第12話 試写会
ジュンさんとケイタさんが出る映画の、試写会の日がやってきた。例のTシャツとジャケットはちゃんと手元に届いている。これを着て、行くしかない。
会社の車が迎えに来た。これを着て外に出る事さえドキドキしてしまう。サングラスをして、部屋を出て、車に乗り込むまでは誰にも会わずに済んだ。まあもちろん、この服をちらっと見たからって、意味が分かる人なんて滅多にいない事は分かっているけれど、もしかしたらたまたま詳しい人に出くわすかもしれないし。
車には、既にテツヤ兄さんが乗っていた。テツヤ兄さんも、俺と同じような服を着ていた。
「よしよし、着てきたな。」
テツヤ兄さんはそう言って、俺の頭をちょっと撫でた。俺はさっとテツヤ兄さんの右手の指を見た。あ、指輪はしてない。
「何?」
テツヤ兄さんが不振がってしまった。
「指輪、今日は誠会のメンバーで会うから、して来るかと思った。」
俺が正直に言うと、
「ああ、だって今日は、俺たち2人の大事な日だからな。余計な物はなしだ。」
ってー、くー。嬉しいような、恥ずかしいような。胸が躍るとはこの事。でも、ちょっとヒヤヒヤもする。本当に、これ大丈夫なのだろうか。
会場に着いた。マスコミやファンでごった返している。特設ステージの周りにはかなりの人が詰めかけており、フラッシュがたくさん光っている。今、他の芸能人たちが挨拶をしている。これから俺たちの番がくる。
映画のタイトルが書かれたボードを渡され、舞台袖に移動して待機した。
「では、どうぞ。」
スタッフに促され、舞台ギリギリのところまで歩いて行った。だが、足がすくむ。本当にいいのか?このまま、俺とテツヤ兄さんがこの服を着て、人前に出てもいいのか?
「テツヤ兄さん……。」
聞こえないかもしれないけれど、前を歩くテツヤ兄さんを、震える声で呼んだ。かなりざわざわした会場なのに、俺が止まってしまったからだいぶ間が開いてしまっていたのに、テツヤ兄さんは俺の声を聞いて振り返った。
目が合う。俺は黙ってテツヤ兄さんを見つめた。本当に出るの?俺たち、カミングアウトしちゃうの?
テツヤ兄さんは、うんと頷いた。そして、数歩戻って来て俺の腕を掴んだ。そのまま、テツヤ兄さんは前を向いて歩いた。俺も引っ張られて歩く。もう、覚悟を決めるしかない。俺はテツヤ兄さんの為に生きる。テツヤ兄さんが望む事は、全部やる。
「キャー!」
舞台へ出ると、ひときわ会場が沸いた。フラッシュが眩しい。俺は眩しいのが苦手だ。一方テツヤ兄さんは、瞬きもせずに平気でいられる。モデル向きだよなぁ。
ステージの中央へ歩いて行き、2人で並んで立った。もうどうにもならない。あがいても無駄だ。すると、テツヤ兄さんが肩でちょん、と俺の肩をつついた。
「何?」
テツヤ兄さんの方を振り返ったが、テツヤ兄さんの顔を見たら……恥ずかしい。照れる。俺たち今、恋人同士ですって発表してるんだよな、そうだよな……。思わずボードで顔を隠した。すると、テツヤ兄さんも真似して顔を隠す。でも、テツヤ兄さんは余裕の顔。俺は照れて笑っちゃってるのに。
写真撮影が済み、舞台袖へ引っ込んだ。ふう、やっと息ができた気がした。テツヤ兄さんが振り返る。え……泣きそう?
これから映画を観るのだが、その前にトイレに行くことにした。芸能人専用のトイレが出来ていて、そこに入った途端、テツヤ兄さんが俺に抱き着いた。
「緊張した……。」
うそ、余裕の顔をしていると思っていたら、あれは緊張で硬くなっていたのか?血の気が失せたような、あまり覇気のない顔をしていると思ったら。
「大丈夫?」
俺の肩口に顔をうずめたテツヤ兄さんの顔を、体をちょっと放して下から覗き込んだ。
「うん、大丈夫。やったな、俺たち。」
こんなに緊張していたなんて。兄さんぶってるように見えたのに。可愛い。愛しい。トイレには誰もいなかったので、俺はテツヤ兄さんの顔を手で包み、チュッと軽くキスをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます