第2部

発端

 男女の笑い声が耳に届き、おれは教室の窓際に目をやった。こちらの視線に気づいたのか、勝野かつの小百合さゆりが顔を向けてきた。コンマ数秒目が合ったあと、向こうから先に視線を外した。

 昼休みの教室は、いくらか騒々しかった。おれは廊下側の、前から三番目の席に一人で座り、喧騒の時間をやり過ごす。退屈でしかたなかった。誰と話すでもなく、時が過ぎるのをただ待つだけのこの時間は——。

 入学してすぐに、学校での勉強についていけなくなったおれは、異端児のレッテルを貼られてしまった。。不名誉な烙印だ。しかし能力に問題があったわけではない。ただ単に、出だしでつまずいてしまっただけのことだ。

 おれは元来の頭のよさから、さほど受験勉強に時間をかけることなく、都内でも有数の進学校に入学することができた。ところが、学力レベルの近い者が集められる高校では、中学時代と同じようにはいかなかった。最初の学力テストで平均を大きく下回る結果となり、愕然とさせられた。これまで成績上位が自分の指定席であったため、簡単には受け入れ難い現実だった。

 とはいえ当初は、負けず嫌いな性格もあって、次回のテストで挽回するつもりでいた。ところが、母親が成績についてとやかく言ってきたため、それが原因で学業とうまく向き合えなくなってしまう。口やかましく勉強しろと言われ、素直に勉強する子どもなどいまい。母親を喜ばすことになるかと思うと、もう勉強する気も起きなくなってしまい、気がついたら三流大学に合格するのがやっとというドロップアウト組の一人となってしまった。自分の能力を考えると、実にもったいない結末であった。

 ただ、校内では居心地の悪さを感じてはいたものの、プライベートではそれなりに充実した生活を送っていた。別の高校に通う中学時代の友人たちからはリーダー的な存在として認められていたし、私立の女子高に通う年下の恋人との関係も良好だった。

 交際相手の麻里子は、長期休暇に家族でパリ旅行に行くくらい家が裕福で、信じられないような小遣いを親からもらっていた。だからデート代はすべて彼女持ち。ファミレスに行くならワンランク上のロイヤルホストを選んだし、ファーストフードならマックではなく迷わずモスを選ぶなどして贅沢を味わった。人の金で飲み食いするのは格別に気分がよかった。

 また、交際費を担うだけでなく、麻里子はあらゆる面でおれに従順だった。何をしてもたいがいのことは許された。彼女自身も無茶な要求を受け入れることを喜んでいるかに見えた。童貞で悩んでいた友人の相手も二つ返事で引き受けてくれたし、複数人とのプレイも躊躇なく許可してくれたりと、こちらの欲望を充分に満たしてくれていた。ある目的のために適当に選んだ女だったが、当たりを引いたことは間違いなかった。

 しかし、放課後の活動がいくら充実していようとも、一日の大半を占める学校内での生活がそうでなければ、楽しい高校生活とは呼べなかった。

 窓際で勝野小百合と談笑している男を苦々しげに見つめた。


 田島純一——。


 自分と違い、一流大学への進学を控え、さらに恋人は、他校の生徒からも注目されるような女子生徒で、高校生活を誰よりも謳歌おうかしているように見えた。置かれた立場のあまりの違いに、憎しみ以外の感情は湧いてこなかった。くしくも三年間、同じ教室ですごしたことも、憎しみを強固なものにしていた。

 夏季休暇明けにした、一年生のときの会話を思い出す。

「藤原は夏休み、どっか行った?」

「いやどこも。お前は?」

「うちは家族で韓国に行ってきた。本場の焼き肉って、やっぱうまかったね。あとキムチも、日本で売ってるのと違って、味がしっかりしてるっていうか——」

 おれの家庭は、家族で海外旅行に行けるほど裕福ではなかったし、家族仲もさほどよくはなかった。それもあって、そのころから自然と田島を妬むようになり、妬みはいつしか憎しみに変わっていった。

 決定的だったのは、田島が勝野小百合と付き合いはじめたことを知ったときだった。そのときは激しい嫉妬心で身体は震え、こんなことだったら無理にでも口説き落としておけばよかったと後悔したほどだ。入学時から彼女には目をつけていたのだが、劣等生のレッテルを貼られたことで気後れしてしまい、積極的な行動に移せなかったのだ。

「あいつは、おれにないものを全部持ってやがる……」

 ルックスでも能力でも劣っていないという自負が、同級生に対する歪んだ憎悪を駆り立てる。

 おれは再び、窓際の恋人たちに視線を向けた。勝野小百合とまた目が合う。今度もまた、すぐに彼女のほうから視線を外した。

 計画通りにいけば、三年分の鬱憤うっぷんを一気に晴らせるはずだった。

 おれはあの二人の落ちた姿を想像しては、口元がにやけるのをどうしても抑えられなかった。



       *  *  *



 さり気なく廊下側の席に顔を向けたところで、藤原秀雄と一瞬目が合う。だがわたしは、目の前の田島に気づかれぬようすぐに視線を逸らす。気のせいか、藤原秀雄は笑っていたようにも見えた。

 田島との会話を楽しみながらも、つい藤原のことが気になってしまう。わたしのそんな心の変化に気づくことなく、田島は笑顔で話しかけてくる。もうちょっと大人の会話がしたいなと思いながらもわたしは笑顔で相槌を打つ。

 外見も良く、学業も優秀で、田島は恋人として申し分なかった。その上とても穏やかな性格で、交際相手として非の打ちどころがなかった。だが、根本的な部分で、物足りなさを感じていた。

 交際をはじめてから八か月、田島とは二度の交わりをもった。だが、これまでの交際相手と同じく、最初のキスから最後の挿入までどれもたどたどしく、彼とのセックスにまったく満足できなかった。それに、二度とも自分のほうからモーションをかける必要があり、それも不満に思っていた。おそらく、今の田島にとって、セックスという行為は快感よりも、緊張の度合いのほうが強くて楽しむ余裕がないのだろうと思った。

 田島とのセックスに強い不満を感じていたのは、性への関心が人一倍強かったことも影響していただろう。とはいえ、友人たちとの会話でそういう話題が持ち上がったときには、わたしは積極的に参加したい気持ちを抑え、無関心を装った。周囲が自分に抱いている清楚なイメージを崩したくなかったからだ。


