地学部合宿会 第11話
ここ最近、如月さんに嘘ではない本当のことが若干しか混ざってないことを言いすぎて、口からこうも簡単に出るようになった。
「あら、そうだったのね。綺麗な石を拾ったのね。そろそろ帰ろうかと思っているから、中田君は先にみんなの方に戻っていて」
「え……」
思わず口に出てしまった。「先に」と言うことは、この後は石川先輩は此花先輩から怒りをぶつけられるんだ。そうならば、早くこの場から立ち去らなくては。
「はい、先に戻ってます。では失礼します」
「おい、中田。待ってくれ」と言っている声がしていた気がしたが、気にすることはなく僕は乳白色の石英を両手に抱えて砂浜を走った。そう遠い距離ではないけど、此花先輩が怒っているシーンなんて見たくなくて、できるだけ早く走った。もちろんその間一回も後ろは振り返らなかった。どんなことが行われたのか知りたくなかったから。
僕が石川先輩と話している間に、他のみんなはベンチのある公園にいて、予想していたよりも長く走った。
「おー大智。今までどこにおったねん」
汗をかき、息を切らしながら走ってきた僕に岡澤君がそう声をかけた。
「あー、えっと、あっちの方で石川先輩と石拾いをしていた」
僕が指を差したその先に此花先輩らしき人の姿があった。岡澤君は気づかないかもしれないけど、そこには石川先輩の姿はなかった。徐々に此花先輩が近づくにつれて、左手に何か大きなもの引き摺っている様子が窺えた。
「此花先輩。あないなデカい荷物もっとったっけ?」
岡澤君がそう言うと。
「あーあれは石川だな。まあ、いつものことだから心配するな」
乃木先輩が呆れた顔をしてそう言った。
いつものことという方が断然気になる。が、それについては特に言及することはなく、気がつけば石川先輩も立ち上がって此花先輩の荷物を持たされていた。
「みんなお待たせ。じゃあ、みんなでどんな石を拾ったのか見せ合いっこでもしましょうか」
此花先輩は、さっきと何も変わらない笑顔で一番に石川先輩を指名した。
「えー僕が見つけた石は、この安山岩です。以上です」
立ち去ろうとしていた石川先輩の首根っこを、此花先輩が掴んで逃げられなくしていた。
「石川君。それ本当にここにあった石かな?」
「ええ、ありましたよ。ここら辺にあった石です」
やましいことがあるのか石川先輩は此花先輩とは目を合わせようとはせずにそっぽを向いていた。
「どの辺で拾ったのかな?」
「えーっとあの辺ですかね」
石川先輩は此花先輩に背を向けて広大な砂浜を指差した。
「もう少し分かりやすく教えてもらってもいいかな?」
止むことのない此花先輩の追及に、石川先輩はついに白状し、石川先輩の持つ安山岩はここに来る前に道端で適当に拾った石だということが分かった。
「もう、去年もそうだったけど、どうしてそんなことをするの?」
「だって此花先輩。国定公園や国立公園は石や砂であっても持って帰れば犯罪ですよ」
『犯罪』その言葉は僕の心に突き刺さった。その言葉に動揺をしていたのは僕だけではなくて、一年生の殆どは驚いていた。特に山河内さんは驚きすぎて目を右に左に頻繁に動かしていた。
「あの、此花先輩……」
急に不安になってきた山河内さんは、困惑した様子で此花先輩に質問をしていた。
「どうしたの?」
「石を持って帰るって言ってましたが、大丈夫なのですか?」
此花先輩はニコリと笑って答えた。
「ちゃんと許可は取ってあるから大丈夫だよ。だけど、一個までだから複数あるのだったら一つに絞ってね」
一安心できたのか、山河内さんは「ほっ」とため息を吐いて、胸の辺りを右手で押さえていた。
「そうなのですね……」
「驚かしちゃってごめんね。一年生の不安を煽った石川君はまた後で怒っておくから」
その言葉を聞いて石川先輩は、突然座って正座をしていた。
「僕の言い分も聞いてください!」
その構図はまるで、時代劇なんかでよく見る罪人と代官様のようだった。
「聞いてあげるけど簡潔にね」
「先輩は大丈夫だと言いますが、いくら許可がとは言っても犯罪のようなことしているのには違いないじゃないですか。コンビニとかで袋を忘れた時に鞄に入れれば、窃盗しているかのような気分になるじゃないですか。それと一緒ですよ!」
石川先輩の必死の弁明を聞いて、僕は脳内で、めっちゃ分かる。と思いながら、心の中で首を大きく縦に振っていた。
「それは確かに分かるけど、大丈夫って言ってくれているから、犯罪ではないんだよ」
「それでも持って帰ることはできません」
「そっか。まあ、無理に持って帰れとは私も言わないよ。ところで、石を探すのはもちろんしたんだよね。だったら、道端で拾った石ではなくて、ここで見つけたとっておきの石を見せて欲しいな」
正座したまま天を仰いだ石川先輩は、ゆっくりと頭を地面スレスレのところまで下げていた。いわゆる、土下座をしていた。
「すみません。いい石がなかったので拾ってません」
潔く謝っていたけど、事情を知っている僕にはその姿はカッコ悪く映っていた。これが日常茶飯事なのか、その光景をやれやれと言いたそうに一年生以外の先輩方は見ていた。
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