第13話 その、日独防共協定は……2/3

 








 ドイツ・ベルリン 親衛隊本部


 とある執務室に、二人の親衛隊将校がいた。


 机についているのが、中佐の襟章をつけた男で、机を挟んでその向こう側に立っているのが、大尉の襟章をつけた男だった。


 大尉が、新聞紙を片手にして口を開いた。


『ついに、独日防共協定、成立……ですか』


 中佐が応えた。


『ああ。協定調印は滞りなく終了したそうだ』

『総統閣下も、さぞお喜びでしょうな……』

『まあ、我々も喜ばねばならん。立場上……はな』


 そう言いつつも、中佐は、机上の葉巻入れから出したシガレットを咥えて、苦々しそうにライターで火をつけた。


『中佐のお気持ちはよく分かります。これをダシにして、更なる出世を画策している者がいる……そういうことでしょう?』

『ああ……実に、不愉快な話だよ』

『それは、誰のことですか?』

『言わんでも分かるだろう?』

『そう言えば……日本の東京で締結作業をしていたノルベルト・ツー・フランベルグ大佐も、立役者の一人ですな?』


 我が意を得たりとばかりに、中佐はうなずいた。


 それに追随せんと、大尉が言葉を続ける。


『……正直に言って、目障りですな』

『ああ。下級貴族の分際で貴族面をして、古参党員である我々を出し抜こうとしおって……。しかも、息子まで親衛隊に引き入れて、少尉にしたということではないか。親子で我が親衛隊での地位を確固たるものにしようとしている……ああ、実に嘆かわしい!』


 中佐は、吸っていたシガレットを、鉤十字が刻まれた金属製の灰皿に強く押し付けた。


 その様子にうなずきながら、大尉は続けた。


『ヒムラー長官の最近の貴族趣味にも、困ったものです。貴族を入れることで、親衛隊の品格を上げようとしているのですから』

『そうとも。やはり君は、優秀にして、ことの本質をわきまえた親衛隊将校だな』

『我が母なる党を何といいますか? ドイツ国家社会主義労働者党N S D A P、です。ナチスは、あくまで我々平民……労働者階級のものに他なりません。それは、親衛隊にしても同じであって然るべきものです。私や中佐のような、ナチスがまだ弱小政党に過ぎなかったころから、皆で黒パンを分け合って闘争していた頃の同志が、軽んじられていいはずがありません』


 そこまで言って、大尉は、急に周りを気にし始めた。


『どうした、大尉?』

『いえ……どこかに盗聴器でも仕掛けられていてはと思いまして……』

『安心したまえ。この部屋は朝と夕にクリーニングをしている。盗聴器などない』


 中佐は余裕のある笑顔を浮かべて、話を続けた。


『ここからは、私の独り言だ……旧態依然とした貴族制にしがみつき、親衛隊を私物化せんとしている反逆者とその家族が、何か不幸な目に遭わないだろうか……?』


 大尉も、唇の片端を持ち上げて、不敵な笑みを浮かべた。


『何も、手を下すのが我々とは限りませんよ……?』

『ほう、それはどういう……?』

『奴がした功績を、逆に利用するのです』

『功績を利用するだと? それは……今回の防共協定のことか?』

『はい、その通りです。中佐』


 中佐は両手を組み、両肘を机について、興味深そうに前のめりになった。


『君の頭の中には、何か素晴らしい考えがありそうだな? 私が思いつかないような、何かが……』

『ご謙遜を、中佐』

『それで? 私はどうすればいいのかね?』

『中佐が動く必要はありません。我々はただ、けしかければいいのです』

『けしかける? 誰をだ?』


 大尉はにやりと笑って言った。


『我々以外に、今回の防共協定を面白く思っていない連中を、です』






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