 自慰行為を覚えたのは九歳のときだった。誰から教わったわけでもなく、触ると気持ちのよくなる部位が股の間にあることを知り、毎晩のようにいじるようになった。

 何年もの間、就寝前の習慣になっていたから、修学旅行時にも、他の生徒に気づかれぬよう布団の中でモジモジしながら実行した。だが、マスターベーションをした生徒は、自分以外にもいたはずだと信じていた。

 性欲の大きな波は、いつも生理前に訪れた。そんなときは一度のオーガズムでは充ち足りず、高まった性欲を鎮めるために、複数回の処理を必要とした。ただ、クリトリスに添えた右手の中指を小刻みに振動させ、腰を上手にくねらせれば、いくらでも早くイクことができた。最初のオーガズムに達するまで五分とかからず、一度イッてしまえば、二度目、三度目は、さらに短い時間で絶頂を迎えられた。行為時はクリトリスだけでなく、乳房と乳首にも手を這わせた。今では乳首も開発されていて、マイルドなオーガズムなら乳首だけでも得ることができるようになっていた。

 背徳的な行為は罪悪感を覚えなくもなかったが、いつも簡単に理性は性欲に負けた。行為の最中に夢想するのは、経験豊富な男性に、少々手荒く攻められている場面だった。想像の世界でわたしは、自分の殻を破り捨て、男性に身を委ねるだけでなく、自ら積極的に絡みついていくのだった。

 先ほど、一瞬だけ交わった藤原の視線は、会話中にもかかわらず、下腹部をうずかせた。彼の甘いマスクと筋肉質な体つきには以前から惹かれていて、とくに田島とは対照的な、好戦的な目つきが、メスの部分を強く刺激してくるのだった。彼との行為を夢想して淫らな行為に耽ったことも、幾度かあったほどだ。とはいえ、藤原に惹かれているのは事実だったが、学校内での彼の立場は微妙なもので、交際相手としてはふさわしくなかった。

 藤原のことを考えていたところで、田島が彼のほうを目配せしてから言った。

「話は変わるけどさ。藤原って、ぼくの妹が通ってる女子校の子と付き合ってるみたいなんだ」

「へえ……」

 わたしは今の発言に、嫉妬心で少しだけ胸が痛んだ。だが、それを顔に出すことなく適当に相づちを打った。

「けっこう前だけど、妹と同じ制服の子と、手をつないで歩いてるのを見かけたんだ」

「そうなんだ」

「あと、他校の、ガラの悪い連中とつるんでるみたいだね」

「ふーん」

 田島はここで、一つため息をつく。

「何かもったいないよね。だって、藤原って、何か特別な感じがするじゃん? せっかくの才能を浪費してるっていうか。あいつ、がんばればもっといい大学にだって入れただろうし」

 確かにその通りだと思った。だが、そう言う田島にも、わたしは特別なものを感じていた。だからこそ、自ら告白して田島を射止めたのだから——。

 わたしは優しく微笑みながら言った。

「田島君は、その素敵な才能を、彼みたいに無駄にしないでね」



       *  *  *



勝野かつの

 クラスメートとともに校門を出たところで声がかかった。声の主は藤原だった。校門付近の壁に、彼は背を預けて立っていた。わたしはクラスメートに、ちょっと待ってて、と一言断りを入れてから、藤原のもとに歩み寄っていく。声をかけられたことを内心うれしく思いながら——。

 だが、あえて迷惑そうな態度を装った。

「なに?」

「そう構えるなよ」

 相手は、壁に寄り掛かったまま、リラックスした態度を崩さないでいる。

「友だち待たせてるから早くして」

「なあ、話したいことあるから、時間つくれないか」

 突然の誘いに一瞬固まってしまう。

「え、今?」

「ああ」

「無理。今日は忙しいから」

 即答したが、本心では誘いに応じたかった。恋人の田島以上にオスを意識させる目の前の男と時間を共有してみたかった。だからこそ、こちらが断りにくくなるくらい、もっと強引に誘ってくれないかと願った。

「田島のことで話があるんだ」

「え!?」

 田島の名前が出で驚く。だが、これなら無理に断る理由はないと思った。誘いに応じる口実としては、もっともらしく聞こえたからだ。

田無たなし駅はわかるか? 駅の北口出てまっすぐ行ったとこにファーストキッチンがあるからよ、おれ、そこにいっから、時間あったら来いよ」

 藤原はそう言い残すと、こちらの回答も聞かずに歩き去っていった。

 待たせていた友人に軽く詫びてから、二人して駅に向かって歩き出した。

「藤原君、何だったの?」

「お茶を誘われたんだけど、もちろん断ったよ」

「もう、小百合ったら、モテすぎなんだからぁ」

 友人の言葉を笑って受け流したが、心はすでに、彼から指定された場所に向いていた。



       *  *  *



「いらっしゃいませ、こんにちはー」

 店内に足を踏み入れるなり、女性店員の元気な声が耳に届く。比較的混雑した店内は少々騒がしく、学校帰りの制服姿の学生たちが目立った。

 藤原はすぐに見つかった。二人用のテーブル席に、壁を背にして座っていた。こちらに気づくと、彼は小さく手を上げて見せる。わたしは気の緩みから、つい笑顔を向けてしまう。すぐに真顔に戻し、早く着きすぎたことをいささか悔やむ。もう少し待たせておけばよかったのだ。Mサイズのアイスティーを購入してから、藤原の前に座った。

「ねえ、何でここにしたの? 学校の近くでもよかったのに」

「おれといっしょにいるとこ、知ってるやつに見られたくないだろ?」

「そんなこと気にしないのに」

 嘘だった。田島に知られるわけにはいかなかったし、何よりも、劣等生の藤原といっしょにいるところなど誰にも見られたくなかった。

「それで、田島君のことって何なの?」

「そう急かすなよ」

 相手は、余裕ある態度でフライドポテトを口に放り込む。すぐに本題に入る気はなさそうだ。茶色のトレーには、フライドポテトとドリンクの他に、ハンバーガーを包んでいたであろう白い包装紙が丸められていた。

 落ち着き払った相手の様子を見て、田島の名前を持ちだしたのは、わたしを誘い出すための口実に過ぎなかったのではないかと思った。もしそうなら、無理に聞き出そうとしたところで答えなどあるわけがない。正直、周囲に自分たちを知る者がいないだけに、藤原との時間を楽しみたかった。田島のことを話題にしなければ、少しでも長くいっしょにいられるかもしれない——。

