第30話「ゼス、村に危難が襲い来る予兆を発見するのこと。」
まだ、雪のちらつく最中。ゼスは今まで新入り特有の繁忙にかまけて周囲を見る余裕もなかったのだが、3月半ばになっても野良仕事が始まらないことを訝しみ、周りの大人に聞いてみることにしたのだ。
「父ちゃん、そろそろ土を掘り返す時期だね」
一面の雪を見ながら、ゼスは父に問いかけた。それに対し父は、
「ん、ああ。暦通りならな。……ゼス、この雪一面の地面を掘り返す気か?」
と、ゼスが本気で聞いたわけではないことを承知の上で常識的な回答をするにとどめた。
「それは、そうなんだけどさ……」
「第一、この天気では作物も枯れちまう。……今年は、備蓄の作物を使うしかないな」
備蓄の作物が存在する。それはこの村が豊かであることの証明でもあったが、同時に新鮮な作物を口にできていないことの証ともいえた。無論、この地方の作物は調理をした後日干しにすればそれなりの年数は持つのだが、彼らからしてみれば新鮮な作物は年貢のためのものであり、自分たちの口に入るのは日干しなどをした、すなわち多少くたびれた作物であった。
「えっ、それ大丈夫なの?」
「大丈夫なわけあるか、非常事態だからしょうがないだろ。飢えるよりはマシだ」
普段からこういった村は、消費する際は備蓄の作物を使い、新鮮な作物を備蓄用に加工して保存しているのだが、その行動はその長い年月をかけて蓄えたサイクルが乱れることを意味した。
「……年貢の分を出したとして、残りは?」
「阿呆、年貢はあくまでも取れ高制だ。そんなことも忘れたのか」
取れ高制。それはつまり、取れ高に対して割合的に年貢を掛ける、つまりは普通の年貢制度であった。国によっては一年につき一律の年貢を取る、その名もそのまま定量制のところもあり、その制度の違いはその国の歴史の関係もあって、一長一短であった。
「あ、そうだっけ」
「まったく……」
と、その時である。ゼスは、妙な気配を感じて思わず後ろを振り返った。
「ん?どうした」
「……何でもない。なんか妙な気配がしただけ」
「そうか。それじゃ、そろそろ仕事の時間だろう、行ってこい」
「うん、わかった」
家を出るゼス。と、そこにいたのは。
「あら、ごきげんよう」
「あ、はい、おはよう、ございます……」
……レイ・チンだった。
「お父様はいらっしゃるかしら?」
「ああ、はい。父ならば今家にいますが……」
「よかったわ、ちょうど用があったの。それじゃ、またね。ボ・ウ・ヤ」
ぞわっ。
妙な怖気がゼスを襲う。そしてゼスは足早にそこを去っていった。なぜならば……。
「まただ、あの感覚……なんでだろう、相手は人間のはずなのに……」
ゼスが感じた感覚、それは……。
「ちっ、あの坊や、妙に勘が強いわねぇ。それにしてもこの村、妙ね。どうも術がかかり辛いというか……。
……確率の問題かしら、注意しておかないと……。」
……それは少年特有の純朴さか、あるいは死線を潜り抜けた者特有の第六感か。ゼスはレイ・チンの気配が妙であることに感づき始めていた。そして……。
「あの、団長」
「ん、どうしたゼス」
「あんな人、村にいましたか?」
あんな人とは言うまでもなくレイ・チンの存在であったが、確かに彼女は、目立つ容姿をしていた。無理もない、文字通りそれは人外の美であった。このゼスという少年は、この年にしてそれに気づいたのだった。
「ん?……ああ、村長の客人だ。怪しむ気持ちはわかるが、一応村長がもてなしているんだ、今回の騒動には関係なかろう」
「そう、ですか……」
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