第21話 記録官ルイ・ボンドの手記④

一日目の討伐が終了し第三騎士団のすべてのメンバーがキャンプ地へと集合した。夜に活性化する魔物に備えるために我々はひと塊りになって野営をする。班長たちもお互いの戦果を報告し合う必要があるので、こうして集まるのは都合がいい。

私も記録係として彼らの会議に参加する。私はもともと記録魔で、暇さえあれば手帳に何か書き綴っている。周囲の人々の動きや言葉、表情、自分の思考などなど。これはただの癖のようなもので特に意味はない。人によっては私のこの悪癖を気持ち悪く思うこともあるようだが、団長は面白がって記録係に任命してくれた。


「おおよそ、今日だけで一班あたり三箇所は潰せている計算になるな。順調だ」

「予定通り、洞窟や木の虚を中心に回っていますからね。これはそう難しい作業ではありませんし」


夜鳴き蝙蝠のように、洞窟などーー人間でも入り込める場所ーーを住処にする魔物の討伐は比較的簡単だ。ただ、奴らが目覚めると空を飛び音波を操るので、討伐の難易度は格段に跳ね上がる。ここまで世界が瘴気に塗れる前は、夜鳴き蝙蝠は定期的に昼間に巣を殲滅して数が増えるのを防いでいたものだ。

先日、三匹の蝙蝠が王都に侵入してしまったのは、いかに我々の手が予防にまで回っていなかったかを如実に表す醜聞であった。まあ、団長と聖女様のおかげで一般には「女神のご威光を示すありがたいお話」と塗り変わったわけだが。


「このペースでいけば明日の昼には森のすべての洞窟は抑えられます。問題は洞窟に収まりきっていない個体ですね」


夜鳴き蝙蝠は滅法、光に弱い。動き出すのは日が沈んでからだし、夜が明けては太陽の光が一切入ってこない洞窟を寝ぐらとしている。だから森の洞窟を虱潰しにあたれば夜鳴き蝙蝠を全滅させられるはずだった。

しかし、今はかつてないほどに奴らは数を増やしている。自然と寝ぐらにあぶれる個体も現れて、木の枝にぶら下がって昼間を過ごすものも出てきたというわけである。

洞窟にいるかどうかが何故問題になるのかって?東の森にはそこまで大きな洞窟がないから、天井からぶら下がっているにしても大体は剣先が届くから討伐しやすい。もしそうでなくとも、洞窟というのは密閉しやすいのだ。土魔法で空気の逃げ道を塞ぎ、火魔法で内部の酸素を無くせばーー時間と手間はかかるが、確実に蝙蝠を一掃できる。洞窟というのは奴らを狩るのににうってつけの場所なのだ。

しかし剣先が届かない場所に居座られていたら面倒だな。木の枝にぶら下がっているとして……まずは枝を落とすか?でもそれで奴らが目を覚ましたら面倒だな。寝ぼけた蝙蝠がパニックを起こしたらまた大混乱だ。


「洞窟の外にいる個体というのは……日光に耐性でもついたのか?」

「いえ、枝葉が茂って昼間でも薄暗い場所を選んでいるようですから、そういう訳でもないと思います」

「ならやりようがあるな」


夜鳴き蝙蝠がここまで増えたケースは初めてだったから、なんだかんだで私は緊張していたと思う。そう難しくはない作業だとは言うが、イレギュラーな事態になっているのだからイレギュラーな事件が起こってもおかしくはない。ここ数年の魔物の大量発生ではいつも誰かが大怪我をするし、明日は我が身かもしれないからだ。 

もちろん、アミュレットが自分を守ってくれているというのは非常に心強い。しかし現場にはアミュレットが支給されていない一般兵もいるのだ。刺繍は手間がかかるものというから、兵士の分にまで手が回らなかったのか、糸が足りなかったのか。それとも聖女は単に、騎士団の任務に騎士以外の人間が関係することを知らないのかもしれない。

もしも騎士団が無傷だというのに一般兵が怪我を負ったとなれば、それは第三騎士団にとっての恥である。彼らと我々は良いパートナーであるが、騎士にはすべての人間を守るべしという理念がある。それは剣技に長けた兵士に対しても同じで、それは魔力を持って生まれたすべての貴族に叩き込まれた精神だった。

班長たちも意見を出し合い、会議は遅くまで続いた。アミュレットについて話題が出てもおかしくないのではないかと思ったが、団長は議論の終わりに述べただけだった。


「皆の中にも女神の加護を実感した者がいるだろう。しかし、あまりそれについて喧伝しないように団員に伝えてくれ」


そうは言っても、先日大きく新聞に「聖女の力」って載ったばかりだ。今更我々が口を噤んでも、聖女のアミュレットの効果は明白で、我々がこのまま無傷で帰れば誰もが騒ぎ立てると思うのだが。


「ちなみに女神の加護について、今日渡したリボンはまったく関係がない。まったくだ」


彼としては聖女の力をなるべく隠したいということだろうか。まあ、団長がそう言うのならそういうことだ。

カロリング副団長も「ご加護があるとばかりに気を緩められても困る」と、より緊張感を持って任務にあたるように伝達させた。副団長は厳しいからな。きっと浮き足立っている団員も背筋を伸ばすだろう。


二日目の討伐はスムーズに終わった。洞窟の中はもちろん、木にぶら下がっていた個体まで、群れているものならほとんど発見できたし討伐もできた。

そう、討伐はスムーズに終わった……だが疲労感がすごい。今日は洞窟の外でぶら下がっている蝙蝠を討伐するために大量に魔力を使ったからだ。

俺は土の魔法が使えるのだが、今日はそれで落とし穴を掘りまくった。俺の土の魔法は、風や火の魔法のように機動が早くない。だからちょこまかと動く敵を切り裂いたりはできないのだが、あらかじめ落とし穴や土壁などを作って罠とすることはできる。

蝙蝠のような空飛ぶ相手に落とし穴を?それはもっともな疑問だ。事実、今回掘った落とし穴は罠というより安全策のようなものだった。

我々がやったことはこうだ。夜鳴き蝙蝠の群れが木の枝にぶら下がっているところを見つけたなら、その群集が入れるような大穴を枝の真下に作る。そこにすっぽりと落ちるように、風の魔法で奴らが捕まっている木の枝を切り落とす。

落ちた衝撃でほとんどの蝙蝠は目を覚ます。寝ぼけて音波を放ったり鉤爪を振り回したりと穴の中は大混乱だ。同士討ちを穴の外から観察しつつ、奴らのパニックが治りそうになったなら火の魔法で強い閃光を放ってもらい、視覚を奪ったところでとどめを刺していく。

もちろん、この作戦のすべてがうまくいった訳ではない。穴の中にうまく落ちなかった個体もいたし、うまく目を眩ませられないときもあった。イレギュラーが発生したときは動ける者が剣を振るうか魔法を使った。

うん、そうだな。この作戦にどのような失敗が発生して騎士がどのような対応策をとったのか、近日中にヒアリングをしてまとめておこう。きっと良い資料になる。

報告会議ではすべての蝙蝠の寝ぐらを潰せたことが分かった。これで家に帰れると思うと安堵の溜め息が出る。ずっと働き詰めだったし、今度こそはしばらく休暇を取っても許されるだろう。

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