 藤原はなおも、フライドポテトを食べるか、ドリンクに口をつけるかで、まったく口を開こうとしない。しかたなくこちらも無言のまま、緑の太いストローからアイスティーを飲み続ける。透明のドリンクカップについた無数の水滴が、手のひらを冷やしてくる。しかし、この無言の時間が苦痛に感じることはなく、藤原の大人びた成熟度がそこに垣間見れた。田島と二人でいるときは、どちらかが必ず喋っていたから、沈黙の時間はほとんどなかった。それはそれで楽しかったが、藤原とのこの静かな時間はとても新鮮で、上質なもののように感じられた。だが、無言の時間にやや気づまりを感じてきたため、自ら会話をスタートさせた。

「何飲んでるの?」

「コーラ」

「ふーん」

 藤原にはコーラがよく似合うなと思った。次の質問は、彼の胸板を見ていたら自然と口にしていた。

「藤原君って、何かスポーツしてるの?」

 このとき意識して左目を相手に向ける。チャームポイントだと認識している目元のほくろを強調させるためだった。

「中学のときは柔道やってた」

「どおりで。今は何もやってないの?」

「とくにはな。今はたまに、家で腕立てとか腹筋をする程度だな」

「そうなんだ」


 出だしは上々だと、おれはほくそ笑む。小百合と他愛ない会話を続けるが、田島についての質問が放たれる様子はない。どうやらこちらの意図を察してくれたようだ。

 おれの直感によれば、目の前の女は、性に対して人並み以上に関心が高いはずだった。ガリ勉野郎の田島じゃ満足させることのできない、放縦ほうじゅうな女だと確信していた。目元のほくろにしろ、美しい曲線を描いた鼻梁びりょうの高い鼻にしろ、厚ぼったい唇にしろ、顔全体がすこぶるエロティックだった。長い黒髪のせいで一見清楚に見えるが、見る人が見れば、エロが皮を被った女だということはすぐにバレるはずだ。おれの胸板を、口を薄っすら開けながら見ていた目を見れば間違いなかった。同じ目をしたエロい女を、おれはこれまで何人も見てきた。

 若い男女が集まる溜まり場に顔を出せば、性に開放的な、年上の女子大生やOLたちから、おれは積極的に声をかけられた。どうやら、異性を惹きつける強烈なフェロモンが自分の体から出ているようだった。これまで、そのオスとしての魅力を十二分に活用して、数々の女性と肉体関係を結んできた。まだ十八歳になったばかりだったが、経験人数はゆうに三十人を超えていた。それも、どれも上玉揃いだった。その経験値の高さから、相手の目を見れば、性への関心度を察することができた。小百合の黒い瞳には、不道徳な光が間違いなく宿っていた。とはいえ、核心に迫るにはまだ早い。間に数クッション置くべきだろう。常識という壁を壊してからでないと本心は引き出せない。そこで相手からスポーツの話題が出たので、それに関連づけた話題を振ってみることにした。

「勝野って細いけど、何かしてんの?」

 細くないよ、と小百合は速攻で否定してくる。

「もう見えないとこに、いっぱいお肉ついてんだから。ほんとはダイエットしなきゃなんだけど……。それより藤原君て、どっかの女子校の子と付き合ってるんでしょ?」

「何で知ってんだよ」

「別にいいじゃん。同い年の子?」

「二個下だよ」

 答えると、小百合はあからさまに表情を曇らせた。

「やっぱ男の子って、年下がいいんだよね……」

「何言ってんだよ。大して変わんないだろ」

「そんなことないよ。女子にとっての二歳は、すっごく大きいんだから。わたしも一年生のときに戻れたらなぁ……」

 おれは相手の様子を見て、手応えを感じはじめていた。手順さえ間違わなければ、必ず落とせる。自信は充分にあった。卒業間近のこの時期を選んだのも、気のゆるみを期待してのことだった。そして思惑通りここまでやって来た。あとは適切な質問を挟んで本音を語らせ、短時間で信頼関係を築いていく。真意を悟られぬよう、こちらが信頼たる人物だと思い込ませるのだ。その間、焦ることなく、余裕ある態度で接すればいいだけのこと。女という生き物は、男の焦りや自信のなさを感じとると、ガードを固めて殻に閉じこもってしまう。そうなっては最後、もう言葉の力では突き崩せなくなる。何事も、焦りは禁物なのだ。

「その子とは、付き合ってどれくらい?」

「そうだな。半年は過ぎたかもな」

「半年かぁ」

 小百合は物思いにふけるような感じで呟き、中身が氷だけになったドリンクカップを緑色のストローでつつきはじめる。おれはその様子から、彼女がもっと深い話をしたがっていることに気づく。切り出せないでいるのは、それが話題にしにくい内容だからだろう。おれはそう判断すると、信頼を得るべく次の行動に移る。

「何か飲むか?」

 立ち上がりながらそう聞くと、小百合は少し驚いた顔をした。

「あ、じゃあ、アイスティーをお願い」

 おれは彼女の空になったドリンクカップを自身のトレーに載せると席を離れた。


 わたしは少し意外に思いながら、レジカウンターに向かう藤原を見つめる。彼が、そんな気遣いを見せる男だとは思わなかったからだ。藤原を待つ間、隣の席の会話が耳に飛び込んできた。

 わたしの右側の席には、二人の女子高生が向かい合って座っていた。二人は割と甲高い声で話していたが、藤原との会話に集中していたため、彼女たちに今まで注意が向かなかった。わたしと同じ通路側に座っている女子生徒は、どうやら彼氏と関係をもった日を手帳に記録しているらしく、自慢げにそれを相手に見せていた。壁際に座る女子生徒が友人に聞く。

「このSってのが、エッチした日?」

「うん。だよ」

「いち、にい、さん、しい……やだ、十日連続じゃん。マジ?」

「マジだよ。わたし、求められると断れないんだよね」

「このFって何?」

「それは、口でしてあげた日。わたし、生理のときは、口でしてあげることにしてるから」

「尽くしてるね」

「そりゃ、尽くすよ。わたし、尽くすの大好きだもん」

 わたしはそんなやり取りを聞いて、自分の顔が赤くなるのがわかった。この二人はずっと、こんな調子で話していたのだろうか。藤原の耳には、彼女たちの会話は届いていたのだろうか。もしそうなら、彼はどんな気持ちで彼女たちの会話を聞いていたのか。卑猥なことを想像している藤原を想像して、自然と胸が高鳴った。

