第19話 記録官ルイ・ボンドの手記②

第三騎士団長リオネル・ブランナシージュはどのような人物か。一言で表すとするなら「仕事の鬼」といったところだろうか。

少なくとも私は彼が休んでいるところを見たことがない。それは瘴気が濃くなってからのここ2.3年は特に顕著だった。遠征はもちろん、本来なら第二騎士団の仕事であるはずの夜間パトロール。それに加えて書類仕事や薬の手配などで、団長はてんてこ舞いだった。

「少しは団長も休まれませんと」

薬が思うように手に入らず、憔悴していた団長にそう声をかけたことがある。

「私は……私はいいんだ。それよりも、魔物のせいで傷ついた者たちを……救わねば……」

そう言った団長の瞳には、仄暗い焔が灯っていた。

団長はもともと影のある男だった。彼は若いときに母親を魔物に殺されている。それがきっかけかどうかは分からないが、私が見るにリオネル・ブランナシージュは魔物への憎悪で第三騎士団の団長に上り詰めた人だと思う。

それは彼の戦いを見れば分かる。団長の剣技、その美しさだけに捉われて「彼は剣を愛しているのだ。それゆえに団長という高みに到達できたのだ」と評する人間はたくさんいる。

いや、確かに彼の剣は素晴らしい。しかし私には美しさよりも、魔物と相対したときの殺気、決して撃ち漏らすまいとする執念、そしていくら奴らを討伐しても癒えることのない渇きーーそんなものが目について、もはや恐ろしさすら覚える。憎んでも憎んでもそのどす黒い思いは尽きることがなく、彼には剣を置く暇すらない。

一人の団員として彼の元で働く分には、良い団長だと思う。我々を率いるにあっては冷静沈着だし、判断も的確。人柄は柔和で団長としての威厳も兼ね備えている。

ただ、魔物に追い詰められたりすると憎しみにどぼんと溺れてしまう。瞳に昏い焔が宿る。

ここまで言っておいてなんだが、彼は「仕事の鬼」と言うには相応しくなかったかもしれないな。じゃあなんだろう。「憎しみの人」とかだろうか?

いやいや、それもちょっとな。

団長は最近、結婚したのだ。しかも異界より訪れた聖女と。聖女が女神の慈愛と神聖なる魔力を持って人々を救うのは周知の事実だ。

そしてその聖女は自ら伴侶を選ぶ。聖女がこの世界に降り立ったそのとき、彼女は未来の伴侶の手を取るのだ。聖女がどういう基準で夫を選ぶのかは分からない。しかし、清き女神の代理人が、憎しみの人をパートナーとして選ぶだろうか。

結婚のおかげかどうだろうかな。最近の団長は少し変わったように見える。どう変わったかと聞かれると……難しいな。表情が柔らかくなったというか、余裕ができたというのだろうか。

まあそれはもしかしたら瘴気が薄くなったおかげかもしれない。瘴気というのは厄介なもので、魔物を活発にするし作物の育ちを阻害するし、人間の精神にも悪影響を及ぼす。

瘴気を薄くしたのは聖女だから、どちらにせよ彼女のおかげだな。団長には良き夫として、聖女の庇護を行う者として、彼女を大切にしてあげてほしい。

俺も第三騎士団の団員として聖女の護衛についたことがある。彼女は日がな一日、ずーっと刺繍をしていた。静かに針を刺す姿は慎ましい……というより、太陽のようにギラギラして見えた。大きな情熱を小さな刺繍枠のなかにぶつけているようで、ただ座って針を動かしているだけなのに生気に溢れていた。

団長の昏い熱に対して、彼女のそれはひどく眩しい。団長と彼女のプライベートまでは推測しかねるが、彼女が団長を明るく照らしてくれているならと思う。

ふと、ヒイラギのリボンを思う。もしや、これは聖女が刺したものではなかろうか。刺繍入りのリボンだなんて高級品だし、本来ならば戦場に持ち出すようなものではない。

でもこれが聖女による刺繍だったら?戦場に持ち出すことに意味のある品だったら?

「……今回も無傷で帰ってみせるからな」

俺は妻と娘たちに誓った。

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