第5話


「…お時間も差し迫っているようなので、丹後さん」


「おお、この右の部屋が貴婦人の部屋だ」


本題から大逸れしていた優津は、すぐさま食いつきその部屋のドアノブに手を掛けた。


「開かなっ開かなーい」


「鍵掛かってるからな」


木製の重鎮な扉は、型の古い丸いノブが一つ付いているだけ。

装飾もない素っ気ない造りだ。

貴婦人の部屋と言うから、またごてごての飾りでもされいるだろうと思っていたので、肩すかしを食らってしまう。


「後、この角からそっちの廊下の角まで全部繋がってる。向こう角を曲がってもそこにはドアなんてない」


視線で追うと確かにドア以外全て壁だった。

見た目をまったく考慮しない外部との接触を完全に断った様は、この学校にしては珍しい。

上か下に小窓ぐらいあっても良いのに。


「…割と、」


部屋の大きさから内装を考えると、荷物だらけでぎゅうぎゅうなイメージが湧いた。


「たねうまでも安心のお一人様用設計だあ!」


優津は上から下の下まで身体を使って眺め、


「ここに押し込んでしまえぃ」


「…なんで押し込むのさ」


「でかくて邪魔だから」


えいえいと、俺の身体をドアに押しつけようとする。

そんなことしても動きませんし、押し込められません。

丹後さんは俺たちのやりとりに苦笑しつつ、


「まあ、個人用としては広い、と俺は思う、うん贅沢だ」


小首を傾げて腕時計を見た。


「…おそらく衣装や、資料なんかが入っているんでしょうね…」


「見たい!見たいいしょー見たい」


「あ、俺も見たいなー貴婦人の衣装」


衣装と言われ思い出すのは白いドレスだ。

花が沢山付いたツバの広い白い帽子で顔を隠し、妖艶に歩く様はまさに異人。

身長もでかいし、台詞もない。

影としては艶やかに、主人公の青年の手助けする。

それらを彩る形作る物が、このドアの向こうにある。


「鍵もひとつしかないって噂だし」


やれやれと丹後さんが腕を組んだ。

鍵と言われ鍵穴を覗くと、誰かがこじ開けようとしたのか傷がいくつも付いていた。


「…型が古いからピッキングしにくいのかな…?」


「たねうま、詳しいの?」


「や、聞き囓…あ、丹後さん今日はありがとうございました、そろそろお時間ですよね?」


「きびきび、そろそろあれか、あれの時間か」


人の良い先輩を解放すべく話し切り替えたのに、お前は絡んでくるな。

そう思い俺は何故か小躍りしだした優津をふん捕まえ背中に隠し、笑って促す。


「お、ああ、そうだな、ありがとな有馬くん」


このチャンスを逃せばひつこい優津は演劇部に乱入しかねない。

背後できびきびまてまてーと、ひらがな一杯で声を張り上げているが。

離せでかぶつーと暴言まで頂いたが、笑って無視し続ける。


「本当にありがとうございました…すみませんでした」


俺は爽やかに「じゃ、がんばれよな」と去っていく丹後さんを見送った。

優津が落ち着くまで押え付け続ける。

このひよこのような叫きも、飽きたら過去の遺産になって切り替わり、ネクストと言うに違いない。

もげらもげら歌い出した級友は、もしかしたら頭のネジが沢山抜けてるのかもしれない。

そして考えてた通りの台詞が零れた。

というか常時鼻歌。


「たねうまー、ネクスト!ねくすと!もいっちょねくすとー」


その言葉で力を抜いた俺の手から逃れた優津が、速攻で前方へ躍り出た。

本館に足早に戻ってく優津の足取りは、やっぱり軽やかだった。

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