 ピンクの派手な手帳を隣に座る女子高生が鞄に仕舞ったのを横目で確認したところで、藤原が二人分のドリンクを持って戻ってきた。


「いいって、これぐらい」

 財布を取り出す小百合を見て、おれは控え目に手で制した。彼女は礼を言って財布をしまったが、瞳の輝きから、おれの好感度が上がったのは間違いなかった。たった数百円の投資でこれだ。費用対効果は抜群だ。ストローからアイスティーを何度か吸い上げる小百合の姿を見守ってから、おれは攻めに転じた。

「田島とは、うまくいってるのか」

 どうだろうなぁ、と小百合は苦笑した。いい兆候だった。会ってすぐに同じ質問をしていれば、うまくいってると即答したはず。ここまでくれば、あとはいくつか突っ込んだ質問をして、本音を語らせればいいだけだ。

「あいつ、優しくしてくれるんだろ」

「ええ。田島君は、確かに優しいんだけど……」

「何か含みのある言い方だな。不満でもあるのか?」

「別に、不満とかじゃないんだけど……」

「優しいだけの男じゃ、満足できないってわけか」

「そういうわけじゃないけど……」

 ふっ。本音を言いたくてウズウズしてるんだろうな。だが、あまり強く押しすぎてもあれだ。ここは田島を肯定しつつ……。

「あいつ、顔もいいし勉強もできるしで、彼氏としては申し分ないだろ」

「それはそうなんだけど、やっぱり恋人同士なんだから、いろいろあるじゃない」

「いろいろって何だよ」

「いろいろって、それはさ……」

「別に言いたくなければ、無理には聞かないけどよ」

 本当は言いたくてしょうがないんだろうけどな。

「藤原君はどうなの、彼女とうまくいってるの」

「そうだな。うまくいってるほうだろうな」

「そうなんだ。うらやましいな」

 小百合は、嫉妬と羨望が入り交じったような表情をして見せる。

「うまくいってる秘訣って何なの」

「そうだな。それはあいつが、おれの欲求に何でも応えてくれるからだろうな」

「欲求って、たとえば?」

「それは言えないな」

「何でよ」

「わかるだろ。男の欲求っていったら想像つくだろ」

 おれの言葉に小百合は顔を赤らめた。だが、この話題を避けるような気配は見られなかった。むしろ、この話題にとどまることを望んでいるのは明らかだ。相手の心中を察して、おれは攻めの強度を上げていく。

「答えたくなければ答えなくていいけど、どうなんだ、田島とそっちのほうは」

「んーん、どうなんだろ……」

 相手に警戒させぬよう自然な感じで聞いたが、とくに警戒する様子はなかった。むしろおれの読み通り、この話題について、真剣に話し合いたいという願望が顔に表れていた。自分に言い聞かせるような調子で小百合は言った。

「やっぱり、それって大事だよね。藤原君の彼女って、幸せだと思うな。そうやって求めてもらえるなんて」

 おれはわざと大げさに驚いて見せる。

「まさか、田島とは、まだやったことないのか」

「そんなことないの。何回かはあるの。だけど田島君は、あんまりそういうこと興味ないみたいで」

 やっぱりな。おれの予想通りだった。あと何手かで、

「なるほど。じゃ、勝野にとっては、それが悩みの種ってわけなんだな」

「うーん、悩みってほどじゃないかもだけど、でもちょっと気になってるっていうか……」

「でも、別れる気はないんだろ」

「そうだね、今のところはね」

「今のところは、か。じゃあ、田島が今のまんまだったら、考えるかもしれないって感じか」

「うーん、だね。今のままだったら、そうなるかも……」

 小百合は言葉を切ると、神妙な顔のままアイスティーをすすり出した。

 おれは心底呆れた調子で小百合に言った。

「あいつもどうかしてるよな。こんな美人な彼女がいるってのに、何考えてるんだろうな」

「そんなことないよ。わたし、別に美人じゃないし」

「そうか? おれは美人だと思ってるけどな」

「やめてよ」

 小百合は照れくさそうにハニかんで見せる。

 よし。おれに対する警戒心は充分取れているはずだ。ここら辺で切り出してみるか。あまりダラダラして暗くなってからだと、かえって逆効果だからな。


 わたしは容姿を褒められたことに気を良くしながらアイスティーを飲み続ける。容姿の良さは自覚していたが、それでも面と向かって褒められると当然悪い気はしなかった。田島からは、一度も容姿について、好意的なコメントはもらっていない。そこだけ切り取ってみても、藤原のほうが、人として優れているように思えた。

 藤原が、空になったドリンクカップをテーブルに置くと言った。

「なあ、勝野。ちょっと場所変えないか? ここ、ちょっとうるさいだろ」

「わたしはかまわないけど、近くに静かなとこってあるの?」

「おれんちさ、ここからバスで十分くらいのとこなんだけど、お前さえよければ、うちに来ないか」

「え……」

 予期せぬ誘いにとまどった。別に何もされないとしても、男子の家に行くのはNGではないだろうか……。

「無理にとは言ってないぜ。ただ、もっと落ち着いた場所のほうが、ゆっくり話せるかと思ってさ」

「それはそうだけど。どうしようかなぁ……」

 いくらいい感じになったとはいえ、女友だちの家に行くのとはわけが違う。今の自分がフリーならまだしも、田島というれっきとした恋人がいる。しかし、ここまでの藤原はとても紳士的で、ガツガツした感じはない。藤原の家に行っても、こんな調子で楽しく話せるのかもしれない。それにこの誘いを逃せば、藤原とはもうこれっきりになるかもしれない——。

「何心配してんだよ」

「別に、心配とかじゃ……」

「もしかして、おれが何かすると思ってる?」

「そうは思ってないけど……」

「なら問題ないだろ。おれ、ダラダラしてんの嫌いなんだ」

 藤原は立ち上がると、空のドリンクカップと鞄を持って出口へと向かっていく。

 わたしはそれを見て慌てて立ち上がった。そして藤原に遅れまいと小走りにあとを追っていく。

 彼の背中を見ながら思った。田島君も、このくらい積極的だったらいいのにな、と。



       *  *  *



「ああ……!」

 彼のものが引き抜かれた瞬間、わたしは声を上げてしまった。すぐに腹の上に、生温かい精液が垂れ落ちたのがわかる。三度目だったため、量は少なかったようだ。

 顔は熱く上気していた。目を閉じたまま行為の余韻に浸っていると、腹部に視線を感じた。腹には少したるみがあったから、あまり見ないでほしいと思った。部屋が薄暗くてよかった。ティッシュが腹の上をなぞっていく。彼が精液を拭き取ってくれたのだ。

