第3話

   3


「で、どこから探す?」


 潮見の言葉に、真帆さんはショルダーバッグから取り出した磁石とにらめっこしながら、

「そうですねぇ、魔力磁石を使えば簡単に見つけられると思っていたんですけど、思った以上に魔力の流れが細すぎるみたいで、全然使い物にならないみたいです」

 それから大きくため息を吐いてから肩をすくめて、

「仕方がありません、しらみつぶしに調べていきましょうか」


 そんな真帆さんに、僕は首を傾げながら、

「細すぎるって、それなのにミナトは、あんなに体調を悪くしてるの?」


「それだけ地力との結びつきが強いということでしょう。どんなに流れが細くとも、そこに穴がある限りは、際限なく魔力は流出し続けているわけですから」


「ただ、本来なら、多少の穴は人体に悪影響なんて及ぼさないんだよ」

 歩きながら、潮見がそう教えてくれた。

「穴ができて、そこから魔力が流れ出して、また新たな魔力の流れが生み出される。川の流れと一緒。川が山の斜面を削ることによって、それまで流れていた川のルートが変わったりするでしょ? 魔力も、それと一緒でいつも同じ場所を流れ続けているわけじゃない。長い年月をかけて、少しずつ動きを変えながら、絶えず地中を流れ続けている、そういうものなんだよ。その流れを人間にとって都合のいいように制御するために、私たち魔女は要石を設置してきた――って、おばあちゃんが言ってた」


 おばあちゃん――坂の上の魔女が。


 僕は「ふうん」と曖昧な返事をしてから、

「とにかく、もう一つ、魔力の穴を見つけて塞げば、今度こそ湊は回復する、そういうことだろ?」


 潮見はうんと頷いて、

「ま、そういうこと」


「あの様子だと、本当にこの近くだと思うんですけど…… 或いは地力というより、この場と言うべきかもしれません。より限定的な魔力の流れ、だと思うんですが」


 言いながら、真帆さんはきょろきょろと辺りを見回す。


 腰を屈めては地面を睨みつけ、背筋を伸ばしては少し先の方を見つめている。


 僕と潮見もそれに倣うように辺りを色々と探ってみたのだけれど、正直なところ、何がきっかけで魔力が流れ出しているのかが解らないのだから、探しようがない。


 昨日みたいに、その近くに龍か何かが居てくれたなら、少しは探しやすいのだろうけれど。


「結局、どこからどんなふうに魔力が流れているのか、予想もできないの?」


 訊ねると、真帆さんは「ほら、何度も言ったじゃないですか」とこちらに振り向き、

「祠とか社があったような場所ですよ。或いはそれに代わる何かかも知れません。仏像、石像、それこそ漂着神的なものかも知れません。それが何なのかまでは私には判りません。むしろ、メイさんとハルトくんの方が詳しいのではないですか? この辺りに、何かが祀られていたりとかしていませんでしたか?」


「祀られていた、って言われても……」


 昔からこの辺りでずっと遊んできたけれど、そんなものを見た記憶は一切ない。


 潮見はどうだろうと顔を向けてみたのだけれど、潮見も僕と同じように、眉を寄せながら首を傾げて、

「そんなもの、あったかなぁ……」

 と呟いた。


「もしかしたら、それは一見して祀られているようには見えないかも知れません。何かの標、意味ありげにそこにあるだけの、正体不明の構築物、とか」


 本当に、何も心当たりはありませんか?


 そう真帆さんに改めて問われて、僕は眼を閉じて記憶の底を探ってみる。


 けれど、幼少の頃からの記憶に、そんなものはまるで出てこなくて。


 いや、もしかしたら、僕が意識していないだけで、確かに何かがこの辺りにあったのかも知れない。


 しかもそれは、ここ数日の間に破壊されるか、何かがあって、それが原因で魔力の穴ができて――

 

 そこでふと、僕は思い至るものがあった。


 それは湊が体調を崩した、あの朝のことだ。


 僕と陸と優斗の三人で魚釣りに行った、その帰り道。


 道端に放り投げられていた、あの、長さ三十センチくらいの、大きくて四角い石。


 優斗はあれに躓いて転んでしまい、膝にケガをしてしまった。


 あの石は、いったい何だったんだろう。


 どうしてあの石は、あんなところに転がっていたんだろうか。


 もしかして、アレが――?


「真帆さん」


 僕はたまらず、真帆さんに声をかける。


「はい?」


 返事する真帆さんに、僕はその眼を見つめながら、

「もしかしたら、アレかも知れない」


「アレって、心当たり、ありましたか?」


「そうなの? 天満」


「うん」

 と僕は頷き、

「こっち、すぐそこの釣具屋の前だ」


 ふたりを案内するように、駆け出したのだった。

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