第7話 エイミーという少女、そして災難


 「え、8歳の時に記憶を取り戻したの?そんな小さい頃じゃ大変じゃなかった?私はね、学校に入る1年くらい前!…って知ってるのかな?」

 「あー、そうですね。一応、プレイしましたね、ココキミ」

 「け、敬語はなしにしない?」

 「敬語の方が話しやすいんですよ。ほら、貴族って色々うるさいですし」


 隣に座る少女、エイミーはこちらを気にかけながらも嬉しそうに話しかけてくる。同じ転生者であるということが彼女にとっては大きかったようだ。

 しかし、作画が良いとライリーは思う。

 淡いピンクの髪色に頬は桃色、瞳の色も濃いピンクと華やかで愛らしい。長い睫毛はくるんと上を向いて、こちらを見つめる瞳の輝きに引き込まれそうな感覚になる。

 エイミーはライリーの視線を気にした様子もなく、弁当をにこにこと食べている。そう、なぜか2人は地べたに座り、弁当を食べていた。

 

 「美味しい!卵焼き、しっかりお出汁が効いてるね」

 「あー、野菜と魚の骨を煮て出汁をとってますね」

 「うわー、日本の味だ。沁みるねぇ…ほら、なんかずっとこういう食事食べてなくって」

 「あぁ、うんうん、わかります!そうですよね」


 ライリーも記憶を取り戻して、一番苦労したのが食事だ。

 こちらの食事は見た目は良い。ゲーム上でも感じられていた部分は変わらない。

 だが、なんというか味が淡白なのだ。甘い・しょっぱい・酸っぱい、この3つに多くが絞られる。微妙な風味や豊かな香り、ほんの少しのアクセントになる苦みや辛味などが皆無なのだ。見た目が華やかである分、ライリーもがっかりしたものだ。

 

 厨房に入り込むようになったのはそれもある。

 前世の記憶の中で、この世界でも生かせそうなものは料理であったし、何よりライリー自身がここでの食生活に馴染めなかったのだ。


 「私のね、お母さんの卵焼きは甘かったんだ。卵焼きっておうちの味があるよねぇ…もう1度食べたいなぁ」

 「……」


 話をして分かったのはエイミーもまた転生者であり、そのためゲーム上とは全く異なる性格となっていることだ。

 「心に映るは君の姿」(通称ココキミ)をプレイした前世のライリーがあまりこのゲームを好まなかったのは、主人公エイミーの性格もあった。

 エイミーは愛らしいワガママや気まぐれで周りを振り回す事が多いのだ。そして、それはなぜか受け入れられてしまう。貴族として常識を弁えていない行動も周囲からは自然体で愛らしいものと映るのだ。

 プレイヤーとしても納得出来ぬエイミーの言動はゲームの印象を今一つなものにしていた。

 

 だが、実際接したエイミーは素直で感じの良い少女だ。

 前世の年齢を聞くと15歳だと言う。ということは前世の記憶や経験も今現在の実年齢とほぼ変わらない。ライリーの場合、大人として生きた経験や知識があり、情緒の面でも安定していた。だが、子どもが転生したという情報を思い出したまま、誰にも言えず今日まで過ごしてきたのは不安であっただろう。


 ましてゲーム上のストーリー通りならば、エイミーは引き取られるまで孤児院でその髪や瞳の色から距離を置かれ、孤独に暮らしてきたはずだ。同じ転生者であるライリーと話をしたいと考えるのは当然である。

 先程、泣いていたのもその孤独感かもしれないとライリーは思う。

 

 「ご、ごめんね!変なこと言っちゃって!ただでさえ、泣いてるの見せて困らせてるし、お弁当まで貰っちゃってるのに…」

 「あー、いいんですよ。それ、多く作っちゃって!食べて貰えたほうが嬉しいですし」


 こちらを気遣うエイミーはやはり素直な少女である。同郷であり、前世での年齢も幼い少女はゲーム上とは全く異なる人柄だ。だが、クリスティーナとのことを考えると複雑な思いではある。


 「そうなの?あ、ありがとう!久しぶりに日本の食事が味わえて嬉しかった。えっと、あ、あの、また話しかけても迷惑じゃないかな?わ、私ね、相談したいことがあって……その、クリスティーナ様のことなんだ」

 「クリスティーナ様のこと、ですか?」

 「あなた以外に相談できる人いなくて…」


 ヒロインである少女の口から飛び出したのは、まさかのライバル令嬢の名前。

 婚約破棄イベント後は関わることはないはずのエイミーとクリスティーナ。あくまでゲーム上ではそういった文章もない。

 だが、目の前のエイミーからはクリスティーナのことを真剣に考えているような印象さえ受ける。

 思いもがけない言葉にライリーはすぐに答えを出す事が出来なかった。




*****

 

 

 煩わしい音が響く中、ライリーはぼんやりと考える。


(どうしよう、いい子だったな。エイミーちゃん)


 彼女がゲームの性格通りの身勝手に周囲を振り回す少女ならば、ライリーも距離を置いていただろう。

 だが、実際に接した彼女は素直でその印象は素朴だ。こちらに気を配りながらも人懐こく話す姿、美味しそうに弁当を食べている姿や母を思う様子を目の当たりにして、ライリーは突き放すことは出来なかった。

 

 「…おい」


 (でもなー、クリスティーナ様に関する相談ってなんだろ?あの感じじゃ不満があるわけでもなさそうだし、というかゲームでは婚約破棄イベント以降、接点ないはずなんだよなぁ)

 

 「なぁ、おい!」


 (あ、いけない。こういうのがダメなんだよ。ゲーム上の性格じゃなくその人自身をちゃんと見ないといけない)


 「うん、そうだ!」

 「さっきから聞いているのか!」

 「あ」


 ライリーは今の状況を思い出す。

 クリスティーナと弁当を食べようと中庭へと歩いていたところを、ルパート殿下の取り巻きに取り囲まれているのだ。


 「いいか、お前がウォーレス嬢に近付くからややこしいことになるんだ。ルパート殿下のお立場を考え、彼女に近付くのはやめろ」

 「はぁ…」

 「なんだ!その態度は!」


 その人自身をちゃんと見た結果、非常に面倒な者たちに絡まれていることがわかる。3人ほどの取り巻きは侍従という立場らしく、ルパート殿下がどう優れているか、そのためにライリーがクリスティーナと距離を置くべきかを話しているがライリーにはどうでもよい。

 ライリーは両手で持っているお弁当を見つめる。


 「…クリスティーナ様、おなか空いてないかなぁ」


 小さな声は彼らには聞こえず、未だ終わらぬ王太子を称賛する姿をぼんやりと見つめるライリーであった。


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