第16話 ソロ活
翌朝、
「レイジ、出かけるからな。戸締りしとけよ。」
テツヤ兄さんがそう言って、俺のおでこにキスをした。眠い。まだ俺は寝ていてもいいよな。ん?いや、ダメだ。
「待って。」
慌てて起き上がり、テツヤ兄さんの腕を掴んだ。おっとっと、ふらつきながらベッドから降り、テツヤ兄さんを抱きしめた。
「行ってらっしゃい。気を付けて。それから、頑張って。」
抱きしめたまま、そう言った。
「ああ。行ってくるよ。」
テツヤ兄さんは目深に帽子を被ると、最後にニヤッとして部屋を出た。くーっ、カッコいい。寂しくて泣きそうになってたのに、かっこよさに惚れ直してウキウキしちゃったよ。さすがアイドルだな、うん。
もうちょっとテツヤ兄さんのベッドで寝ていようかと思い、ベッドに腰を下ろすや否や、電話がかかって来た。テツヤ兄さんが何か忘れ物をしたのかと思って、急いで電話に手を伸ばした。だが、それはテツヤ兄さんからの着信ではなく、会社からだった。
「もしもし。」
「レイジか、俺だ。」
「社長?」
「ああ。ちょっと会社に来られるか?聴いてほしい物があるんだ。」
「はい、行きます。」
寝るのは諦め、ベッドの布団を整えた。待てよ。しばらくテツヤ兄さんは不在なのだから、乾燥機を掛けた方がいいだろう。乾燥機を取り出し、タイマーをセットして、部屋を出た。
会社に着くと、マネージャーのイッセイさんが待ち構えていた。
「レイジ、こっちだ。」
イッセイさんに導かれ、会社の作業場に入った。そこには社長と技術系の社員がいた。
「おう、来たか。」
「遅くなりました。」
「いや、いい。じゃ、早速これを聴いてみてくれ。」
社長がそう言うと、技術の人が曲を流した。
「どうだ?これ、歌ってみるか?」
曲がまだ終わらない内に、社長がそう言った。俺は、正直鳥肌が立っていた。なかなか自分で曲を作れずにいた俺。歌いたいのに、歌う曲がなかった俺。
「歌いたい、です。」
歌いたい。この歌を、俺が歌いたい。
「よし、決まりだ。」
社長が言った。そうして、俺のソロ活が始まった。
英語の歌だったので、練習が必須。ガイドをもらい、家で猛特訓した。振り付けの練習も同時に始まり、レッスンに通う事になった。筋トレはまたやっていたのだが、歌いながら踊るのには肺活量が相当必要だ。有酸素運動もやらなければ。
今回は、テツヤ兄さんがいない寂しさも、忙しさで紛らわす事が出来た。毎日やることがたくさんあって、夜になったらバタンキューだ。余計な事を考えている暇がない。テツヤ兄さんもきっと、頑張って撮影をやっているはずだ。俺もこっちで頑張る。それに、レコーディングはアメリカでやるそうで、出国の準備もそろそろしなければならない。MVの撮影もあるし、音楽ライブにも出演できるらしい。
そんな折、別のアイドルグループに所属している同い年の友達から連絡があった。その友達はミツルという。
「レイジ、たまには一緒に飲まないか?」
「最近ちょっと忙しいから、夜遅くてもいいなら。」
「じゃあ、日付が変わる頃にお前んちに行く。」
というやり取りがあり、夜中にミツルが俺の部屋に来た。ウイスキーの瓶を持っている。明日もそれなりに忙しいのに、ウイスキーはやばいような気がするが。
「ちょっと飲んだら帰るからさ。」
ミツルが言った。
俺には友達が少ない。同い年のアイドルに、何人か友達と呼べる人はいる。だが、何しろ俺らのグループは全然プライべートの時間がなかったから、たまに大勢で集まる時に参加するくらいだった。つまり、こうやって個人的に会ったり出かけたりする事はなかった。
「どうした?珍しいじゃん、うちに来るなんて。」
だから、ミツルに何かあったのではないかと勘繰ってしまうのは仕方がない。
「まあ、ちょっとね。追々話すからさ。まずは飲もうよ。」
というので、とりあえずロックで……いや、飲み過ぎてしまうから、ちょっと水で薄めて、乾杯した。
「大変だったな、お前たちのグループ……って、グループとしては先輩なのにあれだけど。」
ミツルは俺たちのグループの話から始めた。そして、どうやら話はソロ活の方へと進むらしい。まだ口外できない事が多い俺の活動。でも、ミツルが聞きたいのは俺の話ではなく……。
「あー、テツヤさんは今どこなの?」
と、聞いてきた。
「今?今はパリ……(言っても大丈夫だよな?もう行先はファンにバレてるよな?)に行ってるよ。」
「またパリなんだ。テツヤさんはカッコいいもんなぁ。世界的なブランドからオファーが来るんだろうなぁ。」
「うん。」
カラン、と氷が音を立てる。どうした、お前は何が言いたいんだ。
「で、何を聞きたいんだ?それか、何かを話したいのか?」
俺がしびれを切らしてそう言うと、ミツルは破顔した。
「いや、別に何もないよ。ただ、テツヤさんはどこにいるのかなーと思っただけで。」
おいおい。
「なんで、ミツルがテツヤ兄さんの事を気にする必要があるんだ?」
「それは……いや、別に深い意味はないんだけどさ。」
また、しばらく黙って飲む。だんだん酔ってきて、あまり勘繰るのが面倒になってきた。
「そうだ、ライブ放送しようか。家に友達が来てますーって。きっとファンが喜ぶよ。」
俺はそう言って、カメラを用意し始めた。
「え、こんな夜中に?いいの?」
ミツルが焦りだす。
「こんばんは~。レイジです。今日はなんと、ジャジャーン。友達が来ていまーす。」
最初は俺だけが映るようにカメラをセットして、ジャジャーンでミツルの方へ少しおカメラを動かした。ミツルは自分が映るように俺の方に体を傾け、頭を俺の肩に乗せた。
「こんばんは~ミツルです。もう夜遅いですから、帰りますよー。」
そう言って、カメラに手を振るミツル。俺も手を振って、すぐに放送を終了した。酔っていて、ただ楽しい気分だった。もうしばらく2人で飲んでいたのだが、後は何を話したのか覚えていない。
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