CAFE HIDEOUT

ゆずか

〜プロローグ〜

 ◯✖️駅から徒歩10分圏内の静かな場所に、建設中の建物があった。俺、斉田一樹は本業の休憩時間を使って建設中の現場を見に行った。現場の作業員の話では、あと1か月で俺のカフェが完成するとのこと。今から楽しみで仕方がない。中を少し覗かせてもらったけど、インテリアの想像が止まらない。どんな家具を置こうか悩みどころだ。中はそこそこ広い為、テーブルもたくさん置けそうだ。しばらく堪能した後、職場へ戻った。仕事は16時までないから、オープンするカフェのメニューを部屋で、コーヒーを飲みながら考えている。メニューも早く決めないと、印刷が間に合わなくなってしまう。カフェで何を売りにしようか決まらず、仕事の時間を迎えてしまった。俺の本業は、獅龍組しりゅうぐみというカタギからも愛されているヤクザ事務所の調理長をしている。組員は100人程度で規模は大きい。給料は割と高いけど、組にいると家賃払わなくていいから、金の使い道がなく、最近の大きな買い物といえば、車を買ったことだ。いざというときの為に、コツコツ貯めながら、自分の趣味に金を使いたいと思っていた。俺の趣味はカフェ巡りだ。有名なカフェは全部回った。俺はカフェでコーヒーを飲みながら、毎週の献立を考えるのが日課になっている。カフェは本当に居心地が良くて気付くと半日はそこで過ごすことが多い。俺もこの空間を自分で作りたいと思うようになった。そしてダメ元で組長の獅斗しど様に相談した。

「あの、獅斗様。趣味でカフェを開きたいと考えています。もちろん食堂の仕事を疎かにはしません。休日や休憩時間を使って活動します。なので、許可をお願いいたします」

 獅斗様が少し考えている。そして真面目な表情で俺をみた。

「ダメだ。休みは最低でも一回はとれ。過労で倒れたら大変だろうが。食堂のシフト減らせるなら減らしてカフェにあてたらどうだ?」

「ありがとうございます。仲間たちに相談してみます」

 早速、仕事に取りかかる前に仲間たちに相談した。

「みんな、話があるんだけど」

 強面な男たちが手を止めて彼を見ている。俺は少し緊張しながらカフェを始めることを告げた。すると、彼らは賛成してくれた。

「ありがとう。食堂の仕事もちゃんとやるからね」

 仕事の合間にカフェオープンに向けて必要な資金や内装など動き出した。休憩中、資料をスマホで眺めていると、太田景虎おおたかげとらがコーヒーを持ってやってきた。彼は組の戦闘部隊に所属している。大のお菓子好きで俺の作るお菓子のファンである。

「お疲れ様です!!」

 彼はおでこに獅龍組の家紋が彫られていて、ヤクザの中でも温厚な性格だが、戦いになると別人になる。

「お疲れ〜。景虎も休憩?」

「はい、ちょうど午後の訓練終わりました」

 なにやらソワソワしながら俺の向かい側に座った。目的はきっとアレだな。俺は厨房に行き、焼いたばかりのパンケーキを半分に切り分けて皿にのせて出した。彼は目を輝かせながらパンケーキを見ている。

「良い香り♪いただきます」 

 一口食べて笑顔が溢れている景虎。

「すごい!!食べた瞬間に消えた。なんですかこれは!?」

「この前行ったカフェのパンケーキの味覚えて、アレンジしてみたんだ。上手く焼けて良かった〜」

 俺もコーヒーと一緒にパンケーキを食べた。とろける食感が堪らない。

「俺も休日にはお菓子を作ってカミさんや娘に食わしているんですが、一樹さんのようにはまいりません……」

「だったら、一緒にカフェやらないか?俺の右腕になってほしい」

 それを聞いた彼は目を丸くしていたが、俺の手をとって「ぜひ!!」と言った。良かった……正直1人は不安だったんだよな。

「それでカフェで何を売りにするんですか?」

「それがまだ決まってなくてさ……何がいいかな」

 2人で頭を悩ませていると、景虎が興奮しながら言った。

「もちろんパンケーキですよ!!これを目玉商品にしましょう。絶対売れますよ」

「なるほど。パンケーキか……。いいかもな。フルーツのせたりなど、いろいろバリエーションが作れそうだ」

 2人であーでもない、こーでもないと言いながら簡易メニュー表ができた。

「よし、ベースができたな。グラフィックに強い組員さんにお願いして、作成してもらおう」

 景虎は満足そうにコーヒーを飲み干して仕事へまた戻っていった。



※※



 休日、不動産屋と打ち合わせして建設箇所が決まった。場所は◯✖️町から少し離れた閑静なところにした。それから内装を決めたりなど、着々と話が進んでいった。メニュー表も完成して、印刷会社できれいに印刷してもらい、オープンが間近に迫っていた。

