第8話 うちのハンナは最強です
「なっ、なんだお前ら……っ。この氷をなんとかしやがれっ……!騎士だからってこんな横暴が許されると思ってんのか……っ」
男は悔しそうに呻いたが騎士二人は気にする様子もない。赤髪の青年はおちょくるように言った。
「え〜?そのレディたちがブランナシージュ公爵家の方達だって分かってもそんな口聞けるんすか〜?」
「こ……公爵家……っ」
男はさあっと顔色を青くした。
「この方たちが公爵家の女性であろうとなかろうと、貴様を暴行未遂で第二騎士団の詰所にエスコートすることもできるが?」
青髪の青年は冷たい表情と口調を崩さない。第二騎士団は王都内の治安を統率しており、警察組織も兼ねている。第二騎士団という単語を聞くと、男は媚びへつらうように釈明を始めた。
「いえ、お若い女性が道に迷われたんじゃないかと心配になってお声を掛けただけのことで……そんな、暴行だなんて」
「え〜?その右腕はどう説明するんすか〜?」
男の右腕はまだ振り上げた姿勢のまま氷漬けにされており、弁解の余地もない。男は次の言葉を紡ぐことができずに項垂れた。そこでハンナがちょっぴり眉尻を下げて口を開いた。
「若奥様、わたくしたちは第二騎士団への出頭までは望みませんわよね?」
「え?えっと」
どうだろう。私は軽犯罪であってもしっかり警察に通報すべきだと思っている。犯罪者は警察にバチボコに絞められて、しっかり反省するべきだ。
しっかり者のハンナのことだから、こういうことにも厳しいかと思っていたけれども違うのかな?それともこの国の警察ってあてにならなかったりする?
何が正解か分からなかったので、とりあえずハンナに合わせよう。
「そうですね、私もそこまで望みません」
「さすが若奥様。懐が深くていらっしゃいますわ」
ハンナが大袈裟に褒め称えると、男は小声で「ありがとうございます」と繰り返した。やはりこの世界でも警察沙汰になるのは不名誉なことなのだろう。男は立場ある人間のようだからそれは尚更だ。
「騎士様、若奥様が氷の戒めを解いてあげてほしいとおっしゃっていますわ」
「分かりました。でしたらそのように」
私は特に何も発言していないのだが、ハンナが話を進めて青髪の騎士が魔法を解く。氷漬けの右腕が自由になると、男はその場にへたり込んだ。
「若奥様のお慈悲に感謝することですわね。ただ、また他の女性にも迷惑がかかるようなことがあればブランナシージュ家が黙ってはいないと思いますが」
ハンナが笑顔で圧力をかけ、男は赤べこのように頷いて逃げるように馬車で去っていった。
「……ふうっ。若奥様、もう心配ございませんからね」
ハンナが優しく微笑みかけてくれて、私の緊張の糸が切れた。
「ハンナさん……!ありがとうございます〜!」
「怖かったですねぇ」
彼女は優しく背中を撫でてくれて、私はちょっぴり泣きそうになる。
「いやぁ、無事で済んで良かったっすけど、なんであんなことになったんすか。あんな小物一匹、二人でいたらそもそも絡まれなかったっしょ」
赤髪の騎士に問われて私は言葉に詰まった。ハンナに言いつけられていたにも関わらず、一人でフラフラと外に出たのは私である。
この流れのまま許してくれないかな?
そう思ったけれど、ハンナは目を吊り上げた。
「そうですよ、若奥様。私は側でお待ちくださいと申し上げたはずです。何故お一人で外に出られたのです!!」
「え、えっと……外の様子を見てみたかったから?」
「それならわたくしを待ってからになさいまし!わたくしとでも景色は見られますでしょう!」
どうしよう、本当は「実はちょっと一人になってみたかったから」だなんて言えなくなっちゃったな。「一人になるだなんて!」って怒られるに決まっている。
「ごめんなさい、ハンナさん……。もとの世界では一人で行動することの方が多かったから、つい……」
「若奥様はもっと使用人を側に置くことを覚えてくださいませ!」
うーん、どうしよう。お説教始まっちゃったよう。私が困った顔をしていると、青髪の騎士が口を挟んだ。
「若奥様。屋敷の中ではともかくとして、外ではお一人になることは推奨しません」
「えっ。えっと……たしかにたまに変な男の人はいるかもしれないけど……」
そこまで警戒するほど?一人で街を歩くくらい普通でしょ?