 細く目を開けて薄暗い部屋を観察する。ベッドと机、他に小さな棚があるだけのシンプルな部屋。棚には漫画本がびっしり収まっている。広さは六畳ほどだろうか。カーペットが敷かれていたが、その下は畳かもしれない。彼が何度か煙草を吸ったから、その匂いがまだ部屋に少し残っている。彼がベッドを下りて、円筒形のゴミ箱にティッシュを捨てる。彼はカーペットの上に落ちていたトランクスを拾って履くと、白シャツとベルトが付いたままの学生ズボンを拾い上げて黙って部屋を出ていった。すぐに、階下に降りていく彼の足音が聞こえてくる。乱れた呼吸が落ち着いてきたところで、わたしは布団を胸まで引き上げた。

 これまで味わったことのない、満ち足りた気分だった。三度も求められたことで、からだは心地よいダルさに包まれていた。行為の余韻は簡単には冷めず、下腹部をさわるとみだらな熱が、いまだ内側からジンジンと伝わってくるようだった。このまましばらく横になっていたかった。彼の力強い腰の動きをもってしてもオーガズムに達することはなかったが、女としての悦びを存分に味わうことができた。さすがに四度目はないだろうと思われたが、さらに求められた場合は迷うところだった。膣内が痛くなっていたからだ。だから残りの時間は、挿入抜きで愛してもらいたかった。今日は時間の許す限り、彼の体温を感じていたかった。


 わたしはスイッチが入った瞬間を思い出す。自我が陰をひそめ、本能が身体を支配した瞬間だ。それは初めての体験で、女に生まれたことを魂で歓喜した。最初は抵抗するそぶりを見せたものの、濃厚なキスをされ、耳たぶを舐められ、首筋を攻められたところでスイッチが入った。気づくと、自分の右手は相手の股間に伸びていて、学生服の上からそれをさすりはじめていた。そこからは女性ならではと思われるフロー状態に突入し、夢見心地のまま抱かれ続けた。欲望に身を委ねていたときを思い出すと、顔がカッと熱くなった。我を忘れて乱れてしまったことに、今さらながら恥ずかしくなる。同時に下腹部が再び熱くなってきた。比較的優等生の自分が、裏でこんなに乱れてることを知ったら、家族や友人たちはどう思うだろうか。背徳的な思いが、今日という日をさらに特別なものにする——。

 彼はまだ戻ってきそうにない。彼の体温がもう恋しくなっている。彼の、引き締まった筋肉の感触を思い浮かべながら、手のひらを胸元に這わせる。乳房を数回揉んでから、指先を乳首の先端にもっていく。指の腹を使って、触れるか触れないかくらいのタッチで乳頭を優しくさする。目を閉じていても、指先で触れている突起が限界まで膨張しているのがわかる。それを二本の指で軽くつまみ、ひっぱる、つまみ、ひっぱる……。連動して上半身がけいれんするように震え、官能の吐息が漏れる。今度は人差し指で弾いてみる。振動による快感は下腹部にまで伝わっていき、またもや小さな吐息が漏れる。乳房の二つの突起は、長年の自慰行為により充分に熟れていたから、それが彼の口に含まれたとき、ひときわ高い声を上げて、のけぞってしまった。彼の舌使いに骨の髄までとことん痺れ、思わず反対の乳房をつかんで見せて、こっちも舐めてええ、と懇願してしまったほどだ。

 彼のテクニックは、とても高校生のものとは思えなかった。当然、田島とは比較にもならない。いったいどうやって、あれほどのテクニックを身につけたのか。これまでいったい、何人の女を抱いてきたのだろうか。嫉妬混じりの疑問が浮かんでは消える。田島と別れて藤原と付き合おうか……、なんて考えが頭に浮かぶ。あれほど気持ちよくされたあとでは当然だったろう。過去、田島との二度に渡る行為では気持ちも乗らず、何となく始まって何となく終わるという不完全燃焼なものだったのだから——。

 交際を申し込んだら、藤原は今の彼女と別れてくれるだろうか、などと考えながら濃厚なセックスの余韻に浸り続ける。

 少しウトウトしていたのだろう。からだを覆っていた掛け布団が勢いよく剥ぎ取られるまで、男たちの存在に気づかなかったのだから。自分に向けてカメラのシャッターが幾度となく押されていることに気づくと、わたしは慌てて胸と股を隠した。

 部屋は照明が点けられ明るくなっていた。目の前には、四人の男の姿があった。藤原以外の三人は見知らぬ顔だった。三人は見慣れぬ学生服を着ていて、その中の痩せた小柄な男が、わたしにカメラを向けてシャッターを切っていた。

「ハヤシ、写真はそんくらいでいいだろう」

 藤原が、カメラを持つ仲間に言った。

「ふ、藤原君……。こ、これ、どういうこと……」

 わたしは声を振り絞るようにして聞いた。

「こういうことだよ。見りゃわかるだろ?」

 冷たく言い放たれた瞬間、自分の顔から血の気がどっと引くのがわかった。

「写真をバラまかれたくなかったら、おれたちの言うことを聞くんだな」

 脅迫の言葉に、両目から大粒の涙が流れ落ちる。深い悔恨で全身が震えた。ろくに知りもしない男を簡単に信用し、軽卒な行動をとってしまった自分の愚かさを呪った。だがそれ以上に、一糸まとわぬ無防備な状態で、男たち四人に見下ろされているこの異常な状況に底知れぬ恐怖を感じた。部屋が狭いこともあり、彼らの圧力は肌で感じ取れた。気づくと両腕に不快な鳥肌が立っていた。

「服、着させてよ」

 涙混じりに藤原に言った。だが返ってきた言葉は最悪なものだった。

「着てもいいけどよ、どうせすぐ脱ぐことになるんだぜ」

 再び顔から血の気が引いていく。自分の立場を痛烈に悟る。もう逃げられないのだ。四人の男から逃れる術はなく、助けを求めて声を上げたら暴力を振るわれるかもしれない。藤原を含め、彼らは見るからに粗暴そうで、相手が女性であっても容赦しそうになかった。事実、こちらの涙を見ても、同情するそぶりをまったく見せていない。むしろ面白がっているように見えた。

 わたしは鼻をすすりながら聞いた。

「どうしたら、帰してくれるの」

「こいつらを気持ちよくさせたら帰してやるよ」

「そんな……」

 生きた心地がしなかった。もし服を着ていたなら、いちばちかに賭けて部屋を飛び出していたかもしれない。これからさせられることを思えば、危険を冒してでもこの場から逃げ去りたかった。

