第12話

「…そうだな、でも『西洋貴婦人』はここから入るんだろうな」


「え?」


鳩が豆鉄砲食らったような顔をされたが、俺は続けた。


「…ようは、この謎解きは最初から解けないよーになっててさ、全部外堀は埋めて回ってある用意周到な伝統なんだよ」


ドアの向こうにはおそらく俺が思いついた機材がある。

それらを想定して、弁士の前で拙く語る。


「毎年探す奴が居て、どこを回っても答えはいつも同じ。用意されている。生徒会に至っては、情報と人の目も無意識に操作してる」


「操作?」


「まずこの学園には新聞部がない。部の発足を決めるのは生徒会だ、祭事の多いこの学校にあっても良い部活の筈なのに、発足されていない。きっと今後も認められることはないだろう。何故なら新聞は真実を求め続けるものだからだ。執念を燃やされては伝統を始めた側も伝える側もやりにくい。それにこの辺りの見回り」


演劇部の部室に目を向け、俺は続けた。


「時間に厳しい演劇部。稽古中に遅刻者がのこのこ来る者も居ないってことだ。部活動中の見回りはなし。だとしたら貴婦人役の人物が稽古に来ても何人も目撃できない」


えらく饒舌に語れている、目の前の手本を四六時中聞いているからだろうか。

己の意外な一面に、少し胸が高鳴り始める。

とは言え、優津の方は見れない。

なんか見れない。


「アンノウだっていうなら、さっきの壁は嘘だ」


そっとドアを撫で、わかりすく言葉を選ぶ努力をする。


「例え偶然この部屋を正しく開けて入れたとしても、正体は掴めない。

なぜならそこにあるのは、過去の貴婦人の映像が見れる機材があって、台本があって、衣装があって、ひとりで静かに練習できるような、環境?いや、膨大な資料の山だろう。

どう学校生活を送るか、どう時間をやりくりするか、行動するかのマニュアルなんかもあるだろう。

でも、本人に繋がるものなんて、一切ない」


容赦と妥協のない隠蔽工作。


「講演前にこことか張ってれば本人来るんだよな。

でも、そんなことはしない。

誰もしないのは、校風だからだ。

捻くれる前に正々堂々。

それに、神宮祭まで多忙すぎる。

入学式からそれらまで、祭事行事が多すぎる。

どの学年もそれぞれ、球技大会だ美術祭だ試験だ、で忙しい。

そして演じる本人もしかり、だ」


思い出すのは九月にあった美術祭の優津の絵。

制作期間1ヶ月とは思えないくらい、ミミズがのたくった線で描かれた俺の似顔絵。

俺ってあんなんなのか、と二、三日夢に見たくらい酷かった。


「演じている奴の可能性は腐るほどある。

誰が、なんて探りたくもなって、身近な人間なのかもと、神宮祭が終わって一息付ける時期に、それぞれが調査に奮起する。

でも、これは、そこまでが伝統なんだ。

結局婦人の正体は掴めず、謎は深まるばかり。

毎年、誰も分からない。

なんて不思議な我が校の伝統がひとつ。

これからも秘密でありつづけるに違いない。

そしてその秘密を保有する“楽しみ”」


きっとそれは、


「…それは息抜きのひとつとして用意された悪戯のような、創立者の思惑なんじゃないかな」


狙い通り、毎年探偵は校内を駆けめぐる。

そうして、解明できず生徒の心の中の、未解決ファイルに押し込められる。

嫌々ではなく、どこか嬉々として。


一気に考えを口にしすぎた。

喉がからからで、唇もかさかさになっていた。

というか腹減ったな。

帰りにラーメン屋でも寄りたい気分になってきた。


サーカスみたいに賑やかな優津は、黙って俺の話を聞いてくれた。

途中腰を折ることもなく。

珍しいことに感謝しつつ、ようやく見れた読みとり難い表情を浮かべる優津の答えを待った。


「結局、誰も分かんないってことー?」


「ま、ヒントがなさ過ぎる」


「むう」


結論に不服で、異議申し立てたいらしいが。


「納得いかないか…?」


いまいち捉えかねる様子の優津に、俺は言おうか言わないか迷っていた、ある想定を突きつけることにした。




「…納得、行きませんか、『西洋貴婦人』さん」

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