第13話

少年が腕を手前に引いて誘い、彼は両足でバランスを取り態と前に体を出す。

少年がご自慢の尻尾を振って押し出されそうなのを耐え、再び両者もとの位置へ。

冷たい風が、いつの間にか汗を掻いていた体に調度良い。

黒い狐面の奥からくつくつと忍び笑いが漏れ出して、彼もつられて肩を揺らしてしまう。

我慢できずに彼は歯を見せて笑い出し、少年も腹を押さえて後に続く。

なにが楽しいのかよく分からなかった。

けれど腹がよじれるほど、楽しくてしょうがない。

手を繋いで汗を掻いて大声で、笑い合う。

ひーひーと笑い合って、ふいに気付いた。

鉄の匂いと油の匂いと、冷たい性格の風と恋人の冷めた気温との、嫌味の悲劇の先に広がる光景に。

街を昔から包み込み続ける、黄色い曇天の壮大さに。

永久不滅の夕方ということに。

この波状雲は夕暮れのようで、東雲のようで。

黄昏と彼誰の間を彷徨う世界なのだといこうとに。

そして雲の切れ目の奥で輝く本物のオレンジ色に。

本当の日没に渋々天を明け渡す雲の有様に。

いつまでも、胸の内に焼き付いて離れないと確証を得させる日の暮れに。

脈動しているかのように雲は棚引き、本物の太陽光で黒く燃え上がり。

黄色の曇天に覆われていた街は、真実の夕映えに侵略され。

黄色の奥で緋色に燃え上がる空が、身を思い出したばかりの彼の心を打つ。

言葉をなくし、ただ眺めることしかできなかった。

血の通った生き物であるかのように、この現実はこの世界は、剥き出しの人肉のように鼓動して生きているのだと。

今更、気付いて思い知った。


「この街で良いことつったらあれぐれぇなもんだからなぁ」


「そうだな…」


カラスがかあかあと、鳴きながら濃いオレンジの空を泳いでいく。

鼻を掠める匂いは醜悪で。

膏血と肉叢が混ざった匂いだった。

吐瀉物のすえた匂いもあいまって、肺の中をみちみちと満たしていく。

人の身を、精神的にも肉体的にも痛めつけていこうとするこの街の、無意識。

下劣で嫌らしい、だというのにそれが良い。

この光景にはお似合いだった。

二人は暫く、手を取り合ったまま夕暮れを眺めた。


「あと、おめぇの格好、さっきもいったけどひでぇぜ」


「どこが…ってああ…」


呟き合いながら、彼は自分の学ランが酷いことになっていることを思い出した。

儀式の時に抵抗し暴れ上着の両袖が破れて半袖状態になっていたのだ。

おまけに下に着込んでいた紺のセーターも所々痛んでいる。

そこで、彼はもっとも大切なことを思い出した。

ベッドに繋がれている本日夕方を持って命尽き果てる予定の、姉のことを。

さっきのやりとりでどうして思い出さなかったのか。

多分興奮が強くて勝っていたんだと思うが。

冷や汗を思い出し、腰の辺りまでつらっと流れたそれに苦い顔をしてしまう。

彼は、名残惜しい気もしたけれど別れを告げようとして、少年に向き直った。

するとなにも言っていないのに、少年もまた彼に顔を向けた。

手を繋いでる間だけの、シンクロニシティのようで。

自然とはにかんでしまった。


「…あのさ」


「おれそろそろけぇるからよ」


開口一番を台詞でかぶせられてしまい、後が続けられなくなる。


「俺の名前はこたねってぇんだ。明日も今日と同じくれぇの時間に、ここ掃除しにくっからよ」


かかさまがうるせぇんだよ、あそこの稲荷神社がきたねぇってよ。

独り言のように文句を付け加え、少年が仕方なさそうに繋いだ手から力を抜いた。

だから彼も、手放した。

うっすら残る手の温もり。

女の子がほう良いと思うけど、これは嫌じゃない。

戦闘少女なんて論外だ。


「だから、…またな」


狐面の奥で満面の笑みを浮かべる気配を惜しげもなくさらして、背を向けられた。


「さよなら三角また来て四角っ」


子供っぽい挨拶をして、稲荷神社の奥底に少年が消えていく。

白い祠のそれこそ先の先。

薄暗い先の見えない奥の奥に手を振りながら消えていく。

ぼやけてとろける姿を小さくさせながら、名残惜しそうに手をいつまでも振らりながら小走り。

彼は意識せず手を振り替えし、人面植物のように、またな、また、な、と繰り返していた。

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