「お前ら、今からこいつにしゃぶらせっからよ、さっさとズボン下ろせよ」

 絶望へと突き落とすような言葉が藤原から放たれる。見知らぬ三人は、嬉しそうに顔を見合わせた。

 自分のからだが恐怖で固まっていることに気づく。これでは仮に服を着ていたとしても、逃げ出すことはおろか、立ち上がることすら困難に思えた。

 わたしが恐怖で硬直している中、男たちはダークグリーンのブレザーとチェック柄のスラックスを脱ぎ捨て、Yシャツと下着だけの姿になった。彼らは卑猥な目つきを隠そうともせず、欲望むき出しの、実に醜い顔でこちらを見下ろしてくる。

 藤原がベッドに腰掛けてくると言った。

「やることわかってんだろ。じっとしてないで早くしろよ」

「お願い……、お願いだから、そんなことさせないで……」

 わたしは涙ながらに懇願する。

「力づくでやらせてもいいんだぜ。けどそれじゃ、お前が痛い思いをするだけ損だと思うぜ」

 それでもベッドから動かずにいると、藤原は怒気のこもったため息をついた。恐怖で心臓が締めつけられる。もうあきらめるしかないようだ。これ以上待たせたら本当に暴力を振るわれかねない。仕方なくわたしは、胸と陰部を手で隠したままベッドから下りた。

 男たちの前に座ると、再び涙がこぼれ落ちた。だが、流れた涙は拭えない。胸と恥部を隠すために両手がふさがっていたからだ。いきなりそこで、藤原がわたしの髪を乱暴につかんできた。

「メソメソしてんじゃねえよ! お高くとまってたお前が、前から気に入らなかったんだよ! 早く帰りたかったらダラダラしてんなよな!」

「わかったから、乱暴はよして!」

「本当にわかったんだろうな!」

 藤原はつかんだ髪を離さずに聞いてくる。わたしは上目遣いに藤原を見て、何度もうなずいて見せた。

「じゃあ、さっさとやれよ」

 つかまれていた髪が乱暴に離された。

 わたしは、仁王立ちしている三人の腰元を見て困惑する。ベッドに腰掛けていた藤原に恐る恐る聞く。

「だ、誰のから、すればいいの?」

「いちいち面倒くせえな」

 非難めいた口調にわたしは震え上がった。だが、手が伸びてくることはなかった。

「ハヤシ、お前からだ。さっさとパンツ下ろせよ」

「お、おう。わかった」

 先ほどカメラで写真を撮っていた、小柄で痩せた男が指名された。ねずみ顔の男が慌てた様子で下着を下ろすと、すでに勃起していた男性器が顔を覗かせた。

 目の前にさらされたものを見て、わたしは今の境遇を一瞬忘れて、マジマジと見入ってしまった。驚くほど大きかったからだ。男のペニスは、体育祭のリレーで使われるバトンくらい太くて長かった。全体的に明るいピンク色をしていて、巨大なミミズを連想させた。これが好意を抱いている相手のものならいざ知らず、頭の悪そうな男のものとあっては嫌悪以外の感情は湧いてこなかった。そんなものを口に入れるのかと思うと、絶望感から気を失いそうになった。とはいえ、これ以上藤原の怒りを買うわけにはいかなかった。わたしは覚悟を決めると、ハヤシと呼ばれた男の太いペニスを大きく口を開けて咥えた。

 わたしは左手を男の太ももに置いて頭を前後させる。すぐに観賞している男たちから下卑げひた歓声が湧く。ハヤシと呼ばれた男は、やべえ、やべえ、こりゃすぐイっちゃうかも、と気持ち悪い声を出す。この間も、乳房はしっかりと右腕で隠していた。頭の悪そうな連中に、自分の胸をタダで見せたくはなかったからだ。

 太い性器は口を大きく開け続ける必要があったため、早々に顎が疲れてきた。いったん顔を外して口のまわりを休ませてから再び咥え込む。男性器特有の生臭い匂いが鼻についたが、今はそれを意識の外に閉め出すように努める。言われるがままに見ず知らずの男のペニスを咥えてしまったが、時間が経つにつれ、みじめな気持ちになっていく。おそらくこの三人は、偏差値四十程度の高校に通っている知能レベルの低い男たちで、それを偏差値六十五以上の進学校に通う優等生の自分が体を張って奉仕しているという事実に、度し難い屈辱を感じた。

 口で咥えたまま左手でしごき続けて五分は過ぎただろうか。男がいっこうに射精する気配を見せないため、わたしはうんざりしてきた。射精を我慢してるのだろうかと訝ったが、そのような兆候は見られなかった。さらに数分が経過したが、いまだそれらしい反応は訪れなかった。

 もう! こんなに硬くなってるのに何で出ないのよ!

 心の咆哮が相手に届くわけもなく、ハヤシという男は、イキそう、イキそう、とずっと声に出してるというのに、まだまだイキそうになかった。

 顎は痛くなってくるわ、左手は疲れてくるわで、ストレスは最高潮に達しようとしていた。そんな中、男の体が、ぶるぶるっと震えた。続いて、これまでとはちょっと毛色の違う、ううう、イキそう、という声が頭上から聞こえてきた。やっと一人目が終わってくれると思い、少しだけ嬉しくなった。ところが、期待していた射精はその後も訪れなかった。

「勝野、お前、もっと気合い入れろよ。あとがつかえてんだからよ」

 藤原に急かされ、左手での動きを倍加させた。効果はすぐに現れた。太ももの筋肉に力が入ったことに気づく。男は若干前かがみになり、両手は握り拳を作っている。もうすぐほとばしろうとする性エネルギーの奔流が、男性器を通して感じ取れた。やっとイッてくれるのだ。感動で目頭が熱くなる。

「イッ、イクッ!」

 男は声を上げるとペニスを引き抜き、右手を使って猛烈な勢いでしごきはじめた。その様子をぼんやりと見つめる。手が止まった瞬間、男は身を乗り出して男性器の先端をこちらに向けてきた。すぐさま尿道から白い精液が勢いよく飛び出してくる。思わず目を閉じるが至近距離だったため避けることは叶わず、温かいものが眉間に命中したのを感じ取る。さらに、二度、三度と射精は続いたようで、額や眉毛にねっとりとしたものが降り注ぐ。そのまま目を閉じていると、どろっとしたものが鼻筋を通ってゆっくりと垂れ落ちていくのがわかり、上唇に到達する前にそれを手ですくい取った。顔面で受け止めてしまったが、とっさに手を出すか顔をさければ防げたはずだと思うと、悔しさで顔が熱くなった。