「ところで、食品の発注とかお願いするところは決まっているんですか?」

「うん。組に来てくれてる業者さんに話したら、ついでに届けてくれるって」

「あとは雑貨だけですね。カップやお皿などオシャレなもの見つけました」

 タブレットを見せてもらうと、カフェにピッタリな雑貨だった。景虎センスあるじゃん。それを発注し、届くまで2週間程度だ。オープンに間に合いそうで良かった。



※※



 1か月後、工事が無事に終わり業者から鍵をいくつか受け取った。いよいよ俺の店がオープンするのか……。楽しみだなぁ。軌道にのるまでは俺と景虎だけで回せるかな。手続きを終えて、看板が設置されたらオープンできる。

「そういえば、制服はあるんですか?バイトとか来てくれる子用に」

「まだ考えてない。売れるか分からないし。人手が欲しくなったら、作ろうかなって」

「なるほど。そのときまでに制服デザイン考えておきます」

「ナチュラルな感じで頼むよ」

 そしてオープン1週間前になり、看板が設置された。カフェの名前は『CAFE HIDEOUT』。『隠れ家』という意味だ。ここに来てくれたお客様が非日常を楽しめるような空間にした。数少ないフォロワーへ向けてSNSで宣伝をし、いよいよオープン日がやってきた。



※※



 オープン初日、獅龍組の組員の家族が花束を持って店に何組か来てくれた。それから告知を見てくれた俺の友達も。俺は嬉しくて開店セールで、無料でミニアイスを1人1つプレゼントした。そしてパンケーキを食べた人は皆口を揃えて、口の中で消えたって言うんだよ。その反応を楽しむ俺と景虎。厨房で2人でグータッチした。初日は身内のおかげで大盛況に終わった。



 その反動か2日目以降はあまりお客様が来なかった。立地があまり目立つような所じゃないから分かりにくいのかもしれない。

「まあ、最初から上手くいくワケないですよ。こういうのは積み重ねが大切なんです。だから、気長にやりましょう。それに隠れ家っぽくていいじゃないですか。賑やかな空間を苦手とするお客様もいらっしゃると思います。それこそ、この店のコンセプトに合っているのではないでしょうか」

 景虎が仕込みをしながら励ましてくれた。確かにそうだよな。来てくれる目の前のお客様を大事にしよう。オーダーがないときはホールに出て食べ終えた皿を下げたり、世間話をしている。確かにこの空間が居心地良いんだ。景虎の言う通り気長にやろう。



※※



 ある日、景虎のパンケーキトレーニングをしているとき、ドアベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

 俺が笑顔で出迎えると、そこには男子高校生がいた。なんとも可愛いらしい顔つきだな。クラスの女子からモテそうだ。

「お好きなお席へどうぞ」

 彼は少し広めの2名テーブルに座った。俺は水とおしぼりをテーブルに置いた。

「ありがとうございます」

「ここ初めてですよね?簡単に説明します。メニュー表のQRコードを読み取って、スマホからオーダーしてください。もし、やり方分からなかったらおっしゃってくださいね」

「はい、分かりました。ちなみにおススメありますか?」

 メニュー表を見ながら、俺のおススメを言った。ちなみに、今の季節は桃なので桃の果肉が盛り込まれたパンケーキがさっぱりしてて美味いんだ。2番人気は今のところレモンだ。

「じゃあ桃にします。それとダージリンとセットで」

 厨房に戻るとプリンターから伝票が出ていて、俺はそれを取って見える位置に磁石で貼り付けた。

「景虎、一個丸々桃をサイコロサイズに切り分けてくれ。半分は細かくして、生地に入れてほしい」

 鉄板に生地をのせていき、タイマーを2回かけた。1回目でひっくり返し、2回目が鳴る1分前に景虎にダージリンを出すように指示。そしてタイマーが鳴り、パンケーキを皿にのせて仕上げをした。

「一樹さんのパンケーキすげえや」

 完成したパンケーキと伝票を持って彼のテーブルへ向かった。

「お待たせ致しました。桃のパンケーキでございます」

 彼は目を輝かせてスマホで写真を撮っていた。

「学校の近所にこんなすごいパンケーキが食べられるカフェがあるなんて」

「どうぞ、温かいうちにお召し上がりください」

「いただきます」

 ナイフで切り分けて口に運ぶ。すると、ふわふわなパンケーキに驚いていた。

「すごい!!今まで食べたことないです!!めちゃくちゃ美味しいです♪」

「ありがとうございます。紅茶のおかわりもスマホから無料でできますので、どうぞご利用くださいね」

「はい!!」

 その後、紅茶を2杯おかわりしたところで伝票を持って席を立った。俺はレジへ向かい、伝票を受け取ってお会計をした。ドアを開けてお辞儀をした。

「ありがとうございました。またお待ちしてます」

「ごちそうさまでした。お店の雰囲気良いし、リーズナブルだし、また来ます!!」

 とても良い子だったな。また来てくれるかな。



※※



 あれから1週間経ち、例の彼がまた来てくれた。

「すっかりあのパンケーキの虜になってしまって。今日はレモン食べに来ました」

 彼はこの日から毎週通ってくれるようになり、1か月経った頃すっかり顔馴染みになった。

 そんなある日、彼から面と向かって言われた。

「相談したいことがあります」

 

 この一言がきっかけで、非日常の空間が大きく変わることになる。



〜プロローグ終わり〜

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