「今回は無事で済みましたが、事件になることだってあります」
「そーっすよ。アイツも若奥様を馬車に乗せてそのまま誘拐する腹だったのかもしれねっすから」
赤髪の騎士は真意は分からないがと肩をすくめた。
でも、誘拐……?私、大人だけど誘拐される可能性とかあるの?
「人身売買だとか、結婚を目的とした誘拐などが起こる可能性があります。あの男はどうやら若奥様をご存知なかったようですが、『聖女』の肩書きを狙って犯行が起こされる可能性も」
そこまで言われて、ここは異世界で私の常識は通用しないのだということを思い出す。しかも私は一般人ではない。「聖女」なのだ。
私はちょっぴり怖くなって自分の身をかき抱いた。震える私の肩をハンナが優しく抱きしめる。
「若奥様。いつでもわたくしを近くに置いてくださったなら、決して不安な思いはさせません。できる限りお守りいたしますからどうぞ安心なさってくださいませ」
「ハ……ハンナさん……!」
「『ハンナ』で結構ですわ」
「ハンナぁ〜!!」
「敬語もおやめくださいましね」
「はいっ……!全部ハンナの言う通りにしますっ……」
もう「一人になりたい」なんて言いません。ずっとハンナには側にいてもらいます。チョロいと言われても構いません。
ハンナに一通りヨシヨシしてもらって、二人の騎士にもお礼を言う。
「お二人が偶然ここに通りかからなかったらどうなっていたことか。本当にありがとう」
頭を下げると、赤髪の騎士は愉快そうに笑った。
「偶然じゃないっすよー!お屋敷に行ったらお二人が王立図書館に出掛けたって聞いてここに来たんす」
「もしかして、何か私に用があったんですか?」
「騎士団長から伝わってないすか?」
リオネル様ならあの日にポーションを渡してから会っていない。青髪の騎士は改めてぴっと背筋を伸ばした。
「私共、第三騎士団は持ち回りで若奥様の警護をすることとなりました。毎日二名、第三騎士団より派遣されます」
私に護衛?!騎士が?二人も?!
「本日の担当は私ニエベと……この言葉遣いがなっていないフェルドです」
「よ……よろしくお願いします……?」
ちゃんと信頼できる人についていてもらおうとは思ったけど……こんなにも人が増えて私は大丈夫かな……?
「俺ら、前の討伐でヤバい怪我してたんすけど、騎士団長がどこからかヤバいポーション持ってきてくれたんすよ。本当ならもっと早く若奥様には護衛が付くはずだったんすけど、第三騎士団は全員復活したんでやっとお役に立てるっす!」
「フェルド……言葉遣いを改めろ」
「ニエベはこんな感じで細けぇ奴だけど、よろしくお願いしまっす!」
「凍らすぞお前」
なるほどー……。
「聖女」だしな……仕方ないか……。
しかしこの人たちも顔がいいな……。
これから毎日持ち回りで騎士たちに警護されるって……喪女の私に耐えられるだろうか。
まあ冷静に考えたら護衛がつくのも仕方がないかな。私の刺繍の力が悪人に知られでもしたら、いかに公爵邸にいるとは言え私の身柄は無事では済まなくなるだろう。
私たちはそのまま連れ立って公爵邸へと戻った。オトギリソウの刺繍の続きに没頭していたら周囲に人がいることも気にならなかったし、今日の出来事もすっかり忘れることができた。
だから、夕食時に私宛に長い謝罪文と贈り物が届いていたと知ってびっくりした。
「今日のことは大奥様に報告をして、ナシージュ家から抗議をいたしました」
「抗議って……名前も知らない人に?」
「馬車に紋章がございましたので、家門はすぐに特定できました。男爵家の紋章でしたが、顔貌の特徴や評判からすぐにそこの三男だと断定できましたよ」
「もしかして、第二騎士団に連れて行くよりも家から抗議するほうが効果があった?」
「いえ、もともと抗議はするつもりでございましたから。詰所に連行しなかったのは若奥様への逆恨みを避けるためでございます。しかしどちらにせよ、男爵家当主に知られた以上はあの方もペナルティを避けられませんからご安心ください」
ハンナは「あの無法者ももうあんな愚行は繰り返せないでしょうね」と付け足した。
私ったらただオドオドしていただけなのに、ハンナったらそんなところまで見ていたの?私の専属侍女……すごい!もう一生貴女についていきます!
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