第4話 その、新年のご挨拶は……1/3
ドイツ大使館でのクリスマスパーティーから、さらに数日。
一高は、あっという間に終業式を迎えていた。
この終業式の日の昼、祥太郎は、食堂でサシャとテーブルについて昼食を摂っていた。
「サシャ、箸をうまく使えるようになってきたじゃないか?」
サシャは、サバの煮つけの骨を、器用に箸で取り除きながら言った。
「ふん。これくらい、慣れれば何ともない」
「そっか。ところでサシャ、話は変わるんだけどさ……」
サシャは、サバをもぐもぐしながら聞き返した。
「何だ?」
「サシャは、正月には何かするのか? クリスマスパーティーみたいなこと……」
「別に。僕個人にも大使館にも、そんな予定はない」
「そっか……だったら、一日の元旦に、うちに遊びに来ないか?」
「どうしてだ?」
「どうしてって……まあ、クリスマスパーティに招待してくれたお礼も兼ねて……かな」
「なるほど。それで、うちっていうのは、この寮のことか?」
「いや、俺の実家だよ」
「実家?」
「ああ、四谷にあるんだ。俺、正月の三賀日は、実家に外泊するんだ」
「へえ」
しばらく考えている様子だったが、サシャはやがて頷いた。
「行くよ。どうせ、正月は暇だからな」
*
その日の夜、ドイツ大使館のサシャの部屋。
サシャはベッド上に片膝を立てたまま座り込み、そばに控えている佐川執事と話をしていた。
「……ということで、正月は遊びに行くと返事をしておいた。元旦……一日は、四谷まで送迎を頼む」
「承りました……。いやあ、しかし私は嬉しゅうございます」
「何がだ?」
「お嬢様が、日本のご友人と友好を深めていらっしゃるようで……」
「……任務だ」
「さようで」
「あ、それと佐川、留学初日に僕が決闘したこと、
「旦那様からのご確認とあらば、包み隠さず申し上げるべきかと思いまして」
「はー……。まあいい。僕の不手際だ」
目頭を揉んでいるサシャに、佐川はまた声をかけた。
「お嬢様……留学から、はや二か月が経ちましたが……少しは、日本という国に興味を持っていただけましたかな?」
「……ああ」
「では……一高はどのような学校だと思われましたか?」
「伝統校かつ日本一の進学校の高校らしいが、あくまで僕のレベルからすれば、そう高いとも言えない」
「それは、お嬢様のレベルからすればそうでしょうが……」
サシャは首を横に振りながら続ける。
「あとは、そこにいる学生が野蛮すぎる。それが、日本がアジアの一等国であっても、世界では二等以下であることの証左だ」
「野蛮……なのですか?」
「バカ騒ぎ……ストームとやらがいい例だ。平気で酒を飲み、いきなり服を脱いで全裸になる。こんな連中が、将来の日本のエリートとなり、指導者層となるんだ。結果は見えている」
「まあ、
佐川は苦笑しているが、サシャは難しい顔を崩さない。
「若気の至りであれば、露出狂も許されるのか。日本では」
「それをおっしゃるなら、お嬢様はどうなのですか?」
「……何が言いたい?」
「お嬢様も、お酒が入れば、少々お人が変わるかと……」
サシャは、きょとんとした顔で佐川に問うた。
「………………そんなにか?」
素で聞いてくるサシャに、佐川は面食らったのち、答えた。
「……いいえ。さほどには」
「……そうか。ならいい」
ここで佐川は、面白いことを思い出したとばかりに、口を開いた。
「ところで……木下祥太郎様については、どうお考えですか?」
「なぜ祥太郎のことを聞く?」
「何といっても、お嬢様のご学友ですから」
「……面倒見はいい。また、一見気が弱そうだが、有事の際には自己犠牲も辞さない。要するに、普段の見てくれは典型的な一日本人かもしれないが、一旦ことが起これば臆せず牙を出すタイプということだな」
「正直に言うと、お嬢様は、木下様のことを満更でもなく思っておられるのでは?」
「な、何だと?」
サシャが、眉にしわを寄せて佐川を見やった。
とうの佐川は、ひょうひょうと続ける。
「先日のクリスマスパーティの折、木下様とご一緒にダンスを踊られていたお嬢様、本当に嬉しそうでした」
「…………」
「また、先の配属将校とのいざこざの件でも、お嬢様は直接殴られたわけではないのでしょう? なのに、お義父様に頼んで、配属将校を転属させるよう圧力をかけさせた……。明らかに、身代わりになって殴られた木下様の敵討ちでは?」
サシャは、枕の下からルガーP8拳銃を抜き出して、佐川に向けた。
「それ以上、減らず口をたたくな」
佐川は、眉一つ動かさずに応える。
「弾倉が入っておらず、ましてや安全装置のかかっている銃など、恐れるには足りませんな」
「……当たり前だ」
サシャは銃口を上にあげるようにして、拳銃を引っ込めた。
「お嬢様は、本当にお優しいですな」
「あまりからかうと、次は実弾を入れるぞ」
「おやめください。お休みの際に暴発でもして、お嬢様の綺麗なお顔に傷が入っては、木下様が悲しみます」
「佐川……お前というやつは、本当に口が減らないな」
「ほっほっほ」
「木下祥太郎……か。確かに、あいつはただ者じゃない。だが……日本人の全員が全員、祥太郎だというわけでもない。大勢を見れば、やはり日本人は文化伝達者であるなという印象は否めない。総統閣下はご慧眼をお持ちだ」
サシャは、部屋の一角の壁に掲げてある、ヒトラーの肖像写真を仰ぎ見て、続ける。
「それよりも……個人的には、危機感を持っている」
「危機感と申しますと?」
「日本陸軍の若手将校は、陸軍の先達である我々ドイツに無条件に心酔しているものとかと思っていたが、必ずしもナチスに好印象を持つものばかりではないことが先日のクリスマスパーティで分かった。安藤とかいう大尉のような者もいる」
「日本陸軍への働きかけは、すでにドイツ国防軍がやっているのでは?」
「その国防軍だが、半ば中国の蒋介石のシンパに占められている。大使も武官も、当たり前だが基本的には国防軍の立ち位置にいる。日本よりも中国をとろうとする連中ばかりだ。本当なら我々
「お嬢様も、来年は忙しくなりますな?」
「義父の言う通りだ……せめて、政界や官界へ出て行くであろう一高生には、ナチスに好印象を持っておいてもらう必要がある。僕も、心を新たにして留学生活に臨まなければならないと思った」
サシャは、手の中のルガーを弄びながら続けた。
「だから、対等な友達とやらも、大切にしておくに越したことはないな」
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