第5話

   5


「――もう、大丈夫です」

 真帆さんは湊のおでこから手を離して、微笑んだ。


 ほっと安堵のため息を漏らす陽葵の肩を、「良かったね!」と潮見がポンポン叩く。


 湊はベッドの上で静かに寝息を立てており、先ほどまでとは打って変わって、すっかり症状も落ち着いた様子だった。


 まだ眠りから覚める様子はないのだけれど、これなら明日辺りにでも動けるようになるかもしれない、そう真帆さんは僕らに言った。


「とりあえず、虹色ラムネをもう何本か置いていきますから、目が覚めたら飲ませてあげてくださいね」


「は、はい。ありがとうございます、真帆さん」


 何だか今にも泣きだしてしまいそうな表情の陽葵に、僕も思わず笑みが零れた。


「それじゃぁ、長居してもお邪魔でしょうし、私たちは行きましょうか」


 真帆さんの言葉に、僕も潮見も静かに頷く。


 玄関先まで陽葵が僕らを見送りに出てくれて、皆で手を振った時だった。


「あ、真帆さん」

 陽葵が引き留めるように呼んで、


「はい、なんでしょう?」

 真帆さんは小首を傾げる。


「真帆さん、いつまでこっちに? あとでお礼がしたいんですけど……」


 それに対して、真帆さんは「あー」と少しばかり空を仰いで、苦笑するように、

「今日中には帰ろうと思います。家族が待っていますので」


「そう、ですか……」

 残念そうに俯く陽葵。


 そんな陽葵に、真帆さんはにっこりと微笑んで、

「大丈夫ですよ」


「えっ?」

 陽葵は何がですか? と顔を上げる。


 真帆さんは陽葵の両手をそっと握りながら、

「――今度は夫や子供たちと遊びに来ますから。お礼はまた、その時にお願いしますね!」


「は、はい……! もちろん!」

 陽葵も、満面の笑みで、答えたのだった。


 それから僕らは、陽葵の家のそばで待っていた八千代さんや伯父さんと合流した。


 あんまり大人数で伺ってもお邪魔になるだろうと、八千代さんが遠慮して待っていてくれたのだ。


「で、どうだった?」


 八千代さんに訊ねられて、真帆さんは「大丈夫です」と頷いた。

「すっかり症状も軽くなっていました。もう、問題ないと思います」


 そうかい、そうかい、と八千代さんは満足げに笑みを浮かべる。


「すまなかったね。私の足が悪いばっかりに、一週間も付き合わせてしまって」


「あぁ、いえいえ」

 と真帆さんは首を横に振って、

「私も観光気分でのんびり構え過ぎていましたから……」


 八千代さんは「ふんっ」と鼻で笑ってから、

「それは、確かにそうだったねぇ」

 嘲るように、そう言った。


「――さて、あとは協会への報告書を用意しないといけませんね」

 真帆さんは僕や伯父さんに顔を向けると、

「八千代さんは、私とメイさんでおうちまで送ってさしあげますので……」


「あぁ、うん、頼んだよ」

 伯父さんは、全てを承知しているかのようだった。


 気が付くと、真帆さんと潮見はどこから取り出したのだろうか、ふたりともホウキを手に携えていた。


 ふたりがそれぞれのホウキに腰かけると、八千代さんはゆっくりとした動きで、潮見のホウキの方に、潮見と並ぶように腰かける。


「あれあれ? 八千代さん、私の方に乗らないんですか? こっちの方が柄が長いのに」


 すると八千代さんは眉間に皴を寄せながら、

「……誰があんたみたいな運転の荒いホウキになんて乗るもんですか。そもそも、こっちに着いた瞬間、ホウキからおっこちたんじゃなかったのかい?」


「え~っ! あれはこの町の魔力が少なかったせいじゃないですかぁ! それに、昔よりはずいぶん安全運転するようになったんですからね!」


 まるで子供のように、不服そうに唇を尖らせる真帆さんに、僕らは思わず、笑ってしまったのだった。

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