 目を開けると、射精を終えた男がカーペットの床に尻もちをつき、惚けた表情を浮かべていた。心底すっきりしたという感じだ。実に憎たらしい顔つきだった。あんな男の幸せに寄与したかと思うと死にたくなった。

「ティッシュ、もらっていい? これ拭き取りたいんだけど」

 薄目を開けたまま藤原に聞く。ところが、彼は何も答えず、不敵な笑みを浮かべただけだった。どうやら事が終わるまで、このままでいろということらしい。顔についた精液はしかたなく、手で拭いとって太ももにこすりつけた。

 続いて勃起したモノを向けてきたのは、一八〇センチ近くはありそうな大柄な男だった。浅黒い肌をしていて不潔っぽかった。髪に癖っ毛があり、エラが少し張っている。藤原からはタカギと呼ばれていた。男がこちらの鼻先に亀頭を押しつけるように迫ってきたので、わたしは口を開けるしかなかった。



       *  *  *



 ガタイがいい男の処理を終えて、今は三人目に取りかかっていた。タカギと呼ばれていたガタイがいい男は、三分くらいでイってくれたので助かった。三人目は眼鏡をかけた小柄な男だった。このときすでに、自分の胸は隠していなかった。顔に精液をかけられた時点で、もうどうでもよくなっていたからだ。そんな中、見学中の仲間に向かって藤原が言った。

「お前らさ、ただ黙って見てないで、胸ぐらい揉んでやれよ。ほんと気が利かねえよな」

「そ、そうだな」

 男たちが背後に迫ってきたので、わたしは思わず動きを止めた。二人に敵意と憎悪の入り混じった視線を向ける。自分の美貌ゆえか、二人は少しうろたえたように固まった。そこへ藤原がけしかける。

「お前ら、何遠慮してんだよ。そいつだって、揉んでもらいたいと思ってんだぜ。遠慮はいらねえから、可愛がってやれよ」

 藤原にそう言われ、男たちはわたしに手を伸ばしてきた。左右の胸を背後からつかまれ身をこわばらせたが、抵抗しても無駄だとあきらめ、わたしは再び眼鏡の男のものを咥えた。背後にいる男たちは、乳房を一つずつ分け合うようにして荒々しく揉んでくる。とくにガタイがいい男は加減を知らず、揉まれるたびに痛みが走った。

「そんな乱暴に揉まないでよ!」

 痛みに耐えかねてわたしは声を上げた。

「あ、悪い……」

 ガタイのいい男が謝罪の言葉を口にした瞬間、すぐさま藤原がベッドから飛び下りてきた。身構える間もなく、わたしは彼の足の裏で肩口を強く蹴られた。カーペットの上を派手に転がり、臀部が天井を向く。だが今は羞恥心よりも、藤原への恐怖が上回った。わたしは身を起こすなり、相手の怒りを鎮めるため必死に謝罪する。

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! お願いだから乱暴はよして!」

「お前、自分の立場、わかってんだろうな!」

「わかってる! わかってるから、もう蹴ったりないで!」

「次、舐めた真似したら、承知しねえからな!」

 何度もうなずいて見せて、わたしは絶対服従を態度で示した。

 藤原は仲間にも非難の言葉を浴びせた。

「お前も何謝ってんだよ! そんなんだから女に舐められんだろ!」

「そ、そうだな。悪かったよ……」

 ガタイのいい男はばつが悪そうに下を向いた。



       *  *  *



 温かい精液が、こめかみを伝って垂れていくのがわかる。手でそれを拭いとると、ほっと胸をなで下ろす。やっと終わった。これで帰れる。泣くのは家に帰ってからだ。今はただ一刻も早く、この部屋から離れたかった——。

 ところが、こちらが終息モードだというのに、背後にいる二人はなおも執拗に胸を揉み続けている。さらに、仲間の射精を目の前で見届けたからか、二人の鼻息がこれまで以上に荒くなっているのがわかる。ハヤシという名の鼠顔の男が、手を下のほうに伸ばしてくる。わたしは慌てて手をあてがって股間への侵入を防ぐと、苛立ちを隠すことなく藤原に聞いた。

「ねえ、もう終わりでいいんでしょ?」

「どうやらそいつら、まだ出し足りないんだとよ。もうちょい遊んでやってくれよ」

 ようやく訪れた安堵は一瞬にして吹き飛んでいった。またもや絶望感が全身を支配する。執拗にからだを密着させてくる鼠顔の男が藤原に聞く。

「な、もう入れちゃっていいよな?」

「いちいちおれに聞くなよ。好きにすればいいだろ」

 ハヤシは、そうだな、とばかりにうなずくと、わたしのからだを乱暴に仰向けにした。

「いやっ、やめて! さっき藤原君に三回もされて、中が痛くなってるの!」

 高い声を上げて拒絶するが、ハヤシは容赦なく挿入を目指してくる。わたしは股に両手を置いて必死に抵抗する。

「勝野、ちょっとぐらい我慢してやれよ。じゃなきゃ、いつまでたっても帰れないんだぜ」

 藤原の言葉にハヤシはいったん手を止めた。わたしは無表情に藤原を見つめたあとハヤシに顔を向けた。勝ち誇った顔で見下ろしてくる。鼠男をこれ以上満足させるのは不本意だったが、いくら抵抗したところで結果は見えていた。ここでの藤原は絶対だった。覚悟を決める他なかった。わたしは床に頭をつけたままハヤシに言った。

「わかったから、あんまり乱暴にしないで。あと、絶対に中で出さないでよ」

「ああ、わかってるよ」

 憎しみのこもった視線を相手に向けながら目を閉じて股を広げた。すぐにハヤシの手が陰部に伸びてきて乱暴に触ってきた。デリカシーに欠けた行為に気分はさらに滅入っていく。柔らかいものが陰部にこすりつけられたところで声がかかった。

「ハヤシ、ちょっと待て」

 声がかかり、わたしは目を開けて藤原を見た。不安が募る。

 性器をこすりつける手を休めぬまま、ハヤシが怪訝そうに聞く。

「何だよ?」

「その体勢じゃ面白くないんだよ。勝野、お前さぁ、ハヤシにケツ向けろよ」

 藤原の一言に、顔がカッと熱くなる。明るい部屋の中で男に尻を向けるのは抵抗があったし、犬のような体勢になるのも屈辱だった。とはいえ、当然拒否できるはずもなかった。わたしは小さくため息をつくと、四つん這いになってハヤシに尻を向けた。これまで消えていた羞恥心が湧き上がり、目を固く閉じる。同時に、自然とお尻に力が入ってしまい肛門がきつく締まるのがわかった。

