第8章 高校生活の最後を飾る温泉

36湯目 大学入学への道

 2030年ももうすぐ終わろうとしていた。


 10月に温泉ツーリング同好会として、信州の中房温泉に行ってから、私はほとんど部室に顔を出すことがなくなり、従って、彼女たちと温泉ツーリングに行くこともなくなった。


 早い話が「受験」を最優先にした。


 ただでさえ、志望していた八王子の大学は、合格ラインがギリギリの成績だったからだ。

 必死に、過去問を解いて、勉強をし、予習・復習を繰り返した。


 その間、バイクは代わりに父に乗ってもらったり、私が短時間のみ、気晴らしに乗った程度で、ツーリングと呼べるような距離にはそもそも乗っていなかった。

 バイクは放置すると、比較的早くバッテリーが上がるため、通学に使うデュオと違い、ツーリングにしか使っていないKTMデュークは、2・3週間に1回は最低限動かす必要があったのだ。


 そうして、あっという間に年が明けた。


 2031年。いよいよ私が高校を卒業する年になる。


 思えば、2年半前に入学して、いきなりまどか先輩に出逢ってから、私のバイク人生は大きく変わった。

 それまで、原付にしか乗ってなかったし、バイクにもあまり興味がなかったのに、一気に免許を取るようになり、温泉にハマっていった。


 今では、後輩を引き連れて、長距離ツーリングにまで行くようになっていた。


 そのこと自体に、私自身が驚いていた。


(色々あったなあ)

 勉強の合間の息抜きにふと思い出したりしたが、いずれも高校生活という、貴重な思春期のいい思い出になるのだった。


 大学入学共通テスト(旧センター試験)は数日後に迫っていたから、まさに「追い込み」の時期であり、この年の正月だけは、いつも以上に緊張した正月となっていた。


 そして、その試験を終えた後。


 私の心はさらに「沈んで」いた。


 何しろ、テストの成績が思ったより悪く、志望校の合格ラインを下回っていたからだ。


 ショックだったが、現実を受け入れるしかない。

 ここで、受験生にはいくつかの選択肢が出来る。


①あくまでの第一志望の大学を目指す。

②志望校を変えて、国公立大学を目指す

③志望校を変えて、私立大学を目指す。

④浪人を視野に入れて、予備校に通う。

⑤専門学校や短大などに切り替え、大学編入を狙う。


 これらが一般的な「道」だが。

「①以外はない」

 というのが、私の中の答えだった。


 何故なら、

「②は時間的に無理、③は金銭的に無理、④も同じく金銭的に無理だし、バイクに乗れなくなる、⑤も④と同じ理由」

 だった。


 つまり、私自身が、親、特に母親から、

「第一志望の大学に合格しないと、バイクに乗らせない」

 と言われていたからだ。


 この「バイクに乗る」というのが最も大事で、実は私が「八王子の大学」を選んだ理由もそこにある。金銭的に無理、というのは親が学費を出す以上、学費が高い「私立」は避けて欲しいと言われていたからだ。


 通常、東京の大学は、交通の便が発達した都心部にあるから、公共交通機関が発達している、つまりバイクを使わずとも電車で通える位置にある。


 ところが、この八王子は、東京都でも郊外にあるので、バイク通学をする学生が多いらしく、バイクでの通学を認める、どころか「奨励」していた。

 つまり、私が山梨県を離れても、「バイクに乗るため」には、この八王子の大学に入学する必要があったのだ。


なお、東京都にこだわった理由は、もちろん、「就職時に有利」というか、「選択肢が広がる」からだった。

 腐っても、東京は全国一の人口を誇る巨大都市で、仕事はいくらでもある。


 逆に山梨県のような地方には、「選択肢」自体が限られてくる。もちろん、特別な技能を持つ人間にとっては、どこの土地という「縛り」はないが、私には特別な技能はなかった。


 ということで、2月末に行われる、大学入学試験を目指して、再度勉強することになり、これまで以上に「バイク」から遠ざかって行ったのだ。

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