第15話「ゼスとクヴィェチナ、牢の中で一夜を過ごすのこと。(中)」

 そして、翌朝のことである。

「ふあ……、眠れた?クヴィェチナちゃん」

「眠れるわけないでしょ、こんなところで」

「それも、そうだよねえ……」

 牢の中で一夜を過ごしたゼスたちは、ほぼ一睡もできぬまま夜明けを迎えることとなった。その牢は目的の都合上そこまで寝苦しいものではないのだが、直前の布団がヤセガエル亭である。ゼスたちがうなされるのも無理はなかった。

「あーあ、こんな時ロベンテさんがいてくれたらなー」

 ぼやくクヴィェチナ。当然、そんなに都合よく……

「呼んだか」

……都合よく、現れたようである。

「えっ、……ろ、ロベ「しーっ!」……ロベンテさん、どうしてここへ?」

 さすがに驚いたのか、大きい声を出しかけて慌ててロベンテに制されるクヴィェチナ。折よく、ロベンテが訪れたのには当然、訳はあったのだが今は彼達にはそんなことどうでもよかった。

「さすがに国の法を乱すわけにはいかないから俺の一存で牢から出すことはできんし、脱獄をされたら余計状況は拙くなる。その代わりと言っては何だがな……」

 何かを耳打ちするロベンテ。それは、ルーチェの容態から裏工作の仕掛けに至るまで、多種多様に上った。

「今はこれしか援助できんがな、いずれ出せるよう工作しておいてやる」

「ありが「しっ、聞こえたら拙い」……ありがとうございます」

 元気よく返事をしようとして再び制されるクヴィェチナ。牢から出られるのが余程嬉しかったのだろう。

「じゃあな、それまで不穏なことはするなよ」

「「はい」」

 小声で頷く二人。斯くて、我慢大会が始まった。




「まったく、近衛隊長様ともあろうものが罪人に面会とは、何かあったのですかい?」

 牢番の兵士がロベンテを呼び止める。無理もあるまい、近衛隊長とは本来、国王にいざ何かあった時の為の国家の切り札である。それがふらふらと牢の罪人と会うのは、あまりよろしくない事であった。

「あまりにも重要な論文の処遇だからな、気になっただけだ」

 慌てることなく、兵士の問いかけに答えるロベンテ。無論、彼はゼスたちの無罪を知っていたが、仮にも法治国家であるン・キリ王国の法を近衛隊長自ら破るのはさすがに外面が拙かった。

「へぇ、さようで」

「それじゃ、会議に行ってくる。目は光らせておけよ」

「へーい」

 本日は月初の会議があり、国王に意見を述べるには申し分ない日であった。



「さて、問題は……」

 誰もいないことを確認して独り言を吐くロベンテ。近衛隊に勤める以上は脳内で思考を終えておくのはもちろんだが、独り言が漏れ出ても構わないよう周囲を確認することも守秘義務を扱う上では重要であった。



 大陸暦910年2月1日、ン・キリ王国謁見の間にて。ロベンテは国王に事の次第を問いに来た。最悪の場合、国王の命令により恩赦という形で救出することも考えていたが、そもそも国王がこの事件を知っているかどうかで、対処は異なった。

「陛下」

「おお、トゥオーノか」

「この度、かの大魔導士ゲヘゲラーデン卿の論文の件について陳情に参りました」

 ゲヘゲラーデンは、本来爵位を持っているわけではないので卿はおかしいのだが、ゲヘゲラーデンほどの実力者ともなれば爵位があろうがなかろうが、一国の王からも敬称をつけられ、その臣下からは卿や閣下呼びされて然るべき存在であった。

「ふむ?ゲヘゲラーデン殿ほどの大魔導士であれば、単騎でもどうにでもできように」

 ゲヘゲラーデンは魔導士であり、体術は得意ではないのだが、そんなものは魔力による強化などでどうにでもなった。全盛期には一息で大量の死者蘇生すら可能とした彼は、一線を退いたとしても偉大なる大魔導士であった。

「ええ、確かに辺境の村に埋めておいて、いざというときに伏兵として用いる策は陛下ならではの術でございます。今回はそうではなく、かのゲヘゲラーデン卿の論文を盗んだという一件に関してでございます」

 と、本題を切り出すロベンテ。だが、国王の反応は芳しくないものであった。

「ふむ?」

「……その表情は、やはり陛下のところにまで伝わっておりませんでしたか」

「どういうことだ?」

 そしてロベンテは確信した、この一件は誰かの仕組んだ罠であるということを。

「城の門番が、ゲヘゲラーデン卿の論文を盗んだ子供がいると通報してきたのですが、どうやらその子供、ゲヘゲラーデン卿に正式に依頼された由にございます」

「……今一つ話が見えぬが……」

 訝しがる国王。何せ、彼も初めてこの一件を聞いたのだ、その反応も無理からぬことであった。

「いえ、もし門番の誤認逮捕か、あるいは論文を証拠物件として接取したのちに……」

「敵国に売り渡す可能性もある、の」

「ご明察にございます」

 かくて、ロベンテの腹は決まった。

「……よかろう、トゥオーノ。そちに一任する。何としてもゲヘゲラーデンの論文を予の眼前に持ってこい」

「ははっ」


「なんともやれやれ、案の定か……」

 先ほどとは逆の道を行くロベンテ。そして、ゼスとクヴィェチナは誤認逮捕であることが法の上でも確定した。あとは手続きさえ行えば問題はない、そう、そのはずだった……。

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