「うひょ! こいつ、ケツの穴のまわりに毛が生えてんぜ!」

 ハヤシがこちらの尻を乱暴に広げて声を上げた。言うほど生えてないはずだと言い返したい気持ちをぐっとこらえる。

「あとこいつ、ケツの穴の横にほくろがあるぜ」

 自分の知らなかった事実を聞かされ、耳までまっ赤になるのを感じた。強い羞恥心で生きた心地のしない中、ハヤシが乱暴に性器を押し当ててくる。どうやら興奮のあまり挿入に手間取っているようだ。先端が押し込まれたと感じた直後、彼は一気に太いものをねじ込んできた。

「ぅうぐぐううぅ……!」

 これまで感じたことのない不快な圧力を体内に感じて、喉の奥から声が漏れる。心の準備が整わないうちに、ハヤシが腰を振ってきた。ピストン運動がはじまるのと同時に鋭い痛みが襲ってくる。内部にかかる摩擦力は相手の性器が大きいだけに強かった。わたしは必死に痛みに耐え、声を上げそうになる口を両手で押さえる。痛みのせいで、涙が止めどなく流れ落ちる。

 早くイッてもらいたかった。しかし、今腰を振っている男は、さっきも発射まで長い時間を要した。その事実に、心底たまらない気持ちになった。



       *  *  *



 三人目の男が射精した。やっと終わったのだ——。右上の臀部が生温かくなっているのがわかる。最後の男がそこで射精したからだ。ガタイがいい男の、満足そうに息を吐き出す声が聞こえてくる。わたしは右の頬を下にして、古びたカーペットの上にうつ伏せになった。汗をかいていたせいで、カーペットの毛が頬に張りついてきて気持ち悪かった。とはいえ、顔を持ち上げるだけの気力は残っていなかった。

 同じ体勢で三人の男を受け入れ終わった今、膣内は激しい痛みで悲鳴を上げていた。とくに、おのおの二度目の射精とあって、放出までに時間を要したこともマイナスに働いた。途中、中に出されてもいいから早く終わってほしいと本気で願ったほどだ。もうやめて、もうやめて、と声を上げながら泣き叫んだが、痛みで苦しむ姿は彼らの興奮をかえって誘ったようで、男たちは必要以上に激しく腰を動かしてきたのだった。

「おい。じっとしてないで、さっさと服着て出てってくれよな」

 うつ伏せで横たわる身体に制服が投げかけられた。だが、痛みと疲労のせいで、すぐには起き上がれそうになかった。自分の額に長い前髪が、精液で貼りついているのがわかる。また入り込んだ精液のせいで左目が痛かった。きっと左目は、赤く充血していることだろう。

 しばらくそのままでいたところ、いきなり左腕をつかまれ無理矢理からだを起こされた。そのとき内部に鋭い痛みが走り、股を手で押さえて思わず悲鳴を上げてしまった。

「本当に痛かったんだな。てっきりおれ、感じてるのか思ってたぜ」

 ハヤシの言葉に、男たちは顔を見合わせて笑った。屈辱的だった。藤原が不機嫌そうに唸って退散を促してくる。彼の望み通り、すぐにでもこの場を去りたかったが、ズキズキした痛みは、まともに歩いて帰れるか不安になるほどだった。男たちに背を向けて、恐る恐る指を中に入れて確認してみる。案の定、指には血がついていた。中は規格外のものをねじ込まれたせいで、いまだ広がったまま、ガバガバになっているのがわかる。それは痛みと相まって、とても不快な感覚だった。

 複雑な感情が混じり合い、涙がこぼれ落ちそうになる。泣き叫びたい気持ちを抑え込んで、痛みに耐えながら立ち去る準備に移った。カーペットの上に転がっている自分の下着に手を伸ばす。だが、藤原の手が一瞬早く、それをかっさらっていく。

「おっと、この二つは没収させてもらうぜ。今日はノーパンノーブラで帰ってくれよな」

 男たちが、イヤらしい顔つきで嘲笑ちょうしょうを浴びせてきた。とくにハヤシが発した、イヒヒヒヒヒという下品な笑い声には心底苛立った。とりあえず、下着はあきらめるしかなかった。精液で汚れた顔を洗いたかったが、それはあとで、公園か駅の洗面所を利用することにした。

 額に貼り付いていた前髪をひき剥がしてから、痛みをこらえて制服を着はじめた。スカートを履いたとき、太ももと尻についた精液をふき忘れたことに気づき、いやな気分になった。ブラウスを着てから、顔についていた精液の膜をハンカチでていねいにふき取る。髪についた精液はうまくふき取れず、しかたなく手でこすって目立たなくした。痛みをこらえて立ち上がろうとしたところ、足腰に力が入らなくなっていることに気づく。心だけでなく、身体もだいぶ疲弊しているようだった。受け身であっても、性行為がここまで体力を奪うものかと驚かされる。自分を奮い立たせてどうにか立ち上がる。学生鞄を手に持って部屋を出ていこうとするが、痛みのせいでどうしても内股になってしまう。それを見た男たちがゲラゲラと笑う。ハヤシなどはよっぽどツボだったのか、手のひらを床に打ちつけて大いに笑い転げていた。

 わたしはそんな彼らを横目に、屈辱感と怒りを押し殺しながら、痛みを最小限に抑えるようなぎこちない足取りで部屋を出ていった。



       *  *  *



「あの女、今ごろノーパンで街を歩いてるんだろうな。それも、あそこがぐちょぐちょのままでな」

 林の言葉に、仲間たちの下卑た笑い声が響き渡る。

 おれは部屋の窓を開け放った。室内の空気が入れ替わり、充満していた精液の匂いが緩和されていく。

「ネガ渡せよ。早速、現像に出してくるからよ」

 おれは林からネガを受け取ると、今日の出来事をリーダーらしく総括した。

「思ってたよりチョロかったな。もっと抵抗するかと思ったけど、やっぱ最初に脱がしたのが正解だったんだろうな。もし、あれが服着たままだったら、それなりに抵抗したと思うぜ」

 おれの言葉に、みな納得している様子だ。

「だからいいか、次のおれらの獲物はよ、今日みたいに簡単にはいかないってことなんだぜ。そこんとこしっかり覚えておけよな——」

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