが此花先輩たちの会話を盗み聞きしていた。部活中もそうだが、乃木先輩の天体への愛情というか、執着というか、膨大な知識量をオタクみたいに早口で語っていた。僕もほんの少しだけは聞く耳を持とうかと思っていたが、乃木先輩の早口は相当聞く耳を持っていないと聞き取れなかった。あまり真剣に聞いていると、盗み聞きしているのがバレるし、右耳から入って左耳から抜けていく、そんな調子で会話を聞くしかなかった。だからなのか、いつもよりも時間の経過が遅かった。この海からコテージまではそう遠くないのに、もう既に30分ぐらい経過している